第13話 笑顔

 マリの姿が見えなくなった。

 オーウェンは化け物の方へ向く。今も化物は暴れていて建物を吹き飛ばしていく。

 兵士が建物の上から跳びかかろうとしていて、その兵士に化物の腕が迫る。

 銃を撃ち化物の腕に当て援護する。兵士の大剣が化物の殻の隙間を傷つけた。化物は呻き、尾を振り回す。


 オーウェンの頭はさえている。

 今だに住民の悲鳴が聞こえる。優先すべきは避難が完了するまでの時間を稼ぐこと。そして、自分自身が生きて帰ること。 

 村の破壊は防げない。だが、この村の人たちなら再び立ち上がる。オーウェンはそう思う。


 化物がオーウェンめがけて尾を振る。一撃目をかわし、二撃目が飛んでくる。近くの残骸から黒い板を拾い、盾にして防ぐ。衝撃で後ろに転がる。すぐに立ち上がり、銃を撃ち隙間に弾を当てる。

 オーウェンは積まれた木の箱に上り、まだ崩れていない屋根に上る。屋根の上を駆け抜けながらリボルバーをリロードした。

 屋根から屋根へ飛び移り、隙を見て発砲する。

 通った場所が化物に次々と砕かれていく。


 化物の動きが荒くなっている。尾の殻には亀裂が入っていた。

 持久戦で化物の体力を削れば、もしかしたら勝機はあるかもしれない。ただ、とどめを刺せる決定打がない。

 兵士の武器は大半が化物の骨でできた剣や槍で接近戦向けだ。このままでは近距離に近づくことは難しい。

 足場が崩れた。住居の中に落ちる。屋根と土埃で上が見えない。

 まずい、そう思った時にはすぐ隣にしっぽが落ちてきて風圧で転がる。

 屋根が吹き飛んでいてそこから化物が見える。尾が再び襲ってくる。

「ハァッハァ…… クソ……!」

 必死に尾の追撃をかわす。尾の先がかすめて倒れた。

 オーウェンの息が荒くなる。


 昔任務終わりに見た、帰らぬ人になった別の隊の同僚たち。それを見て泣いていた家族や友人達を思い出す。コナーやマリをそうさせないように立ち上がる。

「絶対に生き延びてやる」


 迫る尾に銃を撃ち、弾が殻に当たり爆ぜる。化物の動きが少し止まり、その間に走る。

 しびれを切らしたのか化物が口を開き叫ぶ。高音に思わず耳をふさぐ。

 目の前の兵士に尻尾が迫っていた。その兵士を蹴り飛ばし、尾の軌道から外した。


 代わりにオーウェンが尾の餌食になり、強い衝撃とともに、宙を舞った。

 オーウェンの体は壁に勢いよく打ち付けられた。

 背中に痛みが走る。

「ごほっ」

 血を吐きだした。乱れた前髪が額に落ち視界を塞ぐ。

 さらに視界が暗くなる。正面を向けば黒い壁。見上げると化物が見下している。逆光でただでさえ黒っぽい殻がさらに黒くなる。

 逃げないと。体を動かそうとするもオーウェンの体は思うように動いてくれない。

 他の兵士が化物を止めようとするが、弾き飛ばされていった。

「ここまでか……クソッ……」

 もう駄目だと悟る。

 生きて帰ると約束したのに、守れなかったのが悔しい。大事な人も、約束も、何一つ守れなかった。意識が薄らいでいく。


「「オーウェン!」」

 自分を呼ぶ声にハッとする。

 目の前の化物に車がぶつかった。

 ミシミシと化物の殻にひびが入る音がした。

「オーウェン! 助けに来たよ!」

 運転席に座ったマリが笑顔で言った。

「リョウジさん、化物の殻効果ありだ! ひびが入った!」

「そうか。やったな!」

 助手席で銃を片手に持ったコナーが後部座席に座るリョウジに話しかけていた。

 車のフロントには大きな殻が節操無く取り付けられている。フロントの形に合っておらずデコボコで不格好だ。武装のつもりなのだろうが見た目が悪すぎる。


 化物がよろめいている隙にオーウェンはリョウジに後部座席にかつぎ込まれた。マリが車を発進させ、化物から距離を取る。

