第35話 煤舞う空のペトリコール

 雷雨の森の中、木々をなぎ倒しながら二人の超越者が争う。


 『ライトニング!!』


 上級魔術により空中を浮遊しながら放った魔術はまたもマイストなんとかさんの魔弾によって相殺される。角度や威力、場所を変えながらもう数十回は繰り返した攻防だが、それによっていくつか見えてきたことがある。まずこのマイストさんの魔弾と私が天気のバフの中で放つ上級魔術の威力はほぼ同等、ということ。つまり、このままこの攻防を続けていれば時間稼ぎはできるのですが。


 「そんなにうまくいきますかねぇ」


 思わず声が漏れる。魔族はその特性上、肉体強度が高い。つまり肉弾戦も得意というわけで……


 「…………ッ!」


 おそらく魔力による肉体強化か何かによって一時的に瞬発力の上がったマイストさんに肉薄される。素早く突き出された右こぶしを体をひねって避け、すぐさま放たれた蹴りを地面を転がることで避ける。雨により泥になった地面を転がることで着ていたローブがそれはもう悲惨なことになっていくのを自覚しながらすぐさま飛行魔法をかけて後ろに下がり、距離をとる。私が先ほどまでいた地面がマイストの右こぶしに抉られているのを見ながら水の槍を射出する魔法を放つ。


 『ウォーターランスッ!』


 地面を殴った体勢から私の方に向き直ったマイストは魔弾を放ちこれを相殺。うーん……。魔力の方にはまだ余裕がありますが、それより体力が心配だ。


 「……ハァッ、ハッ…………普段から体力トレーニングをしておくべき、でしたかね……?」


 そんなことよりも打開策を見つけないと……いや、方法自体はある。特級魔術を当てることだ。でも……


 「あぶなッ!」


 この猛攻の中それをさせてくれますかね?いや、無理にでもやって見せようではないか。この際魔力をケチってはいられない。


 『シャララ―ル・ホダ』


 私がその上級魔法を発動した瞬間、先ほどから降り続いている雨が、静止した。マイストはそれに一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに動き出し私に肉薄した。そしてその動きに反応できなかった私の体を拳がつらぬいた瞬間……私の体が爆ぜて水が飛び散る。


 「うまくデコイに引っかかってくれて助かりました。」


 そういう私の右手には膨大な魔力。今の隙に最速で準備したその魔法は私が持てる中で最高の破壊力と最大の範囲を誇る特級魔術。さしもの四天王といえど、相殺も逃走ももうできまい。そうして私は吹きすさぶ魔力を天に向けて解き放つ。


 『流星メテオッッ!!!!』


 瞬間、空に超広大な魔法陣が浮かび上がり、そこから無数の星が降りそそぐ。ふと、マイストさんに目をやると……ん?なんでしょう、急に自分の左手を引きちぎりました。…………え?そこから体が生えて……え、分身?ちょっと待ってください、その分身がマイストさんに向かう流星と衝突して……え?砕かれた?いやいやまさかそんなはず……あ、分身も跡形もなく消し飛んでる…………身代わりにした?


 そして、流星の後に残ったのは……術者の私と、広範囲殲滅魔法によって文字通り広範囲が更地になった森、そして、五体満足で、何か強大な魔法の準備をしているマイストさんだった。


 五体満足…………とはいえ、マイストさんの体はボロボロだった。魔族はその種族としての性質上魔力の扱いがうまい。身体の強化や、回復なんかは結構な確率で習得している。マイストさんももちろん回復はできるだろう。しかし、直撃こそ避けたとはいえ私の流星の中心にいたのだ。その余波や衝撃、砕いた流星の破片がかすったりもしていた。そして何より、分身?を生み出す際に自ら引きちぎった腕の治療。私の流星を耐えきるにあたってそれらを回復し続けてこそいたが、もはや今の体を治しきるほどの魔力は無いようだった。いや、違うか。マイストさんが今準備している大魔術にすべての魔力を込めているのかもしれない。


 そして私の方も結構ボロボロだ。目立った外傷こそないが、魔力は残り少ないし、何より流星の反動で体があまり動かない。今は無理やり立っているが、実はこれ、今詰めてこられたら割となすすべがない。まあ、もうしばらくすればある程度動けるようにはなるのだが……。


 しかしこれは、勝ったといっていいんじゃないでしょうか。いや、私もやればできるものですね。まあ天才なのである意味当たり前なのですから。ふふふ……。


 あとはあの大魔術を避けるなり逸らすなりしてしまえばいいのですから。あれだけの魔法の構築ですから、私の流星の反動による硬直がある程度収まるまでは準備に時間を費やしてくれるでしょうし…………ん?そういえば、あの魔術の魔法陣変な方向を…………ッ!?まさかッ!?!?


