十八話 幸せな過去

「ふーん、そんで話してくれたの? 良かったな」


「モヤモヤが晴れたよね〜」


 精神世界、望緒は今日あったことを八下に話している。細かい内容は話していないが、どうしても聞いてもらいたくて、今聞いてもらっている。


「そういや、そっちは今どんな感じ? 大きな問題ねえか?」


「うん、“念”の出現もいつも通りらしいよ」


 それを聞いて、八下はそっかと安堵の表情を浮かべる。


 どうやら、彼は自分の目で現実世界を見れないようで、望緒が来れるまでは、何か起きていないか気が気でなかったらしい。


「そうだ、くらとは話せたか?」


「うん、話し相手になってもらったりするよ。けど、なんていうか冷たい」


「あはは、そうだな、あいつはそういうやつだ。そういう冷静なところがいいところなんだけどな」


「あれは女の子からモテないね」


 望緒が言うと、彼はたしかにと言って笑う。


「……そろそろ帰る時間かな」


「そっか、じゃあ、また呼んでもいいか?」


「うん!」


 彼女が笑顔で言うと、八下も笑顔になった。そして、望緒の目はゆっくり閉じていく。



「……ねむっ」


 いつも通り準備をして、食卓に向かい、支度をすませて神社へ向かった。


 ちなみに、先日徳彦たちが送った文の返事はまだ来ておらず、滞在はもう少し長引くらしい。


「これじゃ職務怠慢じゃん」


「なにが?」


 望緒が一人呟くと、隣に千夏が座った。


「あ、千夏。おはよう」


「おはよ。それで、なにが職務怠慢なん?」


「風宮の人たちだよ。文送ったのに未だ音沙汰ないんだもん」


「ま、あの人たちはそういう人たちやよ。特に、石火矢に対してはね」


「?」


 言っている意味がわからず、聞こうとしたが、千夏は彼女の母親に呼ばれてしまった。


「ごめん、行ってくるわ」


「うん、行ってらっしゃい」


 手を振り返すと、千夏は母親の元へ行ってしまった。



「なんか用?」


「うん、あんたとお兄ちゃんでまた話し合ってほしいんよ」


「えー、嫌なんやけど……」


 あからさまに嫌そうな表情をすると、彼女の母親は困ったように笑った。


「ごめんね、でもしてもらわな。二人で“念”の退治に当てられること多いし」


 母親に言われると、千夏はムスッとしたまま頷いた。


 部屋につくと、碧仁と爽玖が既に座っていた。


「で、なに話し合えばええの?」


「二人でもう少し連携できるようにしてほしいと、当主がな」


「嫌なんやけど。こいつ弱いし」


「……は?」


 爽玖が嫌そうに言うと、千夏は「弱い」と言う言葉に反応してしまった。

 隣では母親がオロオロとしだす。


「なんなん、弱いって」


「弱いやん。霊力量とかやなくて、技術的に弱すぎるねん」


「っ」


 図星。だが、そんなことは千夏が一番知っていることだ。彼女の内にある劣等感は霊力量云々だけではない。


 技の熟練度、技量、それらも含めての劣等感である。しかし、今、それを劣等感を抱いている本人に言われてしまった。彼女のプライドは傷つけられたも同然。


「……なんなん! 自分が強いからって調子乗らんといてよ!」


「はあ!? 別にそんなんちゃうやん! お前、今より技量高いもんすぐやれって言われてもやれやんやん!」


「やったらなんなん? 私をいちいち弱いって言う理由にはならんやんけ!」


「……っ」


 痛いところを突かれ、爽玖は黙ってしまう。

 先程のは口が滑ってしまったものか、はたまた普段通りの調子で言ってしまったのか。


 いずれにせよ、劣等感が強まっていた今の彼女にとって、それは毒でしかなかった。彼女が今まで溜め込んでいたものが、爆発してしまったのだ。


「……もういい! 私絶対もうお兄ちゃんと行かんから!」


 そう言い、千夏は怒ったまま部屋を出ていってしまった。母親が追いかけるが、彼女はそれよりもはやく外へ出ていった。


「……なんであんなこと言うたんや」


「……」


 爽玖は口を尖らせたまま何も言わない。いや、言えないでいる。



「あれ、千夏?」


 お守りを授与していた望緒は、参道を歩いて鳥居へ行く千夏が目に入った。歩き方からイライラしているのがわかるほど、彼女は前のめりに歩いていた。



「まじなんなん、ありえへん」


 千夏は鳥居を出たあと、宛もなくただただ歩いていく。


 ––––たしかに私は技量全然ない。やけど、あんな言い方せんでもええやん……。


「昔は喧嘩も少なかったはずなんやけどなあ」


 彼女は一度、俯いたまま立ち止まった。昔のことを思い出している。



『おにいちゃん、またおみずのおはなみして!』


 千夏は爽玖に抱きつき、彼女が好きな爽玖の技をして欲しいとお願いした。


『えー、また? ええよ』


 両手を出し、その間からつぼみが生まれる。爽玖がゆっくりと目を閉じると、花はゆっくりと開いていく。


『ん、できた』


『わあ! きれー!』


 千夏は作られた水の花を見て、目をキラキラと輝かせた。


『ねえねえ、わたしもこういうの、つくれるかな?』


『作れるやろ。千夏は俺の妹やからな』


 そう言って爽玖が頭を撫でると、彼女は嬉しそうに笑った。



 そんなことを思い出して、またあの頃に戻ってほしいと考えてしまう。


 ––––戻れるはずないし、っていうか、今の状況どうにかしやな。


「って、あれ……?」


 後ろを振り向くと、そこは暗い森の中。木が鬱蒼うっそうと生い茂っていて、不気味な場所。


「おかしいな。そこまで進んでないはずなんやけど」


 すると、後ろからガサッという音がした。恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこに居たのは真っ黒な犬。


「……犬? なんで……」


『過去に戻りたいか?』


「……!」


 目の前にいる犬が急に話しかけてきたことで、千夏は目を見開いた。


 いや、これは犬とは呼びがたい。


「は? 何、急に」


『とぼけても無駄だぞ。貴様は過去に戻りたいと思っている』


「……思っとらん」


『思っている』


「思っとらん!」


 千夏が大きな声を出しても、黒い生き物は動揺すらしない。それどころか、千夏の目をまっすぐ見据えている。


「––––思っとったらなんか悪いん」


『いいや、何も悪くないさ。ただ、私の“中”に入れば、過去ゆめが見られる。幸せだったあの頃に、戻れるのだ』


「……過去ゆめを?」


 彼女が訊くと、黒い生き物は僅かに右の口角を上げた。しかし、何食わぬ顔で続ける。


『ああ、そうさ。見たいだろう? 幸せな過去ゆめを』


「……」


『おいで』


 千夏は右手をゆっくりと黒い生き物の方へ差し出した。

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