第56話 エルナ

 王都での激闘が終わってしばらく過ぎた。その間に王都の民はとりあえず姉さんをリーダーに据えることでまとまったようだ。混乱時に民に尽くしている姿が効いたらしい。エレインの方はとりあえず閉じ籠るのはやめたようだ。自分である程度までメンタルを戻すとは、なかなか強い娘だ。すべてが順調に進んでいる。




 しかし私はまだペノム村に帰っていない。何故か、と問われれば言葉に詰まる。エルナに会いたくないわけがないのだが、なぜか体が拒否をしてしまう。先延ばしにしてしまう。まあ言葉に詰まるだけでわかってはいる。理解していないわけがないのだが……。


 ああ、そうだ。私は怖いのだ。確かめに行ってしまえばエルナの死が確定してしまうのではないかと、いやでもまだ確定したわけでは………。


 「っは、この期に及んで、だな」


 そう吐き捨てる。そろそろ向き合うべきだろう。おそらくあの人造特級職とやらは素体にある程度の才能もしくは実力のある人間が必要なのだろう。ニョーラ氏の例から考えて見た目がそんなに変わるとも考えずらい。つまり、あれはエルナとうり二つの見た目をした聖女としての才能を持っている存在が犠牲になったというわけで………。




 「…………たいだ、だね」


 「……なにが?」


 脈絡もなくそんなことをフォカプに言われる。そういえばこいつもこの数日で随分馴染んだものである。この子が何を考えているのかよくわからないことはいつの通りなのだが、今日はいつにもまして脈絡がない。………いやまさか、急に私の最近の行動について咎められたのか?確かに最近は部屋でゴロゴロしているが。


 「あの、弟子のむらに、いかなくていいの?事実を、しりながら。目を背けて耳をふさぐ、のは。ただの、怠惰」


 「………」


 驚いた。まさかフォカプに諭される日が来ることになろうとは。それも生意気にもぐうの音も出ない正論で殴られるとは。


 「………私が怠け者なのは今に始まったことじゃないさ。そうでもなけりゃあ一日中ゴロゴロして娯楽小説を読み耽るなんて真似はしないよ」


 何とかそう言い残して部屋を出る。なんだか居づらかったのだ。今日はもう適当に王都内を歩くことに決めたは良いのだが、さっそく大通りを外れ、路地裏に道を変更する。活気の戻ってきた王都の王通りとは打って変わって静かな路地裏はやはり落ち着く。この辺りも数日前までは王城壊滅の混乱で少し治安が悪かったのだが、もう沈静化して以前のような治安に戻っているようだ。


 「おいおいそこのお嬢ちゃん。どこに行くんだい?」


 前言撤回。そんなことはなかったらしい。しかしまずいぞ、チンピラか?か弱い美少女の私は絡まれでもすれば為す術がナイナー。そう思い振り向くと────




 ※







 人造特級計画四号。人造聖女の素体はエルナである。その優秀な素質から人造特級職の素体に選ばれたのである。通常人造特級職となった者に素体の記憶は残っていないし、その例にもれず四号にもエルナの記憶など残っていない。しかし、その根底にある善性までは決して消え去ってはいなかった。もちろん、王城に奇襲を仕掛けるテロリスト相手に全力の対処を行う程度には正義の感情があった。


 そして、四号は王城での決戦時に死亡してはいなかった。王城での決戦時、フォカプは自分の特級魔術が四号に直撃した時点で死亡したと判断したのだが、聖女は特級職の中でも特に耐久力が高い。フォカプもリリーの耐久力は知っていたのだが、それは最優の聖女であるリリーに限ったものであると認識していた。そして、もしも四号と戦闘をしていたのがリリーならばその死亡を確認しに行ったかもしれないが、リリーもフォカプが自分の戦闘に加わった時点でエルナは死んだものであると認識していた。


 フォカプの特級魔術が直撃した四号は吹き飛ばされ昏倒。次に四号が目覚めたのは王城から少し離れた民家の一室であった。


 「ここ、は……」


 うめき声交じりに単純な疑問が口を出ると、それに反応があった。


 「あ、起きた?」


 声をかけられた方に目をやると自分と同い年か少し上くらいの女性と目が合う。ふむふむ、どうも自分の最後の記憶と今の状況が結びつかない。王城のテロリストたちはどうなった?


