第11話 生きていてほしい

 串焼きを食べ、散策していると気づけば昼過ぎになっていた。


 急に地面が揺れた。周りの人は「また地震か?」と言っている。

 オーウェンはあの任務の日を思い出した。何か来る。

 銃を抜き、いつ敵が来ても撃てるようにする。周りには揺れに驚いている人だけで何も見えない。

「コナー、マリを頼む」

「ああ……」

「何? 何なの?」


 ドンッ

 と、大きな音が響き、ガラガラと瓦礫が崩れる音がした。

 その方向に目を向ける。数メートル先に土ぼこりが上がっていて、そこから見たこともない巨大な化物が覗いていた。

 その化物は体長が十メートルもあった。トカゲが二足歩行をしたような姿でやや太っている。

 上アゴが発達していることから、土を掘って移動してきたことがうかがえた。


 あまりの巨大さに周りの住人、コナーやマリ、今まで多くの化物を見てきたオーウェンでさえも呆然としていた。

 長い尻尾がうねり、オーウェンが我に返る。

「逃げろ!」

 あちこちから悲鳴が上がり出す。尾は化物の近くの屋台や住居を粉々にしながら吹き飛ばした。離れているはずのオーウェンのところまで風がやってくる。

「オーウェン逃げよう。別の区画へ!」

 マリがコートを引っ張る。十数人の兵士たちもやってきた。しかし、それだけでは十メートルの化物を相手にすることは難しいだろう。

「あんなでかいのを野放しにしてみろ! 別の区画に追ってくるかもしれない! 姿を表した今叩くべきだ!」

「ダメだ! あんなの少人数じゃ勝てない!」

 コナーまで止めに入ってくる。

 逃げてしまえばこの村は破壊し尽くされてしまう。残骸だらけになった故郷を思い出す。


 先ほど粉々になったのはスープの店のあった場所。今踏み潰されているのは先日、家の修理に行った場所だ。

 短くても、濃い時間を過ごした場所。


「伏せろ!」

 オーウェンが叫び、マリを伏せさせる。化物の尻尾が頭上をかすめた。兵士が剣や槍で応戦しているが効果は薄い。

 距離を取りながら銃を撃つ。射程圏内に入れるにはもう少し近づく必要があった。前に走りだす。尾が上から降ってくる。それを左へ動いてかわし、足の隙間を狙う。命中した。が巨体の前では致命傷にはならない。数発打ち込まなければ。

 尾に気を取られ、化物の腕が迫ってきた。


 まずい!


 化物の腕に爆発が起こり動きが止まった。

 コナーが血相を変えて銃を構えていた。コナーの銃弾が当たったようだ。

「オーウェン! 早く逃げ……ろっ!」

 尾がコナーの脇腹を打つ。コナーの体がくの字に曲がって吹き飛んでいった。

「コナー!」

 オーウェンの血の気が引いていく。

「オーウェン逃げよう! このままじゃ死んじゃうよ!」

 マリが腕を引っ張る。泣きそうな顔をしていた。


「コナー……」

 また守れないのか? 

 せめて、避難が終わるまでは。住民が、マリが安全な場所へ逃げるまでは時間を稼ぐ。それが守れなかった俺にできることだ。


「早く!」

「ダメだ! 避難してない人もいる。俺が食い止めるから早く逃げろ」

 声が荒くなる。

「オーウェン……!」

 マリの顔が歪む。

「嫌だ! 今度こそ救ってみせる。もう失いたくない! 死んでも守る!」


バシンッ


乾いた音が響いた。

マリの手がオーウェンの頬を打った。オーウェンは何が起きたか分からず目を丸くした。

「ダメだよ! オーウェンも無事じゃないと。私も、コナーだってオーウェンのことを失いたくないよ……!」

 目に涙をためて叫ぶマリ。

「何も守れない俺に生きてる資格なんて無い!」

「コナーもずっとオーウェンのこと心配してたんだから! オーウェンも生きてなきゃやだよ」


 オーウェンの頭に衝撃が走る。


 思い出した。あの日の任務から帰ったときにコナーが言った言葉。

『生きてて良かった』

 少しかすれた声で言っていた。コナーはずっと自分を心配してくれていた。旅に連れ出したのも俺のためか。

 やっと気づいた。


 俺がケヴィンの生を願ったように、俺が生きてることを望んでいる人がいる。

 ずっと側にいたのに。マリなんて数日過ごしただけでそう願ってくれるのに。


「オーウェン?」

 マリを見る。彼女を見つめるオーウェンの目は風の無い海のように静かな青色だった。

「ありがとう、マリ。俺も生きて帰る。約束する。だから先に逃げてくれ」

 落ち着いた声。

「わかった。絶対生きて帰ってきて。まだ案内してないおすすめグルメもあるんだから!」

「それは気になるな。さぁ行け」

 走り出したマリの背中を見送った。

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