早乙女先輩とオタクくん。~文芸部の魔法陣は異世界に繋がっているらしい~
春待みづき
第1話「オタクくんはビキニアーマーが好き」前編
「オタクくんさぁ……こういうのが好きなんでしょ?」
……好きです。
「ほら、ジッとして……動かないので」
……や、優しくしてください。
「じゃあ、始めるね……転移魔法の起動」
……は、はいっ…………ん?
「さぁ、異世界への扉を開くわよ!」
「――ってなにやってんですかぁあ!?」
椅子に縛り付けられた体を揺らしながら、この怪しげな儀式を阻止するために絶叫した。
部室中に遮光カーテンが張り巡らされていて、机や椅子は教室の隅にまとめられている。床には早乙女先輩が描いたであろう幾何学模様の魔方陣らしき何かが、淡い光を放っている。
……いや、よく見たら小さなLED電球がいくつも置かれているだけだった。イルミネーションかよ。
「なにって、異世界へ転移するための準備よ。ちなみに、足りない魔力は
「なにをどう安心すればいいのかわからないし、勝手に人の命使わないでもらえますか? そもそも異世界へ転移ってなんですか? 罰ゲームですか?」
ラノベの読みすぎだろこの人……。
僕を椅子に縛り付けて傍若無人の限りを尽くしているのが、この文芸部の部長、早乙女
美人で頭も良くて、気さくで話しやすい優等生。実家は華道の名家で、小さいころから色々と叩き込まれたらしい。書道や茶道もたしなみつつ、ピアノまで弾けるとか……どうやら天は二物も三物も与えてしまったようだ。
彼女の一番おそろしいところ……それは、極度の異世界オタクであることだ。
暇があれば異世界ファンタジーのWEB小説を読み漁り、日々お気に入りの作品の更新がないかチェックしている。
親からもらっているお小遣いを、ほとんどライトノベルの購入に次ぎ込んでいるらしく、以前、自室の本棚が二本分ライトノベルで埋まった、と撮影した写真を僕に自慢気に見せびらかしてきたことがあった。
ちなみに、この文芸部は主に僕と先輩のふたりだけだ。
本当はもう一人いるのだが、滅多に顔を出さないので幽霊部員どころか都市伝説部員と化している。
「いいでしょう。そこまで言うなら、教えてあげる。なぜ、私がこんなことをしているのかと言うと……それは――」
早乙女先輩は不思議な衣装に身を包み、かぶっているとんがり帽子のつばを握ってポーズをキメている。
羽織ったローブを無意味に、無駄に格好よくバサッと広げ、自信たっぷりに言い放つ。
「私が! 異世界へ行きたいからよっ!」
ただの願望だった。
もはやため息を出し尽くした僕は、逆に新鮮な空気を吸い込んで、幼い子にやさしく言い聞かせるように語りかけた。
「なにか嫌なことでもありました? 話なら聞いてあげるので早まったマネはやめてくださいね。親御さんが悲しみますから」
「ヒトを痛い子扱いしないでくれる? あとべつに自殺しないから」
「じゃあせめて僕を生贄にするような魔法はやめてもらえますか? 異世界に行くならひとりで勝手に行ってください」
「もう、文句ばっかり。ノリが悪いわねぇ正吾くん……」
無理心中をオブラートに包んだ行為を、『ノリ』の一言で片づけないで欲しい。
早乙女先輩は頬を膨らませながら、後ろ手に縛っているロープの縄を解いてくれた。
……正確には、きつく縛りすぎて自力では解けなくなったロープをナイフで切断した。そのナイフをどこから出したか聞くのは憚られたので、僕は見なかったことにした。
触らぬ神に祟りなし、だ。
「ふぅ……で、改めて聞きますけど、何なんですかこの魔法陣みたいなラクガキは」
「ラクガキじゃないわよ。どうみても魔法陣そのものでしょ。部室の本棚にあった本を参考にして書いた私の傑作よ」
森羅万象からゴミだけを抽出したかのようなこの文芸部の部室の本棚に、いつから置かれていたのかもわからない化石みたいな本の何を参考にしてしまったのだろうか。
魔法陣もフリーハンドで描かれたのだろう。円も直線も歪みまくっていた。
そもそも、これは一体何を使って描かれたんだ? まさか油性ペンじゃないよな……。
「この本によれば、この魔法陣は異なる世界と世界を繋ぐ〈門〉らしいのよ」
「うわぁ、うさんくせぇ」
ラノベのような設定が急に飛び出してきたので、思わず言葉遣いが汚くなってしまった。
一応は先輩と後輩なのだから、注意しないと。一応。
「〈門〉を起動するためには、『純粋な人間の魂を用意して、異世界への熱い情熱で合言葉を唱えればオールおっけー!』って書いてあったから、正吾くんにご協力願った次第なわけよ――OK?」
