十六話 内緒のお話
「––––ごめん、落ち着いた」
「そりゃ良かった。で、昨日はどこまで話したっけ?」
「祠での話を訊こうとして終わったの」
「なるほど。たしか、なんか感じ取ったんだっけ?」
八下の質問に、望緒はうんうんと頷く。
「それは俺しゃなくて“
「闇戸……?」
そこで、望緒は千夏の言葉を思い出した。
彼女は龍神にはれっきとした本名がある、しかし何を読んでもわからないと、そう言っていた。
「もしかして、龍神の名前?」
「ああ、もしかしなくても、龍神の名前。俺が名付けた」
彼は自慢げに歯を見せながら言った。
「でも、なんであそこで不思議な感覚がしたわけ? 霊力の集約前だよ?」
「うーん、何かを伝えたすぎてって感じじゃねえかな」
「はい?」
八下の言葉を聞いても、何を言っているかわからなかった。
「え、なにその理由」
「でも、多分そんな感じだと思うぞ。その時のお前の霊力は分散された状態で、ほぼ無いに等しかった。つまり、霊力を感じることはできない」
「ふーん。でも、何を伝えたかったんだろ……」
「本人に聞いてみたら?」
「え、聞けるの!?」
望緒の発言に、八下は頷いた。
どうやら、霊力が多いと、神の声を聞いたり、姿を見たりすることができるらしい。
「え、でも私そんなに霊力ある?」
「いいや、ない」
それを聞いて、望緒はなら無理だろうという顔をした。
「ただ、俺がいて初めて霊力が形成されるお前だ。多分、闇戸とも話せる」
断言はできないようだが、一理あるかもしれない。
「じゃあ、明日余裕があったら話しかけてみる」
「おう、そうしてくれ。あと」
「?」
「俺は望緒が起きてる状態でも話しかけられるか試してみる」
彼の言葉に、望緒は首を傾げる。
「なんで?」
「今後何が起きるか、わからないからな。お前らでは手こずるような“念”の倒し方も、俺ならわかるし」
––––それは普通にありがたいかも。
この先、もしかすると、飛希たちだけでなく、徳彦たち大人でも清めることが出来ないほど、強力な“念”が現れるかもしれない。
そうなると、もはや人間の知識と技量だけでは対抗できない。だが、八下がいると、それが可能かもしれない。
技量
「ま、できてもお前ぐらいにしか声は届かないとは思うけど」
「そっかー……ん? つまり、それは私が伝達役になるってこと?」
「そうなるな」
それを聞いて、彼女はあからさまに嫌そうな顔をする。
「んな顔しなくても……」
「だってぇ……」
飛希たちには霊力が完成したことは知られていない。そんな状態で伝達役になれなど、かなりキツいものがある。
「八下と話せるってなったら、ますます事態がややこしくなっちゃうじゃん」
望緒は不満そうに口を尖らせる。
「そりゃそうだな」
彼はそう言って、大きな口で笑った。
「……そういえば」
「ん?」
「八下も頭部がどこにあるかはわからないの?」
「––––わからないなあ」
少々間があったのが気になったが、ただ何かを考えただけだろうと思い、望緒はその会話を終わらせた。
「あ」
「どうした?」
「視界がぐらつく」
「ああ、そろそろ朝か」
「そうだね。じゃあ、またね」
「……ああ、また」
◇
望緒は眠りから覚め、ゆっくりと上半身を起こす。
正直に言うなら、疲れはあまり取れていない。
あれはずっと夢を見ている状態に近い。要するに、それほど眠りが浅いということ。
浅い眠りでは、少しの疲れしか取れない。
「私が起きた状態でも話せるようになれば、精神世界に行く回数も減ると思うんだけど……」
しかし、今はまだ起きた状態では話せない。できないことを望んでも仕方ないと思い、望緒は布団を片付けて巫女服に着替えた。
◇
望緒はいつも通り仕事をし、千夏な昼休憩を取ってこいと言われた。
「じゃあ、終わったら呼ぶね」
「うん、でもゆっくりしててええからね」
「ありがと!」
昼休憩––––とはいえ、望緒はさっさとおにぎりを食べ、ある場所に向かった。
そのある場所というのは、闇戸がいるはずの滝。
今日はそいつと話しにきたのだ。
彼女は水辺にしゃがみこみ、覗き込む。が、当たり前に何も見えない。水面に映った自分の顔があるだけ。
「本当にいるのかなあ?」
『いるぞ』
「……えっ」
突然、男の声が聞こえてきた。望緒は慌てて辺りを見渡す。が、誰かがいる訳でもなさそうだった。
『こっちだ。滝だ』
そう言われ、望緒は滝やその周辺を見るが、やはり誰もいない。
「誰もいないんですけど……」
『我は姿を現してはおらん。当たり前だ』
声の主は随分と上からな物言いだ。望緒はその態度に少しイラッとする。
「そーですか。で、誰です」
『何だ、その口の利き方は。……まあ良い、我は闇戸。八下と共に
名乗られても、彼女は一切驚きの声を上げることは無かった。八下から話を聞いてはいたし、なんとなく察していたから。
「……その割には姿見せないし、見守ってる感全然ないんですけど」
『生意気な小娘だな。実際、我は今は見守っておらぬ。見守る気もない』
「……なんで?」
『八下がおらぬこの現世に、一体何の価値があると言うのだ』
––––八下の一番の信者じゃん。
闇戸は八下と共にと言っていたぐらいだ、相当仲はいいのだろう。
だが、そんな彼が創った世に、『なんの価値がある』とは随分と失礼なことだ。
「八下が聞いたら悲しみそ……」
彼女がポツリと呟いた言葉に、水が小さく音を立てて反応する。
『何……? 今、貴様なんと言った?』
「え、八下が聞いたら悲しみそうって言っただけだけど……」
彼女は言ったあと、もしかすると地雷を踏んだのではないかと思った。が、もう言ってしまった。
『先程から気になっていたが、貴様霊力はそんなにないな』
「そうだね」
『なぜこの我と話せている』
「……」
彼の質問に、望緒は思わず黙ってしまう。これは、飛希たちに霊力のことを話すことよりも、遥かに厄介なことになりそうだ。
『なぜ黙っている』
「い、いや……なんでかな」
『答えろ!』
白々しく目を逸らすが、闇戸はそれが嫌だったのだろう。突然大きな声を出す。
彼の怒声は、周りを震撼させる程。望緒は怒声が止んだあとも、ビリビリとした感覚が残っていた。
「私の霊力は八下がいて初めて集約される……って、八下が言ってた。なんで話せてるかはわかんないけど」
『貴様、八下とどう話した。なぜ話せる』
「えー……、八下が自分の精神世界に私を連れてきたとしか」
『……』
望緒が言うと、闇戸は黙ってしまった。一体何がしたいのか、一切わからない。
「あれ、望緒やん」
急に後ろから声がし、彼女は体を跳ねさせる。
「あ、さ、さっくん……。どうしたの?」
「どうしたはこっちのセリフでもあるんやけどな。俺はここに涼みに来た。そっちは?」
「わ、私もそんな感じ。でも、もう休憩終わっちゃうから、戻るね」
「おう、頑張れよ」
爽玖が笑顔で言うので、望緒も笑顔で答えた。戻る最中、ふと後ろが気になって振り返ると、爽玖は望緒と全く同じ体制で、水を眺めていた。
「あ、何伝えたかったのか聞くの忘れた……」
もう爽玖がいるので戻ることはできない。明日でいいと割り切り、望緒は持ち場に戻った。
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