第33話 少女リリーの過去話 その10

 足場が決して良いとは言えない森の中、私と師匠が疾駆する。少なくとも先ほど感じた気配が完全に感じなくなるまでは、と走り続けそろそろ気配が薄れてきたのではと思い始めたあたりで状況が動いた。

 気配が動き出したのだ。こちらに向かって、それも結構なスピードで。これはおそらく………いやもう確実に捕捉されているだろう。


 「ど、どうしますか師匠!!」


 「……………リリーちゃんはこのまま村に戻ってできる限りの上級職の方を連れてきてください」


 「………ッ!師匠は!?師匠はどうなるんですか!?」


 「ここで引き付けます………大丈夫です。順番が回ってきたんですよ」


 「このままの速度なら村まで逃げ切れます!村まで逃げて上級職の人と一緒に迎撃しましょう!!」


 「最悪の場合を想定してください。村を戦場にするわけにはいかないでしょう」


 私は村よりも師匠の方が大事だ!そう言おうと師匠の方を見て言葉を飲み込む。これは違う。あんなに真剣な師匠にかける言葉でもなければ、上級神官であり、心優しい師匠の弟子の口から出る言葉でもない。

 ………だが。最悪の場合。…………私にとっての最悪の状況を想像するのならばここで師匠を置いていくことが本当に正解なのだろうか?私はもちろん人並みの感性を持っているから関係のない人々に死んでほしいとか思っていたりはしないし、助けられる命があるのならば喜んで助けよう。

 ────だが………だが!それらは大事な人の身の安全と釣り合うほど重くもない。


 いや、むしろ最悪私の知らない人が数十、数百人死のうとどうでもいいとすら思っている。


 ─────違う。思考が若干ずれている。どうも最近思考がよくない方向に向かいがちだ。昔はこんな感じではなかったはずなんだけど。

 今の状況のベストは私が最速で村に到達し、上級職達に今の状況を伝え師匠があの気配の主と対峙する前に師匠の下まで戻ることだ。…………いや、だいぶ厳しいな。だが、できるだけ早く戻ることで想定できる危険な状況などいくらでも回避できるだろう。


 よし、心は決まった。私は師匠に力強い視線を向け頷いた後自信の持てるあらゆるバフをかけ、どちらかといえばインドア派で決して走りなれてなどいない体を酷使し、最高速度で駆ける。担いでいる少年と少女が突然上がった速度に小さく悲鳴を上げたが、この際完全に無視するものとする。






 ※





 速度を上げ、どんどん離れていくリリーちゃんを見送る私の内心はもちろん穏やかなものではありません。リリーちゃんには言っていませんが、これ多分魔王軍の四天王ですね。勇者パーティー時代に何度か戦ったことがあるのでわかります。それがなぜこんなところに居るのかだとかはいったん置いておくとして…………これ私大丈夫でしょうか?四天王を一人で足止めって……できなくはなさそうですけど、確実に厳しい戦いにはなりますよね……。


 いえ、やりましょう。私の身代わりになったフレイヤのためにも。リリーちゃんだけは絶対に守って見せます。それにフレイヤの時と違い相手は魔王ではなく四天王なのでね、はい。リリーちゃんが上級職の面々を連れて戻ってくるまでの時間稼ぎくらいはできるでしょう。


 いや、やって見せましょう。頑張れ!私!!

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