「全然OKじゃないです。ご協力をお願いされた覚えがないし、なんでそんな見るからに古い本にチャラいウェイ系みたいな感じの文章が書いてあるんですか。少しは怪しいと思わないんですか?」
こんな身近に悪魔に魂を売り渡してしまう人が居るとは思わなかった。
実際に売られかけたのは僕の魂なのだが。
……異世界って、クーリングオフできるのかな。
「怪しくないわよ。ちゃんと作者の実体験が書いてあるんだから。ノンフィクよ、ノンフィク」
「ノンフィクのノンは『ノンジャンル』じゃないですからね? ……作者の名前は?」
「ラヴ=クライシス」
「SFなのかなんのかよくわからない名前やめてくれません?」
うさんくささが三割増しになってしまった。
ラブなのか神話なのかどっちなんだ。
「とにかく、こんな魔法陣を学校の床に直で描いたのがバレたら先生に怒られちゃいますよ」
「それなら大丈夫よ。演劇部から小道具用のカーペットもらって来たから。いざとなったら……ほら、この通り」
早乙女先輩がふぁさーっとカーペットを床に広げ、魔法陣を覆い隠した。
ほらバッチリ、と言わんばかりに親指を立てる先輩。
……いや、たしかに魔法陣は隠れたけども、あまりにも不自然すぎるだろ、これ。
ごく普通の部室の床に、ミニサイズのペルシャ絨毯が敷いてある光景を想像してみてほしい。
木を隠そうとして隣に世界樹を植えるようなものである。逆に目立って仕方ない。
「これなら先生が来てもバレないわ。私って天才かも」
「あーそうですね。天災天災」
「いま頭の中で誤変換しなかった?」
「えー、キノセイじゃないですかー」
先輩の言葉をのらりくらりとかわして、僕はノートパソコンが置かれた席に座り、キーボードに指を走らせる。
文芸部の数少ない仕事の一つである季刊の校内新聞を作っている最中なのだ。
使えない先輩は放っておいて、早く下書きだけでも完成させないと……カタカタ。
「……むーっ」
黙々とノートパソコンへ文字を打ち込む僕を見て、先輩が頬を膨らませた。
どうやら相手にしてもらえなくてすねているようだ。
「いいわよ! 私ひとりで異世界に転移しちゃうんだから! 正吾くんはそこで指をくわえて黙って見てるといいわ!」
そう言って、先輩はわざわざ敷いたカーペットを引っぺがし、意味ありげに両手をかざしてみせた。
僕はこの時、どうせ上手くいきっこないとたかをくくっていたのだ。
視界の外で詠唱のようにぶつぶつと何かをつぶやく先輩を、認識すらしていなかった。
――その時だ。事件が起きてしまったのは。
突然、魔法陣が光り出したのだ。
「え、え、ええええええええええええ!? きたっ、きたきたきた! ついに来たわッ!!」
先輩のいつもよりも真に迫る叫び声に、僕は何事かと振り向いた。
魔法陣が虹色に輝きを放っている。
まるでゲーミングパソコンみたいだ……なんて言ってる場合じゃない!
「せ、先輩――っ!?」
周囲に置かれたLEDとは比べ物にならないほど眩しい光に、僕は思わず目を閉じた。
「――――っ!」
部室は光に飲み込まれ、まぶたの裏からでもわかるくらい、視界が真っ白に染まった。
まさか、本当に成功しちゃったのか? じゃ、じゃあ、先輩は異世界に……!?
数秒後、光がおさまってから、僕はおそるおそる目を開いた。
まず視界に映った先輩の姿を確認し、僕はほっと胸をなでおろす。
そうだよな、そうそう異世界に転移なんてこと起きるワケ……ん?
先輩が無事なのはよかったが、当の先輩はなにやら一点を見つめて固まっている。
僕はどうしたのかと思って、魔法陣の中心へと視線を移した。
今まで何もなかったはずの場所に、何かがあった。
西洋の騎士甲冑のようにも見えるそれは、その……どう見ても、守られている部分が少なすぎた。
具体的に言うと、胸と股間のみが金属で覆われていて、あとは最低限の革と布しかない。
とても防具とは呼べないそれを、僕は知っている。
――いわゆる、ビキニアーマーである。
「……………………」
「……………………」
――沈黙。
僕は驚きと呆れが同時に押し寄せたことにより感情がフリーズしてしまい、リアクションが取れなかった。
先輩はゆっくりと魔法陣へ近づいて、ビキニアーマーを拾い上げる。
拾ったそれを自分の体にあてがって、こっちに振り返って、頬を朱く染めながら、したり顔でこう言った。
「こういうのが好きなんでしょ、オタクくん」
「うっさいわ!!」
今日一、言葉遣いが汚くなった。
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