「コナー、無事だったのか」

「無事なわけあるか。痛ぇよ」

 無事ではないだろうがコナーは笑っていた。

「マリも無事で良かった」

「父さんを迎えに行ったら車が魔改造されててびっくりしたよね。で、コナーも迎えに行って、助けに来たってわけ」

 本当に俺のことを放っておく気はないらしい。オーウェンは呆れた。


 隣に座るリョウジに話しかける。

「リョウジさん、デザインがひどくないか。そのままくっつけただけでしょう」

 加工などされておらず、殻は歪んだ形のまま車に取り付けられていた。

「削る暇がなかったもんでな。これを作っていたから」

 そう言われ、オーウェンに手渡されたのは黒い銃弾。殻で作られた弾丸だった。オーウェンのリボルバーにぴったりのサイズだ。

「威力上げておいたぞ」

 リョウジは満足げに言った。

 コナーが銃のマガジンを交換しながら言う。

「撃って飯にしよう」

「ああ」

 オーウェンは強くうなずいた。

「いっくよー!」

 車が化物の方へ向かっていく。

 銃に弾を込め、狙いを定める。

 狙うのは一点、顔と首の間の隙間。コナーは銃で化物の攻撃や飛んでくる瓦礫を弾いてくれる。

 兵士たちも士気を取り戻し、援護してくれる。

 体は痛む。だが心は落ち着いていた。

 化物が口を開いた。


 今だ。


 引き金を引いた。

 銃身から弾丸が飛び出す。真っ直ぐ進み、叫びを上げ顔を上に向ける化物へと向かう。

 目的の場所へたどり着き、閃光とともに爆ぜた。

 化物はくぐもった声を上げ後ろへ倒れていく。

「倒した……!」

「やったな!」

助手席のコナーが笑顔で振り返る。が、言ってすぐ「痛て……」と顔をしかめた。


 車から降り、化物の側に寄る。

 避難した人達も戻り始め、賑やかな声が聞こえてくる。

「でかいな。こりゃ解体には骨が折れるぞ!」

 スープ屋の主人がいた。傷を負っているが生きていて、オーウェンはほっとした。

「人を呼び戻せ!」「包丁あるだけ持ってこい!」人々が口々に声を上げていく。兵士達は早速殻の取り外しに取りかかっていた。

「これも食うのか……!」

 食べるための行動が早い。オーウェンが感心したように言う。

 やはり転んでもただじゃ起きないな。

「さすがだな」

 コナーが隣に立っていた。

「ああ、食えるのが楽しみだ」

 そうだ、コナーに言わなければならないことがあった。

「コナー」

「ん?」

「今まで心配かけたな。ありがとう」

「オーウェン……! お前……」

 コナーが泣きそうな顔になる。オーウェンは安心しきっていて自分の背後に向かってくる足音に気づかなかった。

「オーウェン!」

「ぐっ……痛っ」

 マリが抱きついてきた。その衝撃が傷に響く。

「良かったぁ~」

 顔を上げたマリも泣きそうな顔をして笑っていた。目には涙が貯まっていて、留めることができずポロポロとこぼれ落ちる。

 オーウェンはマリの頭に手を置き、わしわしと撫でる。

「助けに来てくれてありがとう。車の運転上手いじゃないか」

「へへっ……!」

 マリの輝くような笑顔。守れて良かった。その頬に伝う涙をぬぐってやる。

「本当に良かった」

 そんな言葉が聞こえてきて、隣を見る。

 コナーがオーウェンをみて笑っていた。

 

 その顔にオーウェンもつられて笑った。




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十字架と化物グルメ namu @namupotato

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