十一話 龗ノ龍
翌日、慣れない場所で寝たからか、寝付きが少々悪かったらしい。
「おかしいなあ、
––––というか、こっちに来てからなんか違和感?
そう、彼女は
龍神の祠でも何かを感じ取ったが、それが何かまではわからなかった。
「ま、いっか」
立ち上がると布団を片付け、服を着替えた。
◇
「あ、望緒、おはよう」
「おはよー!」
神社へ行くと、千夏が大きく手を振った。つられて望緒も振り返す。
「朝から元気やな」
笑いながら言ってきたのは、千夏の兄である爽玖。彼が千夏の隣に立つと、彼女は元気で何が悪いとでも言いたげな顔をしていた。
「あ、おはようございます。えと……爽玖さん」
「ははっ、敬語なんかいらんよ。さん付けもなし。もっと柔らかい呼び方でええよ、あだ名でもなんでも」
「あだ名?」
望緒は手を顎に当て、何かいいものはないかと思い浮かべる。そして、一ついいのが思いついた。
「じゃあ、さっくんって呼んでもいい!?」
「あっははは、なにそれ。超ええやん!」
爽玖はひとしきり笑うと、「改めてよろしく」と手を差し伸べてきた。望緒は手を握り返す。
「
「えっ、いや、僕が呼んでも可愛くないでしょ……」
「うん、全く」
その言葉に飛希は「はあ?」と言って、爽玖はそれでまた笑った。
ワイワイしていると、大人たちがそろそろ仕事だと言ったので、望緒たちもそれぞれの持ち場へ行った。
爽玖は望緒と握手した右手を、無言でじっと見つめていた。
◇
「今日は参拝する人少ないね」
「んね、なんでやろ」
昨日は人が結構来ていたのだが、今日はなぜかあまり来ない。参拝しにくる気分では無いのか、あるいは––––
「?」
千夏は空を見上げた。望緒もそれにつられて空を見上げると、何やら一羽の鳩が慌ただしく飛んでいるのが見えた。脚には何かが巻き付けられている。
「あ、あれ伝書鳩や!」
「え、伝書鳩……? って、待って!?」
千夏は鳩を見るなり飛び出してしまった。望緒もそれを追いかける。
鳩が降り立った先は、出水家の当主であり、初日に話した老人。彼は鳩に巻き付けられた紙を取ると、それを読み始める。
「……ふむ、小さな“念”が現れたらしい。爽玖、千夏、行ってきてくれ。それと、この近くにまだ人がいるらしい。飛希くんと望緒くんは避難に当たってくれるかね」
命令を聞くと、四人は黙って頷いた。当主の命令は絶対。逆らいは出来ない。
望緒たちが着いた場所は、村からそれなりに近い河原。どうやら、子どもたちがよく遊ぶ場所らしい。
川の近くに人魂のようなものが浮いている。あれが“念”である。
飛希が辺りを見渡すと、確かに三人の子どもがいた。
「君たち、大丈夫!?」
飛希が声をかけると、三人はビクッと体を跳ねさせた。急にやって来た男に怯えているようだった。
「大丈夫だよ、お姉ちゃんたちと向こうに一緒に行こう?」
望緒は子どもたちを怖がらせないよう、しゃがんで目線を合わせた。初めてこの空間に来た日、飛希がしてくれたように。
子どもたちはそれで少し落ち着いたらしく、半泣きで無言のまま頷いた。
望緒と飛希は子どもと手を繋いで、できるだけ離れた場所に避難した。
それを見た後、爽玖と千夏はすぐさま戦闘態勢に入った。
「兄ちゃん、あいつ出して」
「こんな雑魚にいらんやろ」
彼の言葉に、千夏はピクッと反応する。
「油断大敵っておじいちゃんしょっちゅう
「はあ!? でも出すんは千夏やなくて俺やんかさ!」
「関係あらへんわ! いつでも出せるように弱い“念”でもあれ出せるようにしとけ言われとるやろ!」
何やら二人が喧嘩し始めてしまった。“念”は逆に何も出来ないでいる。
遠くから見ている望緒もオロオロと心配している。
「ね、ねえ、あの二人大丈夫?」
「うん、大丈夫。案外何とかなるんだよ」
望緒は心配げに「そう……」と呟いて、二人に視線を戻した。
「あーもう、変にぶっ壊れても知らんからな!」
「そんなすぐ壊れるほど脆ないやろ!」
爽玖はムスッとした顔のまま、手を合わせ、口を開く。
「
彼が呟くと、何も無い空間からバシャバシャと音を立てて水が現れ始める。そして、だんだんと形を作っていき、最終的に大きな龍の形になった。
望緒と子どもたちは驚くが、隣にいる飛希は何も驚いていないどころか、むしろにこやかである。
“念”はあまりに大きい龍に恐れをなしたのか、逃げようと身体の向きを変えた。
「あ、こらっ」
千夏は手を左から右へ勢いよく動かし、鎌のようになった水を“念”にぶつけた。
そのおかげで、“念”のスピードが格段に落ちた。
「お兄ちゃん!」
「わかっとる! 『昇り龍・
爽玖が言うと、水の龍は上へ昇り、一定の高さまで来ると、“念”へ向かって勢いよく落ちる。
龍は口を開け、“念”を食らった。そしてそのまま川の中へ溶け込んだ。
「っはあ……」
「おつかれ」
「ああ」
二人は飛希たちに手を振り、もう大丈夫だという合図をした。
四人は無事に子どもたちを村に届け、神社へ戻った。
「四人とも、ありがとう。苦労をかけたな」
当主が言うと、四人は笑顔で返した。
◇
「それにしても、さっくんのあれ、ちょー凄かった! あれなに?」
「あれは龍神様の疑似体みたいなものやな」
「疑似体?」
望緒が問うと、爽玖は一つ頷いて話しだす。
「俺、自分で言うのもアレやけど、四家の中で一番霊力量多いんよ」
「? 霊力?」
「ありゃ、それもわからんか」
爽玖はどう説明したらいいかわからず、目配せで飛希に助けを求めた。彼はそれを察知し、苦笑いをしてから望緒に説明しだす。
「えっとね、まず技を出すには霊力を使うことが必須条件なんだけど、人間には少なからずそれがあるのね」
望緒は頷きながら説明を聞く。
「で、爽玖はそれをどの人間よりもたくさん持ってるっていうわけ。これは、人によって全然違う。もちろん、四家に生まれても霊力量が少ない者もいる」
「私が元いた空間の人間でも、持ってるの?」
「持ってるはずだよ」
「ほえぇ、よくわかんないけど、めっちゃすごいね」
望緒は初めて聞く情報に、目を輝かせる。自分の中にもそれがあるのだと思うと、ワクワクするらしい。
「んで、霊力量が多いから、神の疑似体を従えることができるん」
「神様自体は無理なの?」
「霊力的には多分そんな問題は無い。けど、神様自身が従えるに相応しい人間だと判断しないと、絶対無理」
「そうなの……」
望緒が小さく言うと、飛希がそうそうと何かを思い出したかのように言った。
「ここに来た日、父さんが一瞬でここに来たでしょ?」
「うん」
「あれも、この霊力を使ってやったんだよ」
その言葉を聞いて、望緒の目は更に輝いた。
「すっご!」
その後は他愛も無い話をしつつ、親睦を深めた。
––––なんか望緒、こっちに来てからすごく明るくなったなあ。来てくれて良かった。
飛希はそんなことを思いながら、持ち場へ戻った。
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