第9話 マリと旅人

 マリがオーウェンと出会ってから七日目になる。

 二人と初めて出会ったのは、買い出しで遠くの村へ出かけていた帰りに化物に追われた時だった。力が強く倒せず、ナイフでしのいで逃げたが追いつかれそうになり、死の文字が頭をよぎった。体温が消えたような錯覚に陥った。

 その時に聞こえた声。

「助けに来た! 化物は俺に任せろ」

 そこに現れたオーウェンの精密な射撃、冷静な瞳。マリの目に写るオーウェンはとてもカッコいい姿をしていた。


 コナーの運転する車に乗り込み、助かったことに心のそこから安心する。同時に、自分は化物の前で無力だと気づく。もし助けられなかったら? 何もできず死んでいた。

 ゾッとする。恐怖で顔が強張る。そんなマリを見て、コナーは優しい声で「もう大丈夫だ」と声をかけてくれた。

「あいつは強いから」

 コナーの言う通り、オーウェンはあっという間に化物を倒してしまった。それなのに、コナーの顔はどこか心配そうな表情だった。


 マリは二人といるのが好きだった。屋台を見て驚き、食べてまた目を見開いてびっくりした顔をする。大きく口を開けて、ばくばくと平らげる姿は見ていて気持ちがよかった。自分の村の食べ物を美味しそうに食べてもらえるのが誇らしく、マリも嬉しくなる。

 そんな二人を見ていると、次々といろんな物を紹介したくなり、あちこち連れまわった。

 今までも旅人を案内したことはあった。この村を気に入った人は、移住し、戦いの得意な人は農場や村の兵士になった。

 マリは自分を助けてくれたということもあり、オーウェンとコナーは今まで出会った人たちよりも特別な存在で、仲が良いと思っている。

 オーウェンとコナーもこの村にずっといてくれたらいいのに。出来たらこの区画で。

 マリはそう願っていた。


 二人を連れて屋台を散策していると、オーウェンが串焼きを買いに行った。

 手を振り見送った後はコナーと二人きりだ。マリは気になっていることを聞いた。

「ねぇ、二人はいつまでここにいるの? また旅に出るの?」

 少し間をおいてコナーが言う。

「俺としてはここにいられるなら移住したい。今後も面白いものが見れそうだし」

 もうここの美味いものを食ったら離れられないよ、と笑って言った。その言葉にマリの顔が明るくなる。

 しかし、次にはコナーの顔が暗くなる。

「それに、オーウェンにとってもここにいるのがいいと思うんだ……でもあいつはどう思ってるのかな……」

「オーウェンっていい人だけど、なんか人と距離を取ってるよね。全然笑わないし、たまに暗い顔してる」

 オーウェンから話すことはないが、話しかけられたらちゃんと受け答えはする。父親の仕事も手伝ってくれた。マリのことを助けてくれた。そして何より車の運転を教えてくれたのだ。

 マリより先に来て待っていることもあった。無視することだってできたはずなのに。そして、たまに見せる、つらそうな顔が気になった。


 眉間に皺を寄せたまま、コナーはうつむきがちに話し始めた。

「あいつは一年前、出身地が化物の大群に壊滅させられたんだ」

 コナーから語られた、オーウェンの過去。

 故郷がなくなったこと、大事な人を失ったこと。凄惨な過去にマリも悲しくなる。

「もともと口数は少ないやつだけど、根は真面目で優しいやつなんだ。仲間と笑っていたし、俺の前でも笑ってた。あいつがどう思ってるかは知らないが、俺は親友だと思ってる。

  でも、その任務の後から人と距離を取り始めたんだ。あれでも今はだいぶ良くなったんだよ。俺と話せるようになったし。一年前のオーウェンは虚ろな目をしてて、任務の出るたびにやつれて帰ってきたんだ。無茶をして怪我も増えた。正直見ていられなかったよ」

 コナーは一気に話す。昔を思い出したのか唇を噛んで険しい顔を浮かべている。マリの胸もきゅうっと締め付けられる。

 コナーが続けた。

「日を重ねるごとに顔色が悪くなって、このままじゃ死んでしまいそうだったから、旅に連れ出したんだ。面白いものを探したいって言うのも本心だけど、一番の旅の目的はオーウェンの心を癒すことなんだ」

「希望って、オーウェンにとっての希望だったんだ」

 希望という大きな途方もないものと思われたものは実はたった一人のためだった。

「旅に出て任務から離れたから少しは顔色もマシになったんだ。でもよくうなされてた。ずっとあの日がオーウェンについて回ってる」

 コナーが顔を上げてマリを見た。

「でもマリに出会って、この村に来て、マリがこの村のことを教えてくれて、いろんなものを食わせてくれただろ。あれで少し明るくなったんだ。自分から話しかけてきて、マリと話すようになったし、美味しい食事で心も回復してきたと思う」

 コナーは笑って、「マリのお陰だよ。ありがとう」と言った。

「ただ、やっぱりそう簡単には癒えないみたいだな。この前もつらそうな顔をしていた」

 コナーが顎に手を当てて考え込む。コナーの顔は暗かった。

 コロッケを食べたとき、オーウェンは少し様子が変だった。

「ここにいるのがしんどいっていうなら、また考えないといけないな」

「そう……」

 言葉を紡ぐことができなかった。静かな時間が流れる。

 オーウェンが串焼きを手に戻ってきた。少しうつむきがちで買いに行く前より暗い表情をしている。

 コナーは先ほどの真面目な表情からいつもの明るいニコニコした笑顔に変わっていた。

 立ち上がったコナーはオーウェンのもとへ向かい、笑いながら喋っていた。

 オーウェンの顔はいつもの無愛想な顔に戻っていた。

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