八話 いざ村へ
翌日、四人で村に行く支度をし、玄関でそれぞれ集まる。そこで話していると、この家の当主、つまり飛希の祖父が望緒たちの方へ歩いてくる。
その様子を見るなり、彼女の隣にいた飛希は「げっ」と小さく言っていた。
「あれ、父さんは忙しいんじゃないの?」
「ああ、ワシはいかん。飛希」
彼に呼ばれると、飛希は嫌そうな顔をしながらビクッと体を跳ねさせた。
「怪我には気をつけろよ、変なやつに話しかけられてもついて行くなよ、暗くなる前に帰ってこいよ、あと––––」
「ああもう、いいから!」
「そうか……」
飛希は祖父のしょんぼりとした顔を一瞥することなく、戸を開けて外へ行ってしまった。
望緒はなんとなく、飛希が祖父を「ある部分では嫌い」と言っていた理由がわかった気がした。
––––この人、俗に言うじじ馬鹿だ……!
そんなことを思いながら飛希の祖父の方を見ていると、バチッと目が合ってしまった。
彼女は気まずくてすぐさま目を逸らしてしまったが、祖父はなんとも言えない顔をしていた。
ここで望緒は一つ思ったが、巫女になることは祖父に言っているのだろうか。さすがに許可がおりないと、一族の人間でもない者ができるとは思えないが。
考えていると、望緒を呼ぶ声がした。
「行きましょ」
「あ、はい……!」
◇
村は当たり前だが広くはなく、だが人で賑わっている。周りを少し見れば、子どもたちがかけっこをしたり、シャボン玉で遊んだりしている。
「子ども、たくさんいるね」
「うん、村は結構子どもがいるんだ。みんな元気だよ」
「そう」
「?」
飛希は望緒の素っ気ない返事を不思議に思った。
「あ! 飛希
一人の少年が飛希の名前を呼びながら、彼の腰辺りに抱きついた。勢いよく抱きつかれたので、飛希は少し後ろによろけた。
「あはは、久しぶり。相変わらず元気だね」
「当たり前だ! なんてったって、オレなんだからな!」
意味がわからないが、とりあえず元気そうな少年である。
望緒が周りを見ると、真澄や徳彦も村の人々と話していた。ただ、こちらは子どもではなく、大人たち。
「みんな仲良いな……」
「ねえ、お姉ちゃんはだあれ? 飛希くんのこいびとさん?」
ぼうっとしていると、先程の少年よりも年下であろう少女が話しかけてきた。
「え、いや……恋人ではないよ」
「じゃあ、おともだち?」
「……そうかもね」
友達と言われても、ピンとは来なかった。あくまで住まわせてくれる家の息子であり、仕事仲間というだけ。友達と呼べるのかは、望緒にはわからなかった。
「ああ、そうそう。まだ神社に訪れてない方も多いと思いますから、先に説明しておきますね」
そう言って、徳彦は望緒にちょいちょいと手招きをした。彼女は大人しく徳彦の近くに寄る。
「うちに巫女として奉職してくれることになった子です」
「あ、と……神和住望緒です。よろしくお願いします」
急な紹介だったため、少々ぎこちない挨拶になってしまったが、村の人たちはそんなことは気にせず、挨拶をし返してくれた。
「あら、可愛らしい子」
「もしかして、向こうから来た子?」
「ここじゃ色々心配よね、何かあったら頼ってね」
などなど、一気に話しかけてくる。だが、その中から罵声をあげる者や差別の目を向けるような者は一切いなかった。
“火の村”とは言うものの、熱い場所ではなく、暖かい場所だ。どの村民も生き生きとした顔をしている。
それが、望緒にとっては未知なことであるのも確かだが。
「ねえ、うちの子どう? いい子なのよお」
「ちょっと、困ってるでしょ? うちの子はどうかしら?」
「え、えっと……?」
「はいはい、そこまでにしてくださーい」
押し寄せる子持ちであろう女性たちから、真澄は望緒を自分の方に寄せた。
「もっとお話しましょ。ささ、こちらへ!」
女性たちは近くにある茶屋に真澄諸共連れていく。真澄は困ったように笑いながら、でも嬉しそうに身を任せていた。
◇
「つかれた…………」
「ごめんなさいね。まさか、あそこまで話聞き出されるとは思ってもみなかったわ」
真澄は面白そうに笑った。
茶屋で話したのは、主に恋愛に関する話。望緒は飛希との関係性を訊かれたし、真澄は夫である徳彦とは最近どうなっているのかを訊かれまくっていた。
それなのに、なんだか嬉しそうな表情。疲れたという顔は全くしていなかった。
「久しぶりに皆さんと話せてどうだった?」
「すっごく楽しかったわ。やっぱりお話って最高よね」
「それは良かったよ」
村に行った時は青い空だったのに、今ではもうすっかりオレンジ色だ。ただ、望緒は思っていたよりも時間の進みが早いように感じた。
––––私も、楽しかったのかな……。
彼女はここまでの長話をしたことが無いから、あれが楽しかったのかどうかはわからない。だけど、向こうにいた頃より、心がスッキリしているような感じがした。
家に帰ると、使用人が出迎えてくれた。廊下の奥には、忙しそうにしている飛希の祖父の姿が見えた。
「ねえ」
「なに?」
廊下を歩いて自分の部屋に戻ろうと歩いている時、望緒は隣を歩いている飛希に話しかけた。
「私が巫女になるっていうのは、おじいさんは許可したの?」
「ああ、それは––––」
「神社のことは基本的に徳彦に任せているからな」
「「わあ!?」」
二人は突然後ろに現れた祖父に驚きの声をあげた。
「自分の部屋に戻ったんじゃないの!?」
「いやあ、気晴らしに外に出ようかと思ったら、二人の話が聞こえてきてな」
そう言って彼は声をあげて笑った。朝はそんな感じはしなかったが、随分と気さくな人らしい。
「だからってわざわざ話に入ってこなくていいじゃん」
「お前、最近冷たくないか? ワシ悲しい……」
「そんなことより」
望緒が言うと、祖父は「そんなことより……?」と悲しそうにし、飛希はぷっと吹いた。
「神社は徳彦さんに任せてるってどういうことですか?」
「ワシもいつまで寿命が持つかもわからんからな、神社に関しては、早い目に次期当主に任せた方がいいと思ってな」
「いつまでって……まだそこまでの歳じゃないでしょ」
飛希が言うと、祖父はいつ何が起こるかわからんだろうと頬を膨らませる。それを見て、彼は若干引き気味だった。
「だから、徳彦がいいと言えば、君––––望緒があの神社で巫女をすることに何か思うわけじゃない。……よろしく頼むよ」
「……はい!」
飛希はそんな二人の様子に微笑んだ。
◇
岩に囲まれた涼しげな場所、滝の音が辺りに響く。そこには
その男性はしゃがんで水を覗き込んでいる。後ろから儚げな見た目をした女性が歩いてきた。恐らく、彼より年下。
「お兄ちゃん」
「なに?」
「何しとるん?」
「……別に、ただ見とっただけ」
男性はそう言って立ち上がった。女性はふーんと言って、本題を伝える。
「石火矢から文届いたらしいで。お父さんが呼んどる」
「ん、すぐ行く」
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