第2話「オタクくんはビキニアーマーが好き」後編

――前回までのあらすじ。


早乙女先輩がビキニアーマーを召喚した。


「いやいやいや! 意味がわかりませんって! 何やったんですか先輩!?」

「ごめん、オタクくん……私にもよくわかんない♪」

「えぇ……」


先輩にわからないものが僕にわかるはずもなく――。

先輩はビキニアーマーのプレート部分をコンコンと叩いたり、ビキニの布面積の少なさに赤面したりしている。


時々、マンガやゲームでなら見たことあったけど、まさか実物が存在するとは。一体この防具で何をどう守るつもりなんだろうか。


いや、そもそも本当にこれは先輩の魔法……もとい、召喚術で呼び出した代物なのかどうかさえ怪しい。もしかして、先輩が僕を驚かすためにあらかじめ仕込んでおいたマジックか何かだったりするのだろうか? 僕が目を離した隙にビキニアーマーをどこからか引っ張り出して、それっぽく演出して見せただけとか。だとしたら、こんなものをどこから持ってきたのかという問題が浮上するわけで――。


――ばさり。


……ばさり?


「――って、何着替えてるんですか!?」

「えへへ。サイズがちょうど良さそうだったから着てみたの。どう、似合ってる?」

「めっちゃエロいですが⁉」

「キミってこういうときホント正直だよね」


あの早乙女先輩が、目の前で水着よりハレンチかもしれない姿になっている。

普通の男子高校生ならば鼻血を吹き出して卒倒してもおかしくない事態だ。

たしかに僕は興奮してはいる。でも理性を保っているだけ褒めて欲しい。


「……はっ!」


ここで僕は、あまりにも致命的な失敗に気が付いた。

真面目に考察していたせいで、先輩の生着替えを見逃してしまった……っ!


……いや待って欲しい。これは先輩が服を脱ごうとしたところで止めることができなかったという後悔の言葉であって、決して先輩が着替えるところを生で見たかったなどということではない。そもそも先輩は僕が見たい見たくないに関わらず勝手に見せてくる類の人種だ。いまさら僕が多少スケベ心を発揮したところで誤差に過ぎないというか……。


「ところで先輩、これは善意百パーセントのアドバイスなのですが今すぐ制服に着替えた方がいいと思います」


「すっごい早口で喋るね……絶対やだ」


しまった。つい本音がオブラートを突き破って出てしまった。

だが、ここで慌ててはいけない。

巧みな話術で話題をすり替えることで、僕の醜態をなかったことにするのだ。


「話は変わるんですが、そのビキニアーマー……とっても似合ってますね、先輩」

「この流れでそのセリフはキモすぎない?」


しまった。言葉選びを間違えたらしい。


「失礼しました。先輩があまりにもセクシーすぎてつい……訂正します。めっちゃ情欲的です」

「知らなかったんだけど、キモさってカンストするんだね。ちょっともう会話すらしんどくなってきたよ私」

「じゃあどうしろって言うんですか⁉ 先輩がそんなもの着てるのが悪いんですよ! 裸より恥ずかしい格好しながら正論言わないでくださいよ!! しまいにはキレますよ!」

「もうキレてるよね? しかも逆ギレだし」


健康な男子高校生なら当然の反応をしたまでである。

実際、先輩は自身のスタイルがどれだけ魅力的かわかっていないのだ。

はっきり言って、先輩はスタイルがいい。特に胸が大きい。

あの豊満な胸がどうやってあのビキニアーマーに収まっているのか、じっくりと確認したくなるくらいには大きいのだ。

普段は見せつけるようにしてからかってくるくせに、こういう時に限って純新無垢な振りをするのだ。僕の苦労を少しは分かってもらいたい。


「はぁ……僕が悪かったですから、早く着替えてくださいよ。本当に目のやり場に困るんで」

「いやぁ、それがねぇ……そのぉ……」


先輩が内股でもじもじとしている。

もうその仕草だけでエロい。

……こほん。

僕は平常心を装いつつ、紳士的な対応を試みた。


「なんですか、はっきり言ってくださいよ」

「…………脱げないの」

「………………は?」


今、この人はなんて言った?

