第9話

流れる時はあっという間で、私は十歳の誕生日を迎える事が出来た。


ゲームの設定では、十歳になれば能力に応じて精霊を召喚してもいい事になっている。


せっかく賜った能力があるのだから、自分の今ある実力を知る為にも召喚してみようと考えたの。


精霊は召喚出来る姿に生まれても、必ずしも召喚出来る訳ではない。


これは親和力がある程度備わっていても、契約する力がなくては精霊が応じてくれないからなんだよ。


今の時間はまだ朝日が昇ってきたばかりで、食事までには時間がある。今日はお祝いで騒がしくなるから、今の時間が一番落ち着いて事に臨めるだろう。


私は用意しておいた古代文字の書物を開いた。そこには召喚陣が乗っている。これを用いて召喚するの。


私は心を落ち着かせ、陣に手を置いて集中しながら言葉を口にした。


「私と共に生きる盟友とならん、世界樹より生まれたもう尊き者よ、今ここに現れ、私の求むる力をもたらしておくれ──」


すると、召喚陣から光が放たれ、体が芯から熱くなる。下手をすると召喚陣に呑み込まれそうな感覚だった。


それを堪えて体に力をこめる。


強く念じて、──ふっと体が軽くなった。


「──呼ばれる事を待っていました、我らが主よ」


「あなた方は……」


そこに現れたのは、六体の精霊達だった。白銀に漆黒に、それから茶色、深紅、明るい緑、淡い青。それぞれ、纏う色彩が異なる。──もしかして、本当に全ての属性の精霊を召喚出来たの?


「まずは私達が名乗りましょう。私は光の下級精霊、アーシャと申します」


「私は闇の下級精霊でノームと申します」


「残る私達は中級精霊ですので、名乗る名は定まっておりません。お好きにお呼び下さい」


どうやら光と闇が下級精霊で、残りの地と火と風と水は中級精霊らしい。


アーシャが恭しく手を差し出した。


「空高く架かる虹の色彩に輝けるお方、これからは私達の主となって下さるのですね。契約の証に、互いの手に口づけを」


「……あっ、はい!」


私は緊張と昂揚に心臓が暴れるのを何とか抑えながら、精霊達と契約を交わした。


それが無事に済むと、一気に脱力する。だいぶ気を張っていたらしい。


「私達は上級精霊ではございませんので、契約者以外の人間には見えません。力を使えば可視化も可能ですが……主のご家族にはご挨拶致しましょうか?」


ノームが気遣ってくれて、これから朝餐で顔を合わせる家族に思いが至った。


まさか初めての召喚で、全属性の精霊と契約出来るとは考えてもいなかったから……これを話したら、精霊達と会わせたら、皆はどう思うだろう?


