第7話 交流

 朝が来た。マリが部屋に勢いよく入ってくる。

「おっはよー! よく眠れた?」

「大声を出されなきゃ良い目覚めだったんだがな」

「あはは、コナーはまだ寝てる?」

「昨日はしゃいでいたからな。おい起きろ」

 コナーをたたき起こし、身支度を整え、また昨日の村へ向かう。

 マリ曰く、この周辺には昨日訪れた場所以外にも、離れたところにいくつかの区画が点在している。兵士の大半は農場を守っているため、一つ一つの村の警備は手薄になる。一つの区画が襲われたら兵士が時間を稼ぎ、住人は他の村へ避難するのがこの辺りの化物対策だった。

「このお店のも美味しいんだよ! 朝にぴったり」

 そう言われて連れてこられたのは、昨日とは違う店だ。各々一つずつ注文し、渡されたのは手のひらサイズの白いお椀だった。中には薄茶色のスープが入っていて、肉団子のようなものが浮かんでいる。

 お椀と同じ素材の白いフォークを受け取り、少し歪んだ肉団子を一口で口に入れる。

「はふっ」

 噛めば肉がほぐれ、口の中に熱が溢れる。柔らかい食感、味は少し塩辛い。続いてスープを飲む。薄味だが醤油の旨味が広がり、腹の底から体を暖めてくれる。

「美味い……」

「ああ……あっさりしてていくらでも飲めそうだ。この肉も熟成肉か?」

 コナーの疑問に店主が答える。

「そうだ。熟成肉を刻んでミンチにしてから片栗粉を入れて形成してんだ。切るのが大変でよぉ。早朝から仕込みをしなきゃならねぇ。まぁそれで美味くなるならいくらでもミンチにしてやるがね。ところで兄ちゃんら体力ありそうだな。うちで働かねぇか?」

 ガハハと豪快に笑いながら店主が言う。


「俺は体力なんて無いですよ」

 コナーがさらっと流しオーウェンに話しかける。

「この村が小規模だからこそ上手くいってるのかな」

「中央や都市では難しそうだな」

 中央も他の都市も多くの人が住んでいる。それゆえに、食料は効率が重視される。武器の製造もしなければならない。食料が足りてすらいないのに、加工に時間をかけていたらその間に飢え死にしてしまう。

「日本は食にこだわる人が多くて、ここまで発展したらしいよ。父さんが言ってた。日本人の食へのこだわりは凄まじいって。何でも食べれるようにしちゃうし、他の国の料理をアレンジしちゃうんだって」

 マリも会話に加わった。

「もともとそういう土壌があってのこの発展か。面白いな」

 さらに店主も加わる。

「化物が出たときは大変だった。食い物はなくて、化物は不味いし。生き残った人らでどう調理すれば食えるか夜通し議論したもんよ。あの手この手で調理法を試したもんだ」

 店主がしみじみと言う。

「化物は食えるようになったがまだ終わっちゃいない。熟成肉が形になったからな、次は土壌改善して野菜を育てられるようにしたいって話が出ててなぁ。俺も会議に参加してるよ」