脱げない?

なにが?


「このビキニアーマー、脱げなくなっちゃった♪」

「バッッッカじゃないんですかーーーーーーーーーー⁉⁉」


ざんねん! ビキニアーマーは、呪われていた!


そんなRPGのテロップのようなものが見えた気がした。


「ど、どどどどうするんですか! もうすぐ下校時刻ですよ⁉ まさかその格好で帰るつもりですか⁉ 僕絶対一緒に帰りませんからね⁉」

「あ、ひどい! 正吾くん私を見捨てるの⁉ 薄情者! 根性なし! えっち! むっつりスケベ!」


なんとでも言って欲しい。僕はまだ逮捕されたくはないのだ。

そんな痴女みたいな格好をした女子高生の隣を歩いているところを近所の人に見られでもしたら、間違いなく警察を呼ばれてしまって、次の日から僕のあだ名がオタクから変態にクラスチェンジしてしまう。

僕は先輩への敬意よりも、平穏無事な高校生活を選ぶ!


「このまま帰るわけないでしょ。上着を羽織れば誤魔化せると思うし」

「そんな上着、どこにあるんですか」


今はまだ五月だ。

女子生徒用のブレザーでは、肩や腕の無駄にゴツゴツとした作りのアーマー部分が邪魔で、とても袖を通せそうにない。肩から羽織るにしても、サイズが小さくて大して隠せない。

お前はもっと守るべきところがあるだろう、と思わず声を大にして言いたくなるのはさておき。


一体どうするつもりなのかと先輩を見ると――。


「――ん」

「……ん?」


早乙女先輩が僕を指差す。

僕は後ろを振り返ってみるが、そこには何もない。

再び先輩を見る。やはり僕を指し示している。

どういうことだろう。

僕は自分の体に視線を落とした。


…………あ。


「ぼ、僕の学ランはダメですよ!?」

「どうして? 私のブレザーよりはサイズに余裕があるし、着れなくても肩から羽織れば少しはマシになるでしょ」

「ダメなものはダメなんですッ!」


サイズがどうとか、そういう問題じゃない。

先輩が僕の学ランを着るなんて……そんなことしたら、まるで僕が先輩にコスプレを強要した挙句、そのまま下校させようとしている鬼畜野郎みたいじゃないか!

羞恥しゅうちプレイにもほどがある……!


「いいから脱ぎなさい! 試しに袖を通してみるだけでもいいから、ね? ちょっとだけ! 先っちょだけでいいから!」

「先輩もうわざとやってるでしょ⁉ 嫌ですよ! そう言って絶対そのまま部室を出ていく気ですよね⁉」

「そんなことしないわよ! 先輩を信じなさい!」


先輩が力ずくで僕から学ランを奪おうとしてくる。

ビキニアーマーを装備しているせいか、いつもより数倍先輩の力が強い。どういう理屈だよ。

振り払おうにも、腕をがっちりと掴まれては抵抗できない。

こういう時、文系オタクの非力さが悔やまれる。


「わかったわ、じゃあ学ランを借りる代わりに、私のブレザーを貸してあげるから」

「――え!?」


なにその嬉しすぎる交換条件!?


まるでカップルのラブコメイベントみたいだ。それはそれで、かなり誰かに見られでもしたら、かなり恥ずかしい気がする。

だけど、想像してしまった。

先輩のブレザーに袖を通し、擬似的に先輩に包まれている自分を。

今まで先輩が身につけていた衣服をまとうことで得られる温もりと、鼻腔をくすぐる先輩の残り香……。


「……ありかも」

「ごめんやっぱりなしで。いま身の危険を感じたわ」

「そんなぁ……っ!」


自分から提案しておきながら……なんという手のひら返し。

男心を弄ばれている気分だ。


「そんなこと言わないでくださいよ。学ランならいくらでも脱ぎますから、先輩のブレザーをぜひ……!」

「急に欲望に正直になったわね⁉」

「男なんてこんなもんですよ!」


なにを隠そう、僕はそれなりにむっつりスケベだ。


……こんなヤバい言動してるやつが、むっつりなわけないだろって?

