十七話 今まで通り
翌日、昨夜は八下に呼ばれることはなく、いつもよりぐっすり眠ることができた。
––––なんか最近、飛希に避けられてる気がする……!
朝一番にそう思った。
しかし、避けられているというのは割と事実で、話しかけても軽く話したらすぐにどこかに行ってしまうし、何なら話しかけたらびっくりされてしまう。
他にも、笑顔がぎこちなかったり、目をなかなか合わせてくれないなどなど……避けているであろう行動がいくつもある。
「何かしたかな」
腕を組んで考えてみるものの、これといったことは特に思い浮かばなかった。
「うん、何もしてない!」
大きめの独り言を言ったところで、望緒はもう一度考える。
「本人に聞きに行くか!」
食事の時間になる前に聞きに行こうと、急ぎ足で布団を片付け、巫女服に着替える。
できるだけ足音を立てずに飛希の部屋へ行く。
部屋の前まで行くと、望緒は声をかける。返事があったので入ると、飛希はちょうど着替え終わったとこだったようだ。
「どうしたの?」
「……」
なんと言うべきか迷う。
––––遠回しに言ったところでなあ。
「単刀直入に聞くけど、避けてるよね?」
「えっ」
急にそう言われた彼の額には冷や汗が流れる。反応的には図星なのだろう。
「いや、そんなこと……」
しかし、目を逸らしながら否定する。望緒がじっと見つめると、冷や汗の量が徐々に増えていく。
しばらく見つめられたあと、観念したかのように小さくため息をつき、望緒の目をしっかりと見る。
「ごめん、避けてる」
「……なんで?」
「……」
彼女が訊くと、飛希はまた黙り込んでしまった。
だが、望緒にとっては説明されなければ何もわからない。だから、ちゃんと説明してほしいと考えている。
「ちゃんと説明するから、帰ってきてからでもいい、かな?」
飛希は申し訳なさそうに手をモジモジさせながら言った。しっかり、目を合わせて。
その感じで嘘とは思えなかったため、望緒は素直に承諾した。
「忘れないでね」
「うん」
◇
「……まじで説明すんの?」
「うん、する。それで気持ち悪いとか思われちゃったら、その時は……まあ、色々考えるかな」
寂しげな表情をする飛希に対し、爽玖はムスッとした表情をしている。
「もし仮に望緒がそんなことを言うようなやつなら、俺が意地でも引き剥がす」
「……うん」
◇
夜、帰ってきた望緒たちは、ぎこちないまま食事を済ませた。
風呂に入る前に、飛希から呼び出しがあり、望緒は彼の部屋へ行った。
襖に手をかけ、部屋に入り、飛希の正面に座った。
座ったものの、どちらもなかなか言葉を発さない。それも無理はない。
––––なんて話そう……!
––––沈黙つらっ、でも私から聞いたら催促してるみたいになるし……!
ご覧の通り、二人は話そうにも話せない状態だった。心臓がうるさく跳ねている。
飛希は小さく呼吸を整えて、口を開いた。
「えっと、何から聞きたい……?」
「何から……?」
飛希から問われると、彼女は顎に手を当て、少し考える。
「じゃあ、お面をつけてる理由から」
そう言うと、飛希はわかったと頷いた。
「僕の目は、“ある理由”で他人に見せちゃいけないんだ」
「どうして?」
「この目を見た人は、精神がおかしくなっちゃうみたいでさ。昔何人かに見られたんだけど、全員気がおかしくなったんだ」
見られてはいけない目は、望緒が霊力が集約される前に見た、あの赤い瞳のことだろう。
重い話だと承知していたものの、やはり実際に聞くとなんと反応していいかわからなくなる。望緒は何も言わず、ただただ話を聞いている。
「それで、そうなっちゃった理由なんだけど、小さい頃に一人で森の中に入っちゃってね。そこは野生動物が出るから行くなって言われてたんだけど、好奇心で行っちゃったんだ」
先程から飛希は、下を向きながら話している。望緒が部屋に入ってきてから一度も、彼女の目も顔も見ることは無かった。
「そこでね、小さな“念”を見つけたんだ。人魂みたいな形をしてたから、どうせ弱いだろうって思って、無視して森を歩いてた。そしたら、急にその“念”がこっちに飛びついてきた」
「……」
「飛びついてきた場所っていうのが、今お面で隠しているこの左目だよ。“念”がようやく離れてくれたと思ったら、この有様だ。自業自得なんだよ」
「……」
飛希が話し終わっても、望緒は何も言わないでいる。いや、言えないという方が正しいだろうか。
自分もつらい思いをしてきた自信はあれど、それはいっても自分が苦しむだけ。彼のように、思ってもいないところで人を傷つけるようなことは、さすがに無かった。
自分が経験してもいないことに、無責任な言葉は投げかけられない。それは逆に、苦しんでいる者を、余計に苦しませることになる。
「……なんて言うかさ」
望緒が言葉を発すると、飛希はビクッと反応した。
「重いね」
「……え、あ、うん?」
サラッといった物言いに、飛希は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「いやあ、重すぎて何て声かけたらいいかわかんない。何て声かけたらいい?」
「……はは、それ、本人に聞いちゃダメでしょ」
今まで強ばっていた飛希の顔が、やっと緩み、口角が上がる。それに対し、望緒は自信満々の笑みを浮かべている。
「でも、そうだなあ。かけてほしい言葉とかは無いけど、今まで通り接してほしい」
「! もちろん」
◇
飛希の部屋の前で、真澄たちがこっそり話を聞いていた。二人は嬉しそうな、穏やかな笑みを浮かべていた。
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