本編
ああ、どうかお願いします!わたしのことを愛しているのなら!お願いだから歩くのをやめて!
立ち止まってくれたの?でも、どうして立ち止まったの?
今、興味を持ってくれたのは、きっとわたしが必死だったからですよね。
いいえ、わたしが一生懸命だけだったからだけではなくて、きっとあなたも優しい人だからですよね。
もし、そうなら、お願いしたいことがあります。
いいえ、無理な贅沢は言いません。初対面のあなたに大きなお願いをすることはできません。
ただ、話を聞いてほしいだけです。でも、あなたが話を最後まで聞いて、何も考えが変わらないのなら、わたしは、もうどうすればいいのかよくわからない。
もしかしたら、わたしのことなんか、最初から知らないほうがいいのかもしれません。ずっとこのままのほうが、幸せなのかもしれないから。
ところで今、周りに大きな音はありませんか?声はよく聞こえていますか?もちろん、あなたの声はよく聞こえています。わたしのことは気にかけないでください。
少し影に包まれた雪が降っていますね。よかった、あなただけが見えている景色ではなくて、安心しました。やはり、わたしたちは同じ景色を見続けているんですね。
でも、懐かしいですね。けして晴れているわけではないのに、光がさしていて、澄んだ空気が穏やかです。どこか冷たい風が吹いているのに、それがかえって気持ちいい。この街の人々がつくってきた文化や産業は、ずっとこの自然が彩ってきたんです。これからも大切にし続けたい。あなたもそう思いませんか?
こんな素晴らしい景色の中であなたを待っていました。だから、けして苦しかったり、辛かったりしたわけではありません。むしろ、この景色の中であなたを待つことができたのは本当に幸せでした。もちろん、少しだけ寂しかったのは本当ですよ。だって、仕方ないと思いませんか?
いつになったら、あなたがミュンヘンに戻ってくるのか、ずっとわからないままでしたから。
だから、わたしの声があなたに聞こえたとき、嬉しいって心から思ってしまいました。この厚い氷に覆われている凍った川がどんどん溶けていく気持ちがよくわかります。たくさん歌にしていきましたが、それがどれだけ響いても、あなたには届くことはありませんでしたから。
この橋に辿り着いたあなたは今までどれほどの言葉を紡いできたのでしょうか。わたしには想像がつかないことが心苦しいです。しかし、この橋があなたと再会できる場所になったことは、きっとわたしたちを見守る夜空があかしたことなのでしょう。あなたもこの夜空のことを信じていますか?あなたがわたしに別れの言葉を告げたのも、こんな藍色の夜空の下でしたね。
「きみがぼくのことを忘れようとも構わない。簡単な理由さ、ぼくはきみのことを忘れないのだから」
この言葉を忘れることはなかった。だって、初めて会ったあなたのことを愛することができたのはそういうことでしょう?あなたがわたしと話をしてくれているのも、きっと同じ理由でしょう?このミュンヘンという名前がついた大きな橋は夢の果てなんです。
ふふ、とてもきれいな雨が降ってきましたね。この橋の光もゆったりと川を照らしています。あなたと再会したことを喜んでいるような……そんな歌がきこえてきます。あなたの心と出会えて、わたしは幸せ者です。
重ねてお願いしてもいいですか?もう少し、ミュンヘン大橋でこのまま踊り続けませんか?せめて、この夜が明けるまで。
ありがとう。あの時よりも、ずっとやさしい手つきですね。
邂逅の橋 松井みのり @mnr_matsui
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