ハナサナイデ

@aqualord

第1話

楓華はいじめられていた。


きっかけが何だったのか、今でも解らない。

ただ、ある日、突然友達から無視された。

楓華が話しかけても、楓華がいないかのように扱われた。

すまなそうな表情を浮かべた者もいたが、それでも、楓華と話してくれる子はいなくなった。

「なぜ」、「どうして」、という問いかけに答えてくれる子もいなかった。


いじめが始まってから1週間ほどが経って、「誰が」という問いには、楓華自身が答えを見つけた。


仲がいいと思っていた同じクラスの亜里砂が、楓華にすまなそうな表情を浮かべた子に「楓華と話さないで。」と迫っているのを見かけたからだ。

そのとき、楓華が側にいることを、亜里砂も、その子も気づいていたはずだ。

だが、遠慮なしに亜里砂はその言葉を口にした。

おそらく、亜里砂は、楓華にその言葉を聞かせたかったのだろう。


楓華は、亜里砂に、「どうして」を聞こうと席を立ち上がりかけた。

だが、一週間の時間は楓華から気力と勇気を奪っていた。


「仲がいいと思っていた亜里砂が『話さないで』と言うのだから、私が何かをしてしまったのかもしれない。自分がきっと悪いんだ。」


楓華はそう思い込むことで「どうして」の問いかけをしない理由を作った。



やがて、一週間は二週間となり、一か月となった。

最初からそうだったかのように、クラスに楓華はいないものとして扱われた。

教師は、何か気づいたようだったが、何も気づかないふりをしていた。

親は、楓華の異変に気づいていなかった。


楓華は無視されていたからだ。

暴力を振るわれもせず、いたずらをされるわけでもなく、ただ、いない者として扱われていたからだ。

殴られた痕でもあれば、教科書に落書きでもされていれば、楓華は救われていたかもしれない。


だが、亜里砂が巧妙だったのか、それとも誰かが止めていたのか、何かが起こることはなく、何もない以外のことはなかった。

クラスの行事でも、仲良しグループがどこかに遊びに行くときでも、楓華だけは何もなかった。


楓華が無視されてから、季節は二つ過ぎた。


亜里砂は別の標的を見つけた。


また一人クラスで無視される子が出た。

クラスで消された子は二人になった。


だが、それも一月も経たないうちに再び楓華一人になった。

もう一人の子は、学校に来なくなったからだ。

楓華が何をされているのかをつぶさに見ていて、学校に通い続けることに絶望したのだろう。


だが楓華は、親に心配させまいと、学校に通い続けた。


そして、ある日。

限界が来た。


楓華がこの町で一番高い8階建てのビルの裏手で発見されてされてから一週間が経ち亜里砂は夢を見た。

その中で、制服姿の楓華は、亜里砂を見ているようでどこも見ていない空虚な瞳で亜里砂の手をしっかり握ってきた。


「離せよ。離せって。」


亜里砂は抗った。

そして、今自分がビルの8階にいることに気がついた。


「は、離せ。」


恐怖が全身を締め付ける。

だが、楓華はひどく冷静な声で答えた。


「はなさないでって亜里砂言ったよね。」


と。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハナサナイデ @aqualord

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