 いや、そういえばなぜマイストさんがここに来たのかがまだ解決していませんでしたが……いや、それよりも今は、あの魔法をどうにかしなくては。


 考えろ、村にはリリーちゃんがいるはずだから絶対に撃たせるわけにはいかない。いや、無理だ。まだもう少し私は使い物にならない。撃たれた時の対応を考えなくては。守る?絶対に無理だ。賢者は聖女ほど守りや回復に強くない。……逸らす?これも厳しいだろう。私一人くらいならばまだしも、村全域をカバーしきるほどのことなど私にはできない。


 …………なら、どうするか。私は、自らの体の中にあるすべての魔力を練り上げ、。庇うように、マイストを睨みつける。


 相手の魔法の威力はわからない。ならば今自分のできる最高の魔術を行使するべきだろう。流星メテオ……は厳しいか?今にも発動しそうに光を放つ魔法陣からはあまり余裕があるようには感じられない。であれば、別の特級魔術を使うまで。


 「ははは……」


 思わず乾いた笑いが漏れる。それがこんな似合わないことをしている自分に対してなのか、目の前の魔法陣から放たれる膨大な魔力によるものかはわからない。


 「ガラじゃないですよねぇ……本当。ガラじゃない」


 そうこぼしながらも魔力を練り上げ魔術を作り上げ、丁度魔法陣がひときわ強い光を放った瞬間に私の魔術も完成した。そしてそれを裂帛の気合の声とともに解き放つ。


 『雷光の龍帝アストゥラ・ビゴルッッ!!!!!!』


 手のひらから放出されるすさまじい魔力の奔流が、凄まじい稲妻を呼びそれが巨竜の形となり相手に殺到する。雷の巨竜が魔法陣ごとマイストを食い殺そうとした瞬間、魔法陣から極大の魔力が直線状に放たれる。二者の魔力が激突し、巨竜が漆黒の魔力を食い破らんとするが漆黒の魔力の塊は巨竜を押し流そうとする。そしてそれにより一瞬の拮抗が起きる。


 しかし、その拮抗は一瞬であり、徐々にこちらが押されていく。わかっていたことではあるが、まあ押し勝つことはできないだろう。


 「本当に……何をやってるんでしょうか。私は」


 もともと自分はこうでなかったはずだ。誰がどうなろうがどうでもよく、人と関わらず、ひっそり魔法の研究ができればそれでよかったはずなのに王の勅命によって人前に引きずり出されて気づけばこんなことをやっている。


 「まあでも、後悔はあまりしてないですね」


 今のままでは確実に押し負けるだろう。その場合あの魔力に飲まれて私は死に、はるか後ろに広がる村ごと親友の妹が死ぬ。


 そして、賢者プルチネの魔力が尽き、雷電の龍が小さくなっていき─────再び大きくなった。


 「……ッ!!ああああぁぁぁぁ!!!」


 賢者は気合と覚悟を振り絞り叫ぶ、体が端からぽろぽろ崩れ落ち、当代最強の賢者の体をもってしても過剰に巡る魔力に耐え切れなくなった体内が一部焼き切れているがそれでもその魔法の威力が衰えることはない。


 そしてそんな永遠のような、しかし実際にはわずかの極大の魔力の押し合いの後、想定外の妨害により己が最大の攻撃を最低限の被害に抑えられた四天王マイストレストは驚愕と、しかし確かに称賛の色を映した顔で眼前の賢者……いや、に向けて声をかける。


 「……天晴れだ」


 そして四天王がそう呟いたその瞬間、賢者の死亡により魔法による雨が上がったその場所に賢者の弟子が到達したのだった。

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