第一章 水
九話 水に入る炎
数週間後、望緒が一人で舞の練習をしていると、使用人が声をかけてきた。要件を訊くと、どうやら徳彦が呼んでいるらしい。
彼女は返事をして彼がいる部屋へ向かった。
「あの〜」
「入ってきて〜」
言われたので入ると、何やら御札ほどの大きさの紙に文字を書いている徳彦の姿があった。彼は手を止め、望緒の方へ振り返る。
「ごめんね、急に呼び出して」
「いえ。どうかしましたか?」
「立て続けに悪いんだけど、また出かけることになったんだ」
「そうなんですか。今度はどこですか?」
「水の村だよ」
そう言われて望緒は目をぱちぱちとさせる。
水の村というのは、四家である水の家系が統率している村のこと。火の村に行ったと思ったら、次は別の家系の村に行くことになるとは、思っていなかった。
「え、でもどうして?」
「お互いの状況確認のためにね」
「状況確認?」
望緒が復唱すると、徳彦は一つ頷いて話す。
「能力の出力に変動はないか、神社に問題は起きてないかとかね」
「へえ……」
「毎年あるんだ。その年によって当番が変わるんだけど、今年は僕たちってわけ。だから、巫女である望緒ちゃんにも着いてきてもらいたいんだ」
「わかりました」
◇
望緒は三人と共に荷物をまとめる。
どうやら、水の村にはしばらく滞在するらしく、着替えなどが必要らしい。食事等は向こうが用意してくれるようだが。
「私たちがいない間、神社の方はどうするんですか?」
「この時だけ、親族が手伝いに来てくれるのよ」
それを聞いて、望緒は少し安心した。自分たちがいないと、誰も神社に来ないのではないかという懸念があったから。
「水の村ってことは
「そうだよ。そこで祀っている御神体に異常がないかを見たりする。あと、お互いがちゃんと念を祓えるかとかね」
「御神体って……」
「
望緒が不思議そうな顔をしていると、目の前にいる飛希が言った。
八下様というのは、この空間を創った創造神だ。前に飛希は“眠っている”と言っていた。
「それぞれ八下様の体の一部を祀っていてね。
「うへぇ……」
嫌に生々しい情報に、望緒は思わず嫌そうな顔をした。そこで、疑問に思ったことがある
「って、ちょっと待ってください」
「? どうかした?」
「いや、今まで聞き流してましたけど、神様って存在するんですか?」
「え、するよ?」
あっけらかんとした言葉に、目を見開いた。
無理もない。望緒のいた空間では、神というのは空想上の存在とされていて、不確かな存在であったのだから。
向こうでは、最高神の子孫とされている人々がいるが、望緒はそんなもの信じてなんぞいなかった。
「いる……? 神が……存在を…………?」
衝撃的な事実に困惑する。そんな望緒の様子を、三人は不思議そうに見つめていた。
全員の荷物がまとめ終わり、徳彦が立ち上がった。
「じゃ、行こっか」
「……? どうやって行くんですか?」
馬車か何か用意されているのだろうかと思ったが、徳彦含めた三人が玄関へ行く素振りはない。
望緒が不思議に思っていると、真澄と飛希も荷物を持って立ち上がり、徳彦の近くに寄る。
「望緒ちゃんもおいで」
真澄がちょいちょいと手招きをするので、望緒も徳彦の近くに寄った。
「じゃ、僕にしっかり捕まっててね」
「……はい」
望緒は言われるがままに徳彦の腕を掴む。
「ちょっとびっくりすると思うけど、慣れてね」
「え?」
何を言っているのかと思ったが、そんなことを思っているうちに、目の前の景色が変わった。
目の前には石造りの鳥居。だが、石火矢の神社ではない。そもそも、石火矢の神社より木が生い茂っていて、空を覆い隠している。
向こうの神社のように村の近くにあるのではなく、岩がゴロゴロあるような場所。どこからか滝の音も聞こえてくる。
「……え? ど、え?」
望緒は、あまりの驚きに動揺を隠せない。徳彦の腕を掴んだと思ったら、急に景色が変わった。
「瞬間移動ってやつかな。あとでゆっくり説明するよ」
––––今言ってくれないんだ……。
言わないのも無理は無い。奥から人が歩いてきているから。恐らく、あれが出水の人間だろう。
「お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだね」
徳彦が挨拶したのは、白髪の老人。飛希の祖父よりも少し細身で、髪を一つ結びにしている。
「なんだ、雄太郎は本当にこの場におらんのか」
「ええ、神社のことは任せると」
徳彦が言うと、白髪の男性は小さくため息をついて、ブツブツと文句を連ねている。
望緒は知らぬ名前に疑問を抱いたが、話の流れ的に飛希の祖父だろうと判断した。
「飛希!」
老人の後ろから淡い水色の髪に青い瞳の男性がひょこっと顔をだした。彼を見て、飛希の表情が明るくなる。
「
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