勘違いしないで欲しい。僕がこうなってしまった原因の大半は先輩にある。

たしかに、昔の僕なら絶対こんなセクハラじみたセリフ、心の中で唱えるだけで口が裂けても言えなかった。

けれど、黙っていては先輩にいいように遊ばれるだけなのだ。

だったらいっそさらけ出して先輩を困らせたほうが楽だと、僕は真理の扉を開いた。

だからこれは、僕が悪いのではない。


「先輩が悪いんですからね」

「そんなスパダリみたいなセリフ言わないで――って、え、ちょっ……きゃあっ!?」

「うわぁっ!」


僕が先輩に顔を近づけたせいで、先輩が驚いた拍子によろめいてこけてしまう。

腕を掴まれたままだったので、僕も一緒になって倒れ込む。


「痛ってて……だ、大丈夫ですか先輩?」

「わ、私は平気……ビキニアーマーのおかげかな、なんともな…ぁんっ……!」

「……おや?」


何やら右手から、ぽよんと柔らかい感触がした。

おそるおそる視線を下へ向けると、右手が先輩の胸へわしづかみしていた。

手のひらの部分はプレート部分でしっかりと守られているのに、指先ははみ出た胸をしっかりと触っていて、その柔らかさは筆舌に尽くし難い。


……おぉ、ビキニアーマーよ。お前は一体、何を守れると言うのだ。


僕はさすがにまずいと思い、起き上がろうと両手に力を入れると、右手の指先が先輩の胸をより強く揉んでしまう。


「ちょ、ダメ……あぁっ……!」


先輩が嬌声を上げた。

顔を赤らめて恥ずかしがる先輩を、僕は思わず凝視した。

今すぐにでも起き上がって体を離さなければという理性が、ぐずぐずに溶けて蒸発してしまっている。


かわいい。なんだこのかわいい先輩は。いつもの凛々しい先輩じゃないみたいだ。

もう少し……あと少しだけ、このまま、もっと見ていたい。


――その時、かちゃりと何かが外れるような音がした。


「……え?」

「……あれ?」


音の正体はすぐにわかった。

僕の右手に、今まで先輩が身に着けていたはずのビキニアーマーが握られていたからだ。

どうやら、何かの拍子で脱げたようだ。

僕は小さすぎる布面積のビキニ部分を手に持ったまま硬直した。


「〜〜〜〜っっ⁉⁉」


真っ先に何が起きたのかを把握した先輩が、胸を両腕で抱くようにして隠した。

涙目で何かを訴えるようにこちらを見てくるので、僕は目を泳がせながら必死に言い訳を考える。

もちろん、僕の頭の中はそれどころではない。

右手に残った柔らかな感触に意識を持っていかれてしまっている。

冷静な判断などできるはずもない。

とにかく言い訳をしなければ、と勝手に口が動いた。


「よ、よくわかりませんけど、脱げてよかったですね先輩。これで安心して帰れますよ」

「……いいから早くどきなさい、この変態――ッ!!」

「はうっ……!?」


先輩の全力の蹴りが、僕の股間にクリティカルヒットした。

僕はビキニアーマーを握りしめたまま、意識を失ったのであった。


 †


――およそ十分後。


彼岸へ渡る前にかろうじて目を覚ました僕は、すでに制服に着替えた先輩と一緒に、ビキニアーマーを段ボール箱に詰めてロッカーの上に封印した。

……もうちょっと見てたかったなぁ、先輩のビキニアーマー姿。

僕があまりにも名残惜しそうにその箱を見つめていたせいか、部室を出る際に先輩がこの世で最も恐ろしい言葉を口にした。


「そんなにビキニアーマーが好きなら、オタクくんが自分で着てみたらいいんじゃない?」

「………………おえっ」


思わず一瞬、ビキニアーマーを装着した自分を想像してしまい、僕は青ざめた表情で肩を落としたまま帰路についた。

先輩は隣でずっとくすくす笑っていた。


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