 「あの、ここはどこですか?」


 ひとまず現在の居場所を知るべく問いを投げかける。


 「ここ?ここは私の部屋よ?ところであなた、けがをして倒れていたんだけど………何があったの?」


 ふむ、どうやらテロリストによって吹き飛ばされ、気を失っていたところをこの少女に運んできてもらったようだ。自分で言うのもなんだけど、かなり怪しかったと思うんだが………優しい子、なのかな?


 「怪我は………ちょっとね。犯罪者と戦っていたんだよ。ところで、王城で何かあったりしたかな?」


 「王城?そういえばすごかったよね!ガラガラガラって崩れてさ!!なんか強い人たちの戦い?があったらしいんだけど、もう終わっちゃったんだって」


 「うん……そっか」


 大体わかった。そしてあの戦闘の結末も大体わかってしまった。が、確認はしに行くべきだろう。


 「ところであなた名前は?お家はどこ?」


 おっと、なかなか難しい質問が来た。どう答えようか……本当のことを言うべきか、誤魔化すべきか。


 「名前は……………四号?家は………わかんない。なくなったかも。ところで、ちょっと王城を見に行きたいんだけど、いいかな?」


 「うん、もちろん!私もついて行っていい?」


 「うん、いいよ」




 王城を、いや王城跡地を見に行くと案の定私たちが敗北したようだった。王族もみんな死んでしまっているようだし、テロリストたちの完全勝利と言ってもいいだろう。


 「私は………これからどうすればいいんだろう?」


 思わずそんな言葉が漏れる。今の率直な意見だ。私は今からあのテロリストに復讐でもしに行けばいいのだろうか?だが、そんなことをしたところで負けが覆るわけじゃないし、何も生まない。であるならば、私が今からすべきことは何だろう。


 「したいことも帰りたい場所も無いなら、しばらく私の家に住む?」


 不意に声をかけられる。そう言えばこの少女も一緒に来ていたんだった。


 「一緒に住むって……迷惑じゃ………?」


 「ううん、そんなことないよ。ちょうど一人が寂しいって思っていたところなの」


 「………そっか、ありがとう」


 であるならば、この子の厚意に甘えるとしよう。そう決めたところで、まだこの親切な少女の名前を聞いていなかったことに気が付く。


 「そういえば、あなたの名前は?」


 「私?私はルチネだよ」


 「そっか、ルチネ……は、私と同い年くらいだよね?家族の方は?」


 「今はいないの。そんなことよりも、さあ、帰ろう」


 そして私とルチネは共に生活をし始めた。


 王城の崩壊に伴って王やその他重要な役職についており王城にいた人々の大部分が死んでしまった。そのせいで王都は一時混乱状態に陥ったのだが、なんとテロリストに一人の献身により比較的速やかな立て直しが成功していた。その際に語られた王が実は魔族や人間を使って人体実験をしていたなどという話は少々驚きはしたが、自分たちのことを考えれば当たり前であることに気が付いた。つまり、彼女らはテロリストではなく、より多くの人々を救うために立ち上がった英雄であると言っても良いだろう。今度機会があれば私がその行いに立ちふさがったことに対して謝罪をするべきだろうか?





 さて、今は買い出しの途中である。ルチネの家に無償で住まわせてもらうのは流石に申し訳ないので、このような雑用は進んでやることにしているのである。今日もその一環で買い出しに出てきたのだが、何となく路地裏を通ることにした。理由は何となくそんな気分だったから、である。一時はこの辺りもスラムのような治安になっていたのだが、もう前の王都レベルにまで戻っているようだ。


 路地裏を歩いていた私に男が二人近づいてくる。道を開けるために横に避けたのだが、どうやら目的は私であったようで、壁に追い詰めるように男が二人立つ。ふむ、治安どうこうの話は撤回しておこう。


 「えっと、あの……なんですか?」


 そう問いかけたとき、近くを教会のシスターのような服装のきれいな人が通りかかった。その人は一度こちらを振り返ると、幽霊でも見たかのように目を見開き全身で驚きを表現した。あれ?あの人どこかで見たような……?





 ※





 チンピラに声をかけられたと思って振り返ったのだが、どうやら声をかけられたのは私ではないらしい。恥ずかしいな。せっかくだから絡まれている女の子の顔でも見てやろうかと思いそちらに目を向けて………思考が止まった。エルナだ。エルナがいた。同時に凄まじい懐かしさが私の全身を包み込み、無意識のまま一歩踏み出していた。



 「へいへい、大の大人が少女相手に二人掛かりなんてかっこ悪いんじゃないの?なに?変態のおじさんたちは自分の実力に自信が無い感じ?一人だとナンパもできないの?それと、私も結構かわいいと思うんだけど、どう?」


 「んだとぉ?」


 私の発言に対し怒りをあらわにする男たちに思わず笑みがこぼれる。男たちがおかしかったのではない。ただただ懐かしさを感じただけだ。そう言えばあの子にはこんな風に出会ったんだった。


 私に向き直り、拳を振り上げた男たちを上級聖術をかけた身体能力で一方的に蹂躙した後、絡まれていた少女に声をかける。


 「やあ、こんにちは。ところで、お名前を聞いていいかな?」


 「四号………です。ところで、どこかでお会いしたことありますか?」


 「ふふふ……そっか」


 「?」


 どうやらこの四号氏はあの戦いで死亡してはいなかったらしい。フォカプは殺した気でいたが、舐めていたのかこの少女が想定よりも強かったのか。どちらにしても詰めが甘かったわけだが、感謝こそすれ、それを責めることは絶対にしない。


 「あったことは………どうだろう?とりあえず初めまして。私は聖女をやってるリリーだ。よろしくね?」


 「は、はい。よろしくお願いします………?」


 「せっかくだ、この近くでお茶でもしていかないかい?」


 そう誘いながら、思わず苦笑いが漏れる。この誘い文句はないな。フォカプの話から推測するに、相手はおそらく人造特級職として生れ落ちる以前の記憶がない王城での戦闘の時もあまり直接戦う機会がなかったからか記憶に残っていないようだ。というより、おそらくフォカプの方が深く印象に残っているのだろう。であるならば、今この瞬間に私たちは初めましてなわけで、そう考えると怪しいことこの上ない誘いだろう。


 「……いいですよ」


 「え?いいの?自分で言うのもなんだけど、すごく怪しくない?危機管理能力とかしっかりある??」


 「自分で誘っておいてなんで驚いてるんですか………なんだか、大丈夫なような気がしたんです」


 「そ、そう……」


 一緒に行ってくれるらしい。大丈夫だよな?怪しい男に連れていかれたこととか無いよな??そのあたりきちんと教えてあげた方がいいのか?いやでも、今の私とこの子はほぼ初めましてなわけだから、色々言うのは少しおかしいか?であるならばもう一度弟子に………いやもう聖女じゃんこの子。ん?というか今までどこに?もしかして実はすでに王都に家とか持ってて悠々自適な生活を送っているとか無いだろうな………?


 「?どうしたんですか?いかないんですか?」


 「あ、ああすまない。ちょっと考え事をしていてね。」


 そうだ。いったん落ち着こうではないか。考えるにしてもこの子とお茶をしながらゆっくり考えればいいのだし。そうと決まればさっさと行くしかないな。うん。


 「それじゃあ行こうか、エルナ。」


 「え?エルナ?」


 ………しまった。今のこの子は四号だ。素で間違えてしまった……。


 「あ、いや、悪い。ちょっと間違えてしまったよ……」


 「そのままでいいですよ」


 「え?」


 「だから、エルナって呼んでいただいていいですよ。なんだか、すごくうれしい気持ちになるんです!」

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聖女リリーの比較的怠惰な生活 こひる @kohirui

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