まず驚くのは間違いないけれど、喜んでもらえるかどうかは考えてなかった。


でも、家族に秘密は作りたくないし。


「ノーム、ありがとう。皆、よければ私の家族にだけは紹介させて欲しいわ」


「はい、我が主よ」


そこで、メイドがドアをノックする音が響いた。実感より速く時間は経っていたらしい。


「ダフォディルお嬢様、朝のお支度に参りました」


「──ええ、起きているわ。入って」


どきどきしつつも促すと、晴れやかな面持ちでメイド達が入ってきた。


「おはようございます。本日は本当におめでたい日にふさわしい快晴ですこと」


「御髪を梳いて整えさせて頂きます。ドレスは旦那様と奥様がご用意致しました贈り物から、お好きなものをお選び下さいませ」


「あら、お嬢様。夢見がお悪くございましたか?少し汗ばんでおいでですわ。湯浴みなさいますか?」


……本当に他の人には見えてないんだ。


「湯浴みする程ではないから、顔と体を拭う為のお湯とタオルをお願いするわ。ドレスは……」


何やら落ち着かない気持ちも残しつつ、メイド達と支度に取りかかる事にしたけど、精霊達は盛んに語り合っている。


「我が主には、やはり明るいお色のドレスでしょう」


「いや、色彩と肌の明るさからすれば、落ち着いた色味も似合うに決まっている」


「でも、まだ十歳の女児なのだから、やはり明るく愛らしいドレスが……」


「そのような事、朝に明るいドレスをお召しになり、夕刻に落ち着いたドレスにお着替えなさればいいだけの事」


私が召喚する事を、よほど待っていたのかな?想像していた精霊のあり方と離れているというか、遠慮なく言いたい事を言い合うんだね……。


でも、それらを無視する事も出来なくて、とりあえず淡い若草色の生地に白絹で細やかな刺繍をほどこし、生成色のレースを縫いつけてあるドレスに着替えた。


「──おはようございます。お父様、お母様にお兄様」


「ダフォディル、誕生日おめでとう。あの赤ちゃんだったのが十歳なんだね」


まずお兄様が屈託なく話しかけてくれる。両親も満面の笑みで迎えてくれた。


「表立った祝いの場こそ設けなくとも、屋敷では盛大に祝おう。そのドレスも良く似合っているよ、ダフォディル」


朗らかに言って下さるお父様に笑みを返して「ありがとうございます」と言ってから、私は切り出した。


「家族にだけはご紹介したい存在が出来ましたので、ご挨拶させて下さい。──皆」


その一言に応じて、精霊達が姿を可視化する。家族全員が目を丸く見開いた。お兄様は驚きのあまり、がたっと椅子を鳴らして危うく転げるところだった。


「私が今朝、召喚に成功しました精霊達です」


「初めまして、我が主のご家族達」


「まあ、そんな……精霊というだけで稀有なのに六体も……?」


お母様は精霊達に圧倒されている様子だった。


「ダフォディルが平凡な子ではない事なら分かっているつもりだったが……まさか誕生日を迎えた朝にはもう召喚に成功していたとは」


お父様も、さすがに驚きを隠せない様子で精霊達の挨拶を受けていたけれど、それが落ち着くと、神妙な面持ちをしながら改まって私に向き合った。


「──ダフォディル、この事は誰にも話してはいけないよ。古代魔法もなるべくなら使わずにいて欲しい。お前の稀有な能力を悪用しようと目論む者も出かねないからね」


これは知らずにいた事だけど、私が精霊を召喚出来た事、それから古代魔法が使える事は、かなりのレアらしい。


「……はい、お父様」


「だが、本当に見事だよ。ダフォディル、これは叱責ではないんだ。お前に顕現した力が搾取される事なく、本当に使うべきところで発揮出来るように願っての言葉だからね」


「分かっております。ここまで大切に育ててきて下さったお父様のお気持ちの、どこに不満などございましょう」


「精霊達よ、どうか娘をお守り下さいますように、我々家族全員からお願い申し上げます。あなた方のお力が必要となる時も、いつか必ず訪れるでしょう」


お父様が言うと、精霊達は自信に満ちた表情で頷いてくれた。


この日、精霊を召喚出来た事は、私にとって大きな収穫だった。


人は結局、自分の人生しか生きられない。だから自分の人生を大事に生きる事が、実感の差こそあれ幸福に繋がる。


自分の人生を自分で生きてゆく事、自分なりに考えて切り拓く事。


その為の手段は多い方が良いからね。何でも、学んだり感じたりした事が、いつかどこかで活かせるシーンに当たるのと同じ事なのよ。


インプットして、アウトプットという生産行動に力を向ける事。前世の私には、このアウトプットをする機会にも自由にも恵まれなかった。


でも今生では、それらが許されていると実感出来たし、これから未来へ向かって堂々と歩んで良いんだと期待がいだける。


私は明るく前向きな気持ちで、美しい精霊達を見つめてから「もう大丈夫よ」と声をかけた。


「わ、見えなくなった!」


お兄様がまた驚く。のけぞりそうなまでの反応に、私もつられそうになるものの、何とか微笑んで「可視化するには力を使う必要があるんです、お兄様。彼らは上級精霊ではございませんので」と教えた。