「土壌改善だって……?」

 コナーの目が輝く。興味を引かれているようだった。

 そんなことを言いあっている間にも、オーウェンの器の肉団子はなくなり、残ったスープを一気に飲み干す。胃からじんわりと体が暖かくなり心地が良い。

「兄ちゃん良い飲みっぷりだな」


 器を店主に返し、三人は歩き出す。

 着いた先でマリが両手を広げ「じゃじゃーん」と元気よく言う。そこには小さな装飾品のようなものや皿、短剣等が売っていた。

 白い短剣を手に取る。鋼ほど切れ味は期待できそうにないが刺殺には効果を発揮しそうだ。重さも軽く、扱いやすいだろう。滑らかな手触り。この感触に心当たりがあった。

「皿と同じ素材か」

「当たり! これは化物の骨を加工して作られてるんだよ」

「骨だと?」

「肉の加工で余るからね。もったいないからいろんなものに使っているんだ」

「屋台の骨組みもか」

 唐揚げ屋にも、周りの屋台にも使われている白いパーツ。木材に混じっていて目立って目についていた。

「そうだよ。たくさんあるし丈夫だから建物にも使われてる」

 化物の骨を活用するのは珍しいことでもないが、少なくとも村程度の規模でそういう話は聞いたことがなかった。加えて皿や武器に使われるのは初めて見た。

 頭を抱える。肉を食べ、骨まで活用するのか。

 コナーも眉間に皺がよっていた。

「すごいなこの村は!」

 叫びだした。一気に未知のことに触れ過ぎてテンションがおかしくなっている。そんなコナーを見たマリは「あはははは」と笑っていた。


 その後も気になった食べ物や工芸品を見て回った。マリもコナーもはしゃいでいた。オーウェンも態度にはでないが初めて見るものに少し浮き足立っていた。




 夜にマリの家に帰ると、車が綺麗になっていた。傷だらけで汚れていた車体が新品のようになっている。

 オーウェンとコナーが驚いているとマリの父親が来て

「車の修理は楽しいな」

 と、額に汗を流し、晴れやかな笑みを浮かべていた。

 車の近くに寄るときに足に何かが当たった。最初に来たときに見た黒い部品。オーウェンはこれが何か分かった。

「まさか、これは化け物の殻か」

「そうだ。何か使えないかと思って譲り受けたんだが、どうしようか悩んでいてな。固くて加工も難しいし、そもそも何から作るべきか……」

  リョウジは腕を組んで唸る。

「殻まで使うのか」

「都市でも研究はされてるけど、こういう村では聞いたことがない。本当にすごいな」

「都市の人に褒められるとはな。ところで、オーウェンの銃を見せてくれないか?」

「え?」

「興味があってな……」

 ソワソワとするリョウジは好奇心にあふれた顔をしている。オーウェンは毒気を抜かれ、銃をホルスターから出してリョウジに渡す。

「ありがとう!」

 つなぎのポケットからメジャーを取り出し採寸を始め、メモを取っている。一通り観察した後、お礼とともに丁寧に返してくれた。

 リョウジは満足げな顔をしていた。




 オーウェンは寝付けずにガレージに来た。

 そこに人影がいたので、物陰に隠れた。様子を伺う。長身で細身、ショートヘアーで仕草に見覚えがある。マリだ。安堵のため息をつき近づく。

「何してるんだ」

「あ、オーウェン。車ってかっこいいなぁと思って。ねぇ運転ってどんな感じ?」

 マリはオーウェンにグッと近づき、質問攻めにした。興味津々といった姿は銃を見せてくれと言っていたリョウジによく似ている。オーウェンはつい「運転してみるか」と聞いた。

「いいの?」

 マリは目を輝かせて言った。

「修理の出来を確認するためだ。少しだけな」

  車に乗り込む。助手席にマリが座った。キーを差し込み、エンジンをかける。調子がいい。リョウジはいい腕を持っているようだ。

 エンジンの音にマリが「わぁ」と声を上げる。

 工房を出て、広い場所へと移動し、一通り説明をした。

「ここがアクセル、ブレーキ。このメーターが速度を表す」

  説明して実際に走らせる。マリは説明を真剣に聞く。説明を終え、マリと席を交代する。マリに指示を出し、マリはその通りに動いた。普段は強引なところがあるが、ここでは素直だった。真剣な顔で車を操作するその姿に、オーウェンも真摯に教えた。


 帰りの車の中でマリは オーウェンに尋ねた。

「オーウェンも希望を探しているの? 見つかった?」

「俺はあいつに用心棒として連れ出されただけだ」

「強いもんね! 私を助けてくれた時すぐ倒しちゃってさ。とてもカッコよかった」

「俺は強くない」

 オーウェンの顔が悲しげで暗い顔になる。俺は弱い、大事な人を守れなかったんだから。

「……そっか」

 と言ったきり、マリは話しかけてこなかった。


 マリの家につき、車から降りる時に

「今日はありがとう。明日も教えてね」

 と、優しい笑みで言った。

「眠れなければな」

 オーウェンは不愛想に返した。

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