第8話 切望

 翌朝から村を見て回るだけではなく、リョウジの工房の手伝いを始めた。

 住まわせて貰っている礼というのと、やりたいことがあると言うリョウジの代わりに仕事を引き受けることにした。

 依頼は屋台や兵士の武器の修理、古くなった家の補修から村の人のお悩み相談まで多岐にわたった。

 身体を鍛えていたこともあり、オーウェンは力仕事を軽々とこなした。

「ありがとうね。屋台が古くなってて困ってたんだ」

 今日の依頼者は最初に食べた唐揚げ屋の店主だった。賄いに唐揚げを振る舞ってくれた。働いたあとの唐揚げは格別だった。


 オーウェン達では出来ないような溶接の依頼のときはリョウジの手を借りた。

 コナーがその手際を誉めると、

「もともとの好きだったのもあるが、生きるために身につけた」

 大変動の後、建物の倒壊で大変だった上に化物が来てほぼ壊滅状態だったという。

「それでも立ち上がって、こうやって暮らしているんだ。はっはっは」

 そう語るリョウジの腕にはたくさんの傷があった。

 都市や他の村と同じように、化物と戦って必死に生きてきた。

 その中で食事の技術も発展していった。それでも完全に楽しい暮らしではないだろう。大切な人を失っているはずなのに、どうして明るく振る舞えるのか。

 村の人達の明るさはオーウェンの影を少しづつ濃くする。


 次の日もリョウジの手伝いの後、マリのおすすめの屋台や店に行く。店は道の両端にずらりと並んでいて、食欲を刺激する香りを漂わせている。

 昼にはコロッケの屋台に行った。コナーが興味津々といった様子で屋台を見る。店主がコロッケについて教えてくれた。

「芋を茹でて潰して、細かく切って炒めた肉と混ぜて、形を整えて揚げたものだよ。本当はパン粉をつけるんだけどね。パン粉がないから、おやきみたいな感じ」

 店主が言った。そこには農場の事情もあるらしい。

「芋は加工に多く使われていて数が少ないから少し高いんだ」

「そうそう。だからお肉に飽きた時に食べるといいんだよ」

 マリが言い、コナーが相槌を打つ。

「ライフハックだな」

「たまにじゃなくて、いつも買ってくれよ」

 店主が冗談めかして言った。

 やいやい言いながら八センチほどの円形で黄金色のものが紙に包まれていった。

 それを受け取り、コロッケにかじりつく。

「熱っ……!」

 カリッと表面が割れ、薄黄色の芋と小さく切られた肉が現れる。ほくほくした芋にほんのりと塩が効いていて美味い。大きく口を開けて食べれば あっという間になくなる。

「もう二つくれ」

 金を出して店主に渡す。店主は「毎度あり! お兄さんいい食べっぷりだね!」 と嬉しそうに言った。

「俺は向こうの串焼きを買ってくる」

「私は唐揚げ買ってこよ~」


 各々食べたいものを買ってきて、広場のような場所に行った。座るのに丁度いい廃材や化物の骨が置いてある。

「串焼きもうまいな。醤油が香ばしくて美味い」

 コナーによれば串に刺し焼いた肉に醤油をかけたものらしい。醤油の焦げた香りがこちらにまで届く。串焼きも今度買おうかと思いつつ、コロッケを頬張る。

 コナーがこちらを見ていた。

「うまそうに食ってるな。一つくれよ」

 ただでさえ小さいんだ。人にやる分はない。

「さっき食ったろ。誰がやるか」

「じゃあ私の唐揚げ一つあげるから半分ちょうだい」

 それなら悪くない。唐揚げも美味いので交換する価値はある。ただ値段と釣り合わない。指を三本立てる。

「三つだ」

「えー! 二つ!」

「まぁいいだろう」

 二つ目のコロッケを割り、マリに渡す。マリは一つ目のコロッケの紙に唐揚げを入れてくれた。 「やった!」と 喜ぶマリと反対にコナーは悔しがっていた。「交換ならいいのか。もう全部食っちまったぜ。 残しておけばよかったな」

「美味しい! ありがとう!」

 マリは半分のコロッケを少しずつ大事に食べている。

 そういえば、とオーウェンは軍で手に入れた食事をケヴィンに分けた時のことを思い出した。ケヴィンも食料を大事に味わって食べていた。


 ケヴィンがこの村に来たらどうなっただろう。美味しそうな食べ物を見て目を輝かせ、まぶしい程に笑って「美味しい!」と言うだろうか。どうしてケヴィンはここにいないんだ。一緒に食べたかった。

 ケヴィンに生きていて欲しかった。


 自分だけ美味しいものを食ってて良いのだろうか。救えなかった自分にそんな資格なんてあるのだろうか。


 胸が締め付けられる感覚に襲われる。救えなかった後悔と逃げてしまった自分への怒り。握った手に力が入る。

「オーウェンどうしたの」

 マリが心配そうな顔をする。

「何でもない」

 そう言って残りのコロッケと唐揚げを一気に食う。さっきまで美味しかったはずの味がわからなくなっていた。




 夜が来た。暗闇はオーウェンの憂鬱な気持ちをさらに沈める。

 工房に向かうと、マリががらくたの上に座って待っていた。

 いつもと同じように車を出し、マリに運転の仕方を教える。マリは飲み込みが早かった。

「車の運転って楽しいね」

 笑顔で言うその顔には暗い陰りなど無かった。


「お前は……」

 オーウェンが呟く。マリは車を止め、オーウェンの顔を見た。

「お前はどうして俺に構う……」

 人と付き合えば失うリスクが出てくる。居心地がよくて忘れかけていた。

 放っておいてくれれば良いのにどうして俺に構うのか。


「楽しいからだよ。人と話すのが好きなんだ。オーウェンのことも知りたい。仲良くなりたい」

 そのマリの顔は真剣なものだ。

 楽しいから。

 楽しそうに運転をしていたマリ。

 どうしてこの世界でそんなに前を向いて生きていけるのか。今日親しくした人が明日にはいなくなるかもしれない世界で、どうして笑っていられるのか。




 翌日以降も工房の手伝いやマリの案内で屋台や村を見て回った。

 さまざまな肉料理。味は大体が醤油か塩だったが、どれも美味しかった。

 オーウェンとコナーは背が高く目立ったためよく話しかけられた。マリの命の恩人と言うのも後押しした。

 この村の人達は親切で、気さくで、人との繋がりが強いように思えた。マリだけではなく村全体が明るい。


 夜はマリに運転を教えた。

「どう? だいぶ上手になったんじゃない?」

「そうだな。基本的なことはもう教えることはない」

「やったぁ、ありがとうオーウェン」

 マリは目を細めふにゃりと笑った。

「今度は最初助けてくれたときにコナーがやってた、ギャギャギャッてやつ教えて! 」

「なんだそれは。あぁ、ドリフトか? お前にはまだ早い」

「えー」


 オーウェン達が村に来て七日目。

 リョウジの仕事の手伝いもなく、屋台に三人は来ていた。

 人はまだらでゆったりした空気に醤油の香ばしい香りがほんのりと香る。

 ぶらぶら歩いているとコロッケを食べた場所に出た。オーウェンはコナーが食べていた串焼きが気になっていた。

「串焼きを買ってくる」

「ああ、ここで待ってるよ」

「行ってらっしゃーい」

 マリが元気よく手を振り、コナーは近くのベンチ代わりに置かれた化物の骨に座った。半円状の骨は削られて磨かれたのか、座りやすそうだった。

 オーウェンは串焼き屋へと向かった。

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