惑星エデン~プレシャスウイング

 ミアキスヒューマンは非常に興味深い戦術を用いる。


そのうちの一つがマナだ。貴石、宝石ににマナを封じて元素に働きかける。そして火をおこしたり水を生み出す。サピエンスにはありえないスピードで傷を回復、治癒もする。その一方、彼らの戦闘は非常に原始的である。ニアミアキスの群れが巻き狩りの要領で獲物を追い立て、大型のハーフミアキスが鈍器で竜の顎を殴り昏倒したところに、馬に跨ったハーフミアキス、ファーミアキスが刀で、ニアミアキスは牙で爪で、竜の四肢の腱を切断し喉を潰してとどめを刺すのだ。


これは我々がプレシャスウイングと名付けた翼竜とミアキスたちの抗争の記録だ。




 我々がプレシャスウイングと出会ったのは15年前。100年前大隕石が接近、ニアミスの際にロシュの限界ぎりぎりを通過し、剥がれ落ちた隕石の欠片がハフリンガー亜大陸、エクウス大陸の広範囲にわたって多数の衝突痕を残した。エクウス大陸北西部の恐竜たちは姿を消し、ハフリンガー亜大陸シャイヤー湾沿岸部にあったサピエンスの都市は津波に飲まれ消滅し、山岳部の街も衝撃波と火災で崩壊した。残った遺構はミアキスの営巣、繁殖の大集落となって久しい。そんな遺構の一つからやや離れた山岳地帯を調査している最中だった。我々は一羽の巨大な白い翼竜が常緑樹の森の中に舞い降りていくのを見かけた。後を追いかけてみると、彼女はミアキスヒューマンのハンターを仕留め、その肉をついばんでいた。背筋には一本の鎗が刺さっていたが、彼女はさして異物を気にする様子はなく、羽繕いをして、我々が観察していることに気付くとけたたましい鳴き声をあげて飛び去った。


 巨大な翼と後肢の飾り羽を体と水平に広げ、尾羽の付け根を高々と掲げ垂直に立てたその姿はまるで大気流体力学航空に則った飛行物体のようで、実に優雅で美しかった。我々は彼女にプレシャスウイングと名付けた。


 本来ならエクウス大陸極地付近に生息する種だが、彼女はまだ若いはぐれ個体、迷竜のようだった。ごくまれではあるが、渡りをする際、南北に対して対称の方角に向かう個体がいる現象は知られていたから、きっとプレシャスウィングもそういった個体なのだろう。悪い言い方をするなら方向音痴ということだ。


 プレシャスウィングはひどく気性の激しい竜だった。そして大食漢だった。よくミアキスヒューマンの集落を群れを襲っては幼獣を貪り食う姿が確認されていた。彼女にとってミアキスヒューマンの集落が点在するハフリンガー亜大陸は獲物を独占できる良い狩場という認識なのだろう。寒冷な時期を仲間の許に渡って過ごすことはなかった。


 ミアキスヒューマンも黙ってやられていたわけではなかった。砂漠地帯のオアシス遺構を拠点に生息するミアキスヒューマンの主が群れを率いてプレシャスウィングと衝突する姿が確認されるようになった。ミアキスヒューマンの戦い方はあまり効率の良いものではなかった。索敵部隊のニアミアキスがプレシャスウィングを見つけると遠吠えで居場所を教え、ファーミアキス、クォーターミアキスは騎馬でニアミアキスは歩兵として群れ全体で襲い掛かるのだ。手傷を負った者や逃げ遅れた者ははプレシャスウィングの餌になる。彼女にしてみれば餌が大挙してやってくるようなものだ。砂漠の王もしばしばひどい手傷を追って逃げかえる姿が見られた。


幾度か返り討ちに遭ううちにミアキスヒューマンも学習したのか、ある年、大幅にやり方を変えて挑んだことがあった。それは今までのような数にものを言わせた戦いではなく戦術と呼んでも差し支えないものだった。




 その年群れの中に砂漠の主の姿はなかった。代わりに主の息子が陣頭にいた。今までのように遮二無二プレシャスウィングを攻撃しようとはせず、部隊が疲労で動きが鈍るか、ある程度の損害が出ると、部隊を撤収させ、代わりに新しい部隊が攻撃を開始する波状攻撃を行った。若い主は部隊に役割を与え、効率化を図ったのだ。


 彼らはプレシャスウィングを休ませることをしなかった。夜間も夜目の利く種が索敵を行い、居場所を探り、夜襲を仕掛けた。それまではやってくる獲物を虐殺し飽食の限りを尽くしてきたのが獲物がとどめを刺す前に踵を返して逃げる。仕留めても貪る暇がない。寝込みを襲われ休息もとれない。疲労と空腹を抱えたプレシャスウィングはいら立ちを募らせていた。


 そうして飢えた状態のプレシャスウィングの目の前にファーミアキスの騎馬部隊を従えた砂漠の若い主が姿を現した。


徴発されたことを理解したのか獲物が自ら食われにやってきたと考えたのかはわからない。


プレシャスウィングは若い主に襲い掛かった。主と騎馬隊はプレシャスウィングが動いたと見るや否や一斉に退却を開始する。若い主とニアミアキスたちは、プレシャスウィングを追い詰める傍らで、切り立った狭い渓谷にかずら橋を架け、プレシャスウィングを滑落させる罠を準備していた。もともと気性が荒いうえに極度の空腹を抱え疲労困憊のプレシャスウィングにはそれが自身にとどめを刺す罠に誘導されていることなど知る由もない。


だが、ミアキスヒューマンにも誤算があった。かずら橋を仕掛けた渓谷は、プレシャスウィングを滑落させるには狭すぎたのだ。しかも不安定に揺れる橋に馬は怯えて渡ろうとしない。


結局騎馬隊は下馬して馬を逃がし、かずら橋を走って対岸に渡った。


騎馬隊が橋を渡り終え、追ってきたプレシャスウィングが渓谷を飛び越える直前、砂漠の若い主は意外な行動に出た。プレシャスウィングの頭部に飛びついて剣で眼球をめった刺しにしたのだ。剣の切先は眼球を貫き脳漿に致命傷を与えた。


こうして巨躯を渓谷にはさまれる形でプレシャスウィングは命を落とした。


プレシャスウィングの遺体はその場で解体され、刺さっていた鎗は砂漠のミアキスが回収した。羽毛は密林、渓谷のミアキスに贈られ、肉は部隊に振舞われた。



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