「階級によって精霊の見え方が変わるんだね」


「どうやら、そのようなのです」


「──さて、ご挨拶も済んだ事だし、ダフォディルを祝おうじゃないか」


気を取り直すようにお父様が切り出して、それからは一日かけて侯爵家全体でお祝いムードになったのよ。


お料理もデザートも、全て私の好きなものばかりが用意されて、お祝いの支度に励んでくれた使用人達のまかないも豪勢だったらしい。


「お誕生日おめでとうございます、お嬢様。このように素晴らしくご成長なされました事、心よりお祝い申し上げます」


執事長も使用人を代表して祝ってくれる。


皆の笑顔に包まれて、私も笑顔が絶える事なく過ごす事が出来た。


贈り物のドレスも着替えてみたりして、忙しない程の一日だったけど、充実して楽しい誕生日になったの。


「──では、今日はお疲れでしょう。お休みなさいませ、お嬢様」


部屋に戻って、乾燥ラベンダーのハーブバスで入浴を済ませて、柔らかいシュミーズに着替えさせてもらい、メイドが退室してゆく。


でも、さすがに早朝から続いた興奮が冷めきらず、なかなか寝つけなくて部屋から出てみた。


少し夜風に当たれば、すっきりするかな。


「……あれ?何か聞こえる」


耳に届くのは細い音。何かの鳴き声がすると思って声を辿ってみたら、仔猫ちゃんだ。


親猫からはぐれたのかな、庭の植え込みに独りぼっちで、うずくまって鳴いてる。


待っていれば親猫や兄妹猫が来るかとも思ったけど……辺りには何の気配もないし。放っておいたら、衰弱しそうで心配だな。


かといって、フェレットなら生後二ヶ月から育てた経験があるけど、仔猫は無経験なんだよね。


鳴いてる口からは、乳歯かな?とりあえず歯は生え揃っているのが見える。だとしたらミルクより離乳食の方がいいのかな。


よく見ていると、お腹を空かせているみたいだし、やせ細っているし、体は泥で汚れがひどいのが分かった。


これは……このままにしていても、多分親猫は探しに来ない。


私は、思い切って仔猫を抱き上げてみた。すると、服に爪を立てて必死にしがみついてくる。


「……あなた、捨てられたの?」


何とかしてあげたい。


確か、猫はフェレットと同じ肉食目の動物だ。だからフェレットにもチキンやターキーのキャットフードを食べさせられるんだし。


でも、時代背景を考えるとキャットフードは存在しないよね。そうなると手作りフードが必要になる。


今はとにかく、お腹を空かせている猫に何か食べさせてあげないと。加熱して冷ました鶏肉を細かくほぐせば食べられるかな?


「厨房に行けば、まだ誰か起きてるよね……手を煩わせるのは申し訳ないけど、頼んでみよう。──猫ちゃん、ご飯あげるからね。大丈夫、もう怖いのないよ。お風呂にも入ろうね」


そして、猫に合わせて調理してもらえた鶏肉を食べさせてみると、恐る恐る匂いを嗅いでから食べ始めた。


何だか、前世でフェレットをお迎えした初日を思い出してしまう。小さな生き物がほっと息をついてくれた瞬間は感動するよね。


ゆっくり食べきるのを待って、人肌程度に温めたミルクも水分補給に与えて、その間に怪我をしていない事を確かめた。


それから私がまだ起きていた事に気づいたメイドに頼んでお湯を用意してもらい、「大丈夫、怖くないよ、悪い事しないよ」と話しかけながら猫の体を優しく洗った。


初めこそ警戒していた猫も、この頃には落ち着いた様子になって、ふかふかのタオルで体の水気を取っていると、時折「みゃあ」と短く鳴いて、うっとりと目を細めていた。


気持ち良さそうにしてるからいいけど、猫って気持ちが良いと喉を鳴らすんじゃないのかな。少し変わった猫ちゃんなのかなあ。


でも、猫に色々してあげて一段落ついたら、すごく眠たくなってきた。精神年齢はともかく、体はまだ子供だもんね。


「寝床を作ってあげるのは明日でもいいよね。猫ちゃん、私のベッドで一緒に寝ようか」


見ると、猫も眠そうだ。私は特に考えもなく、ベッドに寝かせた猫を守るような格好で横たわった。


私はまだ知らない。共に穏やかな眠りに就いた小さな猫が、後に姿を変える事を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る