十話 龍神を祀る祠

「……?」


 ––––誰だろ。


 ひょっこり出てきた男性は、飛希とそう変わらない歳頃。彼とは違って豪快に笑う、ハツラツとした性格だ。


「見ないうちにでかくなったな」


「いや、爽玖のがでかいじゃん」


 とは言うものの、爽玖と言われた男性は飛希より少し背が高い程度で、大差はない。


「お」


 爽玖は急に望緒の方に振り返った。彼女はそれにビクッと反応する。


「あんたが石火矢の巫女になったって人?」


「え、あ、はい……!」


「俺は出水爽玖、よろしく」


「よ、よろしくお願いします!」


 爽玖は割と初対面でもグイグイ行けるタイプらしく、望緒は少しだけ戸惑った。


「さて、話はそのぐらいにしよう。なつ


「ん」


 老人が呼ぶと、今度は女性が出てきた。髪色も目も爽玖と同じで、望緒より少し背が低い子。ジト目がまっすぐ望緒を見据える。


「神社を案内してやれ、私たちは話をするから」


 彼が言うと、千夏と呼ばれた女性はこくりと頷いた。



 飛希たちは互いの状況確認のために話し合いに行った。望緒たちが行かないのは、話が少々彼女たちにとって難解であるから。


 望緒は千夏によって神社の案内をされている。


「ここが本殿。あっちが御守りを授けるところ」


「へえ……」


 辺りをざっと見るが、やはり石火矢の神社とは少し違う構造をしている。


「あ」


「ん?」


「自己紹介忘れとった」


 望緒はそれを聞いて、そういえばと呟いた。どうやら、お互いにそれを忘れていたらしい。


「私は出水千夏。爽玖の妹で、十五歳」


「あ、じゃあ私より年下なんだ。私は神和住望緒、十六歳です」


「敬語はいらん。私の方が年下なんやし」


「そう? じゃあそうする!」


 千夏も望緒と同じく巫女服を着ているが、色が違った。彼女は白い着物に青い袴だった。


「巫女服は神社によって違うの?」


「うん、そう。見分けやすいように区別されとる」


「すご」


 望緒が言うと、千夏はなぜか自信に満ちた表情をしていた。無表情だが、目がそう物語っている。


「じゃあ、最後に紹介するところあるから着いてきて」


「はーい」


 そう言われて着いて行った場所は、滝があるところ。大きな滝の音が岩に反響している。


「涼し〜」


「うん、私も暑い時はここに逃げ込む」


「いいね、ここ……あ、あれが紹介するって言ってたの?」


 望緒が指さしたのは、ほこらだった。木で作られていて、賽銭箱もちゃんとある。


「そうやで。ここにはあの滝に宿る龍神様を祀っとる」


「龍神……!」


 望緒はそのかっこいい響きに思わず反応する。


「れっきとした名前あるらしいんやけど、何読んでもわからんから、私たちはおかみノ龍って呼んどる」


「なんか呼び名までかっこいい!」


「んな、この名前考えた人すごいわ」


 沈黙が流れ、静寂の中滝の音だけが響き渡る。二人は祠をじっと見つめ、そして望緒が口を開く。


「……参拝してもいい?」


「うん、ええよ。じゃあちょっと手間やけど、本殿から行こ。そっちが正式なん」


 望緒はわかったと言って、千夏の隣を歩く。歩いていると、何か滝の方から不思議な感覚がした。


「……?」


「どうかした?」


「ううん、なんも」


 きっと気のせいだろうと言い聞かせて、本殿へ向かった。

 着くと、徳彦からもらった小銭を賽銭箱に投げ入れ、二礼二拍手をし、手を合わせる。


 ––––来たはいいけど、願うことないや。えーっと……。


 そこでパッと思い浮かんだのは、あの三人。


 ––––仲良く過ごせますように。


 願い終わると、一礼をした。


「えっと、本殿は創造神の両腕を祀ってるんだよね?」


「そう」


 石火矢が胴体、風宮が右脚、雷久保が左脚というふうに祀っているが、そこで一つおかしな点がある。


「あれ、頭は?」


 そう、どこにも頭部を祀っている神社が存在しないのだ。この空間の神社は摂社、末社を除くと四つしかない。

 ならば、頭部は摂社に祀られているのだろうか。


「わからん」


 返ってきたのは、思わぬ言葉。


「え、わかんない……?」


「うん、わからん。千年前になんか色々あったらしくて、その時に頭がどっか行ったらしい」


「どっか行く……?」


 望緒はそれを聞いて、頭部に手足が生えて走っていく様を想像した。


「いやいや、ないない」


「? まあとりあえず、どこにあるかわからんから、今四家が祀る上で守っとるん」


「守る?」


「うん、頭が見つかったら復活させるから、それまで害が無いようにせなあかんの」


「あ、なるほど」


 と、納得したところで先程の龍神が祀られているという祠に来た。本殿と同じように小銭を入れ、二礼二拍手、同じお願いをして一礼した。


「なんや、ここにおったん」


 後ろから声がし、二人が振り返ると、そこには爽玖と飛希がいた。


「話は終わったん?」


「うん、仕事に戻るみたいだよ」


「わかった。じゃあ行こ、望緒ちゃん」


 千夏に手を差し伸べられたので、望緒は手を取る。


「うん!」


 しばらく滞在するため、望緒も巫女としての仕事は手伝う。もちろん、飛希や徳彦たちも御守り等を授ける以外に、事務作業も手伝う。


「やることは向こうとなんら変わらんから、安心して」


「わかった」



 夕方、六時半頃だろうか。ようやっと仕事を終えることができた。

 ここも石火矢と同じく、平日でもかなりの人がやってくる。


 本殿だけでなく、祠の方にもかなり人が行っていた。行っていない者もいたが。


「あ〜、疲れた」


「おつかれ。明日もがんばろ」


「うん……」


 一日の仕事が終わったというのに、千夏はもう既に明日のことを考えていた。


「望緒」


「あ、飛希」


「お疲れ様、帰ろうか」


「はーい」


 帰る場所は出水家が用意してくれた家。とりわけ広いわけではないが、四人が過ごすには十分すぎる場所だ。


 その夜、望緒は疲れたからか、やることを済ませたらすぐに寝てしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る