第5話 惑星エデン・ミアキスヒューマン~累代育成

 ミアキスヒューマン。惑星エデンの生物進化に於いて発生した霊長類と食肉目の要素を併せ持った、つまりはエデン獣人の名称なのですがミアキスと細分化した呼称には理由があります。彼らは地球でいうところのイヌ科ネコ科の生物。ライオンやヒョウ、トラ、オオカミ、キツネ、アライグマ、イタチなどの特徴が顕在化した特色を持っています。

 それ以外は確認されていません。なので食肉目(ミアキス)人類(ヒューマン)というわけです。

 もしウサギやリス、ネズミなどの齧歯類でしたらパラミスヒューマン、有蹄類のウシ、ウマ、ヤギ、ヒツジタイプでしたらユングラタヒューマン、と呼ばれていたかもしれません。

 話がそれました。


 このエデン原住の獣人ミアキスヒューマンは興味深い事に、容姿の発現に法則性がありませんでした。

 以前、ミアキス要素の発現率に応じてニアミアキス、スリークォーター、ハーフ、クォーター、ファーミアキスと区分していることはお話ししたと思います。

 この発現率は非常にランダムでハーフミアキスと言っても四肢にミアキスの特性を持つ者だったり、腰から下、下半身がミアキスだったり、頭から胴体がミアキスで手足がサピエンスというパターンもあります。全くサピエンスの外見にボディーペイントを施したように全身が体毛に覆われているパターンも珍しくありません。

 半獣人の外見特徴は実にあまりにもランダムです。同じ兄弟姉妹にニアミアキスからファーミアキスまで、誰一人として同じような発現にならないのです。

 そこで我々はミアキスヒューマンを複数、サンプルとして天磐船に連れ帰って飼育を試みることにしました。我々の言語を教え、君たちがここで暮らすことはお互い意義のある事だと説明をしました。件のサピエンスと共存を始めた集落のお陰で文化というものに興味が生まれ始めていた彼らは喜んで協力を申し出てくれました。有難い事です。

 ところが、移住して間もなく全員が原因不明の衰弱で死亡しました。全滅です。

 この奇妙な現象は何度も起きました。まるでこのエデン居住エリアが呪われているかのようです。他の、エデン以外の星の生体を連れ帰ってきたときもこのような全滅は起きたことがありません。

 困り果てていた頃、今も地球内部の次元亜空間内で観察を続行している分隊長のニニギさんから通信が来ました。

「久しぶりだな、アベストロヒ、地球では地球人達が自ら宇宙に飛び出そうともがき始めたよ」

 そうして、彼らは宇宙で彼ら自身の身を守るために必要なコロニー作りに失敗したことを話してくれました。

「・・・・・・そうして今では過去の知的財産として公開されている、地表人は『観光施設』と呼ぶんだっけか。でもコレは大いなる知見になったよ。複雑に進化した生物はその星の生態と無意識レヴェルで複雑に絡み合っているんだ、粘菌や原生生物は短いスパンで世代交代を繰り返すことで対応出来るけれど、人間は進化の過程で地球百公転に届く長寿な種になってしまった。だから環境の急激な変化に肉体が追い付かないのさ」

「すごい、全く思い付かなかった視点です」

 ニニギ分隊長に、今突き当たっている問題を相談すると、それなら、ヴィマーナに居住エリアを作り、エデン一公転につき三回から四回のリフレッシュ期間を設けてやればいい。とサジェストを提示してきました。

「地球でも無重力状態のヴィークルで地球半公転期を過ごす技術までは到達しているからね。彼らが自らの力で僕らの仲間入りをするまであともう一息だ。その日が楽しみだよ、それじゃアベストロヒ元気で」

「はい、ニニギさんも」


 地球からの通信を保管するため、データベース中枢の記憶媒体、セレブロにアクセスしました。初めて宇宙に飛び出した遥かなるご先祖様をはじめとする仲間たちの脳と神経網がニューロンを構成する巨大ネットワークです。今は旧式の外部端末を使用してネットワークに電気信号を打ち込み情報共有をしますが、私たちは寿命が尽きると、中枢神経系を末梢神経で繋げ、セレブロのネットワークとなります。こうすることで肉体を失っても知的好奇心を満たすことが出来ます。不死を得て第二の生が始まる、と言えばよいのか、死んだら終わりではないのです。

 セレブロには特殊な機構が備わっています。アモンズホーンと呼ばれる部位は、長い航海で避けることのできない大きな悲しみに直面したクルーの心の傷を時間をかけて癒す場所です。私たちは、観測研究対象が消失する、なんらかの事情で観測が途絶することに激しく抵抗を感じます。深く絶望するのです。さっきも連れ帰ったミアキスヒューマンの全滅を嘆いた仲間が数名、ディープスリーピングと呼ばれる状態に入っていきました。彼らが目覚める時には一緒に暮らせる場所が出来上がっている事でしょう。


 観測船ヴィマーナに居住エリアとリフレッシュ期間を設けることでようやくミアキスヒューマン達の定住は成功し、第二世代第三世代が誕生して、本格的な観察が始まりました。


 観測船ヴィマーナのコロニーに移住してきたミアキスヒューマン達に第二世代、第三世代が誕生したことで、ミアキスヒューマンとサピエンス、真ミアキス群に交雑種が出来ないのか、解明することが出来ました。

 彼らは通常持つ二重螺旋DNA構造の他に、サピエンスから半分、ミアキス種から半分の生体高分子鎖を持つ三重螺旋生命体だったのです。本来、生殖細胞に於ける染色体は一対。卵子にいち早くたどり着いた精子のみが勝者となり、受精卵は分裂を開始します。しかし、ミアキスヒューマンの遺伝子は第三ヌクレオチドのアルファ要素が受胎の鍵となります。DNAが複製された後、核分裂が二回連続で起こり、染色体数が半減することで生殖細胞となります。ミアキスヒューマンの配偶子は配偶子に分裂する際、第三デオキシリボ核酸のみが一対ではなく不規則な分裂をするのです。本来あり得ない、歪で凹凸の出来た配偶子を持つ卵子は、複数の精子を受け入れます。そうして多数の配偶子の中から形に会った配偶子を持つ者が勝者となります。そのため、同じタイミングで産まれた兄弟姉妹でも誰一人同じようなミアキス要素とはならないのです。

 また、ミアキスヒューマンの年齢も明らかになってきました。惑星エデンが主星を一周する一公転を一年と基準にして、最初の一年、二年は四歳ずつ、三年からは三歳ずつ成長していきます。平均寿命は約二十年。サピエンス換算で六~七十歳といったところでしょうか。


 一つ想定していなかった問題も起きました。世代が進むにつれて多様な毛色、垂れた耳、巻尾、幼獣の特徴を残した未成熟な外見の生体など、本来アドレナリン分泌水準が劇的に低下した環境、つまり飼育下に於ける外見の変化が出現したからです。

 これは概ね地上からヴィマーナに連れてきた個体に由来する問題と思われます。ウルズス系は我々を警戒し、ルプス系の、特にサピエンスが定住を始めたあの集落に興味を持ち、関心を寄せている個体が殆どでした。偶然にも全く意図しないところで地球における野生動物家畜化への選択的繁殖が起きていたのです。


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