十八話 幸せな過去
「ふーん、そんで話してくれたの? 良かったな」
「モヤモヤが晴れたよね〜」
精神世界、望緒は今日あったことを八下に話している。細かい内容は話していないが、どうしても聞いてもらいたくて、今聞いてもらっている。
「そういや、そっちは今どんな感じ? 大きな問題ねえか?」
「うん、“念”の出現もいつも通りらしいよ」
それを聞いて、八下はそっかと安堵の表情を浮かべる。
どうやら、彼は自分の目で現実世界を見れないようで、望緒が来れるまでは、何か起きていないか気が気でなかったらしい。
「そうだ、
「うん、話し相手になってもらったりするよ。けど、なんていうか冷たい」
「あはは、そうだな、あいつはそういうやつだ。そういう冷静なところがいいところなんだけどな」
「あれは女の子からモテないね」
望緒が言うと、彼はたしかにと言って笑う。
「……そろそろ帰る時間かな」
「そっか、じゃあ、また呼んでもいいか?」
「うん!」
彼女が笑顔で言うと、八下も笑顔になった。そして、望緒の目はゆっくり閉じていく。
◇
「……ねむっ」
いつも通り準備をして、食卓に向かい、支度をすませて神社へ向かった。
ちなみに、先日徳彦たちが送った文の返事はまだ来ておらず、滞在はもう少し長引くらしい。
「これじゃ職務怠慢じゃん」
「なにが?」
望緒が一人呟くと、隣に千夏が座った。
「あ、千夏。おはよう」
「おはよ。それで、なにが職務怠慢なん?」
「風宮の人たちだよ。文送ったのに未だ音沙汰ないんだもん」
「ま、あの人たちはそういう人たちやよ。特に、石火矢に対してはね」
「?」
言っている意味がわからず、聞こうとしたが、千夏は彼女の母親に呼ばれてしまった。
「ごめん、行ってくるわ」
「うん、行ってらっしゃい」
手を振り返すと、千夏は母親の元へ行ってしまった。
◇
「なんか用?」
「うん、あんたとお兄ちゃんでまた話し合ってほしいんよ」
「えー、嫌なんやけど……」
あからさまに嫌そうな表情をすると、彼女の母親は困ったように笑った。
「ごめんね、でもしてもらわな。二人で“念”の退治に当てられること多いし」
母親に言われると、千夏はムスッとしたまま頷いた。
部屋につくと、碧仁と爽玖が既に座っていた。
「で、なに話し合えばええの?」
「二人でもう少し連携できるようにしてほしいと、当主がな」
「嫌なんやけど。こいつ弱いし」
「……は?」
爽玖が嫌そうに言うと、千夏は「弱い」と言う言葉に反応してしまった。
隣では母親がオロオロとしだす。
「なんなん、弱いって」
「弱いやん。霊力量とかやなくて、技術的に弱すぎるねん」
「っ」
図星。だが、そんなことは千夏が一番知っていることだ。彼女の内にある劣等感は霊力量云々だけではない。
技の熟練度、技量、それらも含めての劣等感である。しかし、今、それを劣等感を抱いている本人に言われてしまった。彼女のプライドは傷つけられたも同然。
「……なんなん! 自分が強いからって調子乗らんといてよ!」
「はあ!? 別にそんなんちゃうやん! お前、今より技量高いもんすぐやれって言われてもやれやんやん!」
「やったらなんなん? 私をいちいち弱いって言う理由にはならんやんけ!」
「……っ」
痛いところを突かれ、爽玖は黙ってしまう。
先程のは口が滑ってしまったものか、はたまた普段通りの調子で言ってしまったのか。
いずれにせよ、劣等感が強まっていた今の彼女にとって、それは毒でしかなかった。彼女が今まで溜め込んでいたものが、爆発してしまったのだ。
「……もういい! 私絶対もうお兄ちゃんと行かんから!」
そう言い、千夏は怒ったまま部屋を出ていってしまった。母親が追いかけるが、彼女はそれよりもはやく外へ出ていった。
「……なんであんなこと言うたんや」
「……」
爽玖は口を尖らせたまま何も言わない。いや、言えないでいる。
◇
「あれ、千夏?」
お守りを授与していた望緒は、参道を歩いて鳥居へ行く千夏が目に入った。歩き方からイライラしているのがわかるほど、彼女は前のめりに歩いていた。
◇
「まじなんなん、ありえへん」
千夏は鳥居を出たあと、宛もなくただただ歩いていく。
––––たしかに私は技量全然ない。やけど、あんな言い方せんでもええやん……。
「昔は喧嘩も少なかったはずなんやけどなあ」
彼女は一度、俯いたまま立ち止まった。昔のことを思い出している。
◇
『おにいちゃん、またおみずのおはなみして!』
千夏は爽玖に抱きつき、彼女が好きな爽玖の技をして欲しいとお願いした。
『えー、また? ええよ』
両手を出し、その間から
『ん、できた』
『わあ! きれー!』
千夏は作られた水の花を見て、目をキラキラと輝かせた。
『ねえねえ、わたしもこういうの、つくれるかな?』
『作れるやろ。千夏は俺の妹やからな』
そう言って爽玖が頭を撫でると、彼女は嬉しそうに笑った。
◇
そんなことを思い出して、またあの頃に戻ってほしいと考えてしまう。
––––戻れるはずないし、っていうか、今の状況どうにかしやな。
「って、あれ……?」
後ろを振り向くと、そこは暗い森の中。木が
「おかしいな。そこまで進んでないはずなんやけど」
すると、後ろからガサッという音がした。恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこに居たのは真っ黒な犬。
「……犬? なんで……」
『過去に戻りたいか?』
「……!」
目の前にいる犬が急に話しかけてきたことで、千夏は目を見開いた。
いや、これは犬とは呼びがたい。
「は? 何、急に」
『とぼけても無駄だぞ。貴様は過去に戻りたいと思っている』
「……思っとらん」
『思っている』
「思っとらん!」
千夏が大きな声を出しても、黒い生き物は動揺すらしない。それどころか、千夏の目をまっすぐ見据えている。
「––––思っとったらなんか悪いん」
『いいや、何も悪くないさ。ただ、私の“中”に入れば、
「……
彼女が訊くと、黒い生き物は僅かに右の口角を上げた。しかし、何食わぬ顔で続ける。
『ああ、そうさ。見たいだろう? 幸せな
「……」
『おいで』
千夏は右手をゆっくりと黒い生き物の方へ差し出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます