第36話 聖女リリーの誕生

 村から急いで師匠の下に戻るために森の中を走る。先ほどから凄まじい魔力のぶつかり合いが起こるのを感じるが、それはつまり師匠が戦っているということであり、今加勢すれば役に立てる可能性があるということだ。

 森を駆け抜けていくと、ふと奥から聞こえてきた戦闘音と魔力の応酬の気配が途切れる。一瞬変な考えが浮かぶがそれを払いのけ、走ることだけに集中していると、今度は凄まじい魔力と魔力のぶつかり合う気配がする。だいぶ近づいていたからか、その余波を受け一瞬足を止めてしまったが再び走りを再開する。

 木々の隙間から木が抉り取られ広範囲の荒れ地に変わってしまっているのを目視し、その荒れ地に到達するとそこでは膨大な漆黒の魔力とこれまた極大の稲妻との押し合いが行われていた。そして雷の龍の側、それの主たる師匠はその体の端がぽろぽろ崩れていた。


 「師匠!」


 ひときわ強い魔力放出があった後、二つの攻撃は消えたのだが、そこに賢者プルチネは立っていなかった。


 ────師匠は立っていなかった、死んだのだ。崩れ落ちそうになる膝を奮い立たせ、何が悪かっただろうかと顧みる。私が村に戻ったのがよくなかった?いや、どちらにしてもあの初心者の少年少女は村に返す必要があっただろう。であるならば……であるならばだ、私が単純に遅かったから?私がもう少し早く動ければ師匠は助かったんじゃないのか?凄まじい悲哀の念と絶望的なまでの自己嫌悪により涙がボロボロと零れ落ちた時、ふと、この場にいるもう一人の人物。四天王マイストレストと目があった。


 ─────ああ、そうだった。師匠を殺したのはこいつではないか。思えば私は姉が死んでから何も成長していない。冒険者なんて職をやっているにも関わらず、未だに世界の命の価値を把握していない。この世界は姉が理想とし、私が夢想した世界などではなく、人は殺せば簡単に死ぬのだ。そして、それは


 そういえば、今回姉の時と違う点がある。敵が目の前にいるのだ。であるならば、敵をとる以外に選択肢などあるだろうか?しかし相手は強敵だ。なんせ賢者が負けたのだ。いや、勝つか負けるかじゃない。


 『特級聖術・凱旋天門』


 お、発動した。私の魔力によって顕現した巨大な門が私の身体能力を底上げし、相手の能力を下げる。ははは……練習じゃ一回も成功したことなかったのに。これを先ほど使っていれば間に合ったかもしれないと考えるとまた感情がぶり返しそうだったので戦闘に集中する。


 「……ふむ、なるほど」


 何がなるほどなのかわからないが、目の前の魔族が何かに納得している。


 『神想封過』


 また成功した。何だろう、さっきから失敗するビジョンが見えない。力が湧いてくる気がする。まあいい。それよりも、この結界系の聖術の特徴の一つとして、外からの攻撃のみ通る。というものがある。つまりどういうことかというと。


 『特級聖術・聖炎華』


 結界に閉じ込められた魔族の体が炎に包まれる。聖なる炎はまるで花畑のようにあたり一面を焼き尽くす……が、魔族はまだ生きていた。どうやら魔力で防御したらしい。そういえばこの魔族は先ほどから反撃らしい反撃をしてこないが、舐めているのだろうか。イライラするな。


 「それにしても……ふむ」


 『聖炎華』は広範囲を殲滅できる魔法だが、その性質から強敵一体に対しては効果が薄い。いや、そもそも聖女という職業は四天王クラスの敵とタイマンを張って撃滅することを想定していないため、今のが聖女の最大火力なのだ。四天王クラスに全力で防御されればそんなにダメージが通らない。


 ───そう、高範囲を殲滅する用の魔法だから、単体に高火力が出せないのだ。ならば、炎をまとめてしまえばいい。今思いついたことだが…………できるだろうか?それはつまり、新しく特級聖術を作り出すということだが、いや、できる。今の私には失敗するビジョンが見えない。先ほどから頭は冷静なのに魔力が熱く体内で脈打っているのだ。簡単だ。『聖炎華』を一点に集中させてそれに『凱旋天門』の効果をフルに乗せて放つ。うん、いける。



 『─────特級聖術』


 それによって四天王マイストレストは死んだ。天高く上った聖なる炎がその凄まじい熱量から『聖炎華』とはまた違う色を見せ、まるで天から降りる光のように見えるその術の中に隠れた明確な殺意に魔力防御の上から焼き切れたのだ。


 そして少女……いや、聖女リリーは師匠に歩み寄る。体が焼き切れ、崩れた賢者プルチネであるが、その体の半分が残っており、死後一日以内ならば蘇生することが可能である。それが人類史上最強の回復魔法であり、回復や支援に特化した聖術の中でも特級を冠する技の一つ。


 「神の聖息吹レクレスティオ


 ──────しかし、その技が発動することはなかった。


 「…………え?」


 「な、なんで……?ほかの特級聖術はできたのに……ッ!!なんで!?神の聖息吹ッ!!!神の聖息吹ッッ!!!!!レスレクティオぉ………………」


 さっきので魔力を使い切った!?ううん、まだ少し残ってるし、無理に聖術を使っても体力で肩代わりできるはず!!なんで?なんで発動しない??まずいこれじゃあ師匠が死んじゃう。いなくなっちゃう。私の大切な人がみんな死んじゃうッ……!!


 「ふぐっ…………ぁあああ……」


 涙など流している暇があったら魔力を練れ!大丈夫だ。落ち着け。ほかの特級聖術はできたのにこれだけできないなんてことがあるわけないだろう。落ち着いて集中して…………。





 〇




 後日、『神の聖息吹』以外のすべての特級聖術を習得したまさに天才と呼ぶべき聖女が王城に召集された。そのあまりに常識はずれな偉業故に彼女の能力が民衆に公開されることはなかったが、王はその能力を自分たちの身を守るために使うため、聖女に王都への駐留を命じた。

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