第6話 屋台

 村に着いた二人の目に飛び込んできたのは屋台と人々の賑やかな声だった。道の両端に木材や白いパーツの骨組みで作られた簡素な屋台が所狭しと並んでいる。

 その屋台がジュワジュワと肉の焼けるような音を音を立てる。先程からする香ばしい香りは強まり、空になった胃をますます刺激する。

「何だよここは……」

 村と言えば殺風景で小屋が数件、食事処があってもはこんな香りはしない。

「こんな村は初めてだ! 独自の文化が形成されている? この香りも何なのか見当がつかない。一つ言えるのは何か面白いことがあるって事だけだ! はははは」

 都市で残された本を読み、様々な化物の調査結果を知るコナーでも分からない未知の世界。それなら俺に分かる訳がない、とオーウェンはただ呆然としていた。

「すごいでしょ。今までここに来た人はみんなこの光景を見て驚くんだ。屋台だよ! 食べ物がいっぱい売ってるの」

 マリが両手を広げ得意そうな様子で言う。

「食べ物が?」

「見てみれば分かるよ。おすすめの店に連れてくね!」

 マリがずんずんと進んでいく。マリの後を追い屋台の並ぶ道に足を踏み出す。乾いた砂と砂利がサクサクと音を立てる。

 進めば熱を持った煙で視界が少し悪くなる。


 屋台を見ると鉄の板の上で肉が焼かれていて、店の前で人々が談笑しながらそれを食べている。この村は人で賑わっていて活気がある。屋台の食べ物は今まで食べてきたものよりも美味しそうに見えた。


「ここだよ!」

 マリが振り向き笑う。マリが示したのは屋台の一つで、中年のふくよかな女性が立っていた。屋台の台には大きな鍋が置かれている。

「おばちゃん、唐揚げ二つちょうだい! あとこれ頼まれていた品だよ」

 マリが女性にカバンから出した包みを渡した。マリの買い出しは村の人の分もあったからリュックが大きかったわけだ。なるほど、とオーウェンは納得した。

「ありがとうね。助かるよ。後ろの二人は見ない顔だね」

「私の命の恩人なんだよ」

「あら! そりゃサービスしないといけないね! ちょっと待ってな」


 店主が大きな鍋に白い塊を入れた。入れた瞬間、塊の周りに泡が出てパチパチと心地いい音が鳴り、香ばしい香りが立ち始める。

 オーウェンはきつね色に染まっていく塊を目を見開いたまま見ていた。が、コナーの一言で我に返った。

「これ、油か? 油なんて残っていたのか?」

 コナーの声は興奮に満ちていた。

 油をはじめとする調味料も大変動で失われたはずだった。もし残っていたとしても、こんな小さな村で、屋台で使われるなんて考えられないことだ。

 マリはにやにやと笑っていた。

「まあそれは後で説明するからさ」

 店主は片手で収まるサイズの白い皿を取り出した。やがてこんがりと茶色く揚がった塊を、彼女は慣れた手つきで白い皿に盛り付けていく。これでもかというほどに皿にのせていき、皿から茶色い塊があふれ出ていた。

「はいよ! 出来立て二つ! サービスしておいたよ。熱いから気を付けて」

 店主はコナーとオーウェンに少し歪な皿を差し出した。

「ありがとう」

「……」

 皿を受け取る。皿の滑らかでさらりとした質感が手になじむ。

 皿の上には一口大のフライドチキンのようなものが山盛りに盛られている。

 湯気が立ち上り、独特な香りが鼻腔をくすぐり、唾液が出てくる。しばらく感じていなかった、食べたいという気持ちが湧き上がった。


「さぁ食べてみて! 変なものじゃないから」

 マリが満面の笑みで言う。

 得体が知れないが、不思議な香りに食欲を刺激される。

 コナーも皿を好奇心に満ちた目で眺めていて、オーウェンの方を見て頷いた。

 フライに刺さった皿と同じ素材のピックで持ち上げ、コナーと同時に口に放り込む。

「熱っ!」

 火傷しそうなほどの熱が口の中を襲う。

 マリが「ヒヒヒ!」といたずらっ子のような笑い声を上げた。


 熱も収まり、フライを噛めばカリッと衣が音を立て、ほろりと肉が崩れる。口いっぱいに広がる深いコク。柔らかくほどけた肉は喉をするりと通過していく。

 化物の肉とも人口食料とも違う、今までに食べたことのない味わいにオーウェンは眉を上げ、ほおを紅潮させていた。もう一つ、とピックで刺して次々と口へ運ぶ。

「コナー。美味いなこれ」

「! ああ、美味いな」

 コナーは信じられないといった顔で唐揚げと呼ばれたものを頬張っていた。

「良い反応~美味しいでしょ!」

 マリは腕を組み、頷きながら言った。少し腹立つ顔をしている。

「美味い。こんなの初めてだ。何なんだこれは」

 オーウェンは彼女に問いかける。コナーも続けて言った。

「ああ。こんなに柔らかい肉は久々だ! 何の肉なんだ?」

「フフフ。教えてしんぜよう」

 したり顔で言うマリ。

「これは化物の唐揚げだよ」

「「えっ」」

 オーウェンとコナーが同時に声をあげる。化物の肉は固く、味も悪い。オーウェンの食べた肉は柔らかく味もついていて美味しい。


「この村はね、化物の肉を美味しく食べる技術が発展してるの。すごいでしょう」

 満足げに笑うマリ。コナーがマリに迫る。

「すごいよ! どうやったらこんなに柔らかく美味しくなるんだ!」

「塩漬けにして熟成させているんだ」

「それだけで?」

 コナーが唖然とする。あまりにも簡単な方法にオーウェンも驚く。しかし、マリは首を横に振った。

「簡単そうだけどすぐに食べれるわけじゃないよ。塩漬けにして最低一年寝かせるんだって。長く熟成したものは高値で取引されてるって噂らしいよ~」

「じゃあ味はどうなんだ? 塩じゃないだろうし、肉とも違う味がする」

 コナーが真剣な顔で聞く。言い終わった後に唐揚げをもう一つ口に入れた。


「これはね、醤油! 魚型の化物を切って塩につけて発酵させるの」

「ナンプラーか! 魚型で作れるのか……⁈」

 唐揚げを飲み込んだコナーが感動と驚きの混じった声をあげた。戸惑っているように見え、脳の処理が追い付いていないようだ。

「そう! 5年かけて作るんだって」

「5年も……!」

 化物から作られる醤油は大豆から作られた物とも、ナンプラーとも似ているが、少し違う味わいらしい。しかし便宜上醤油と呼んでいるようだった。


 店主が口を開く。

「作り始めた時は大変だったね……何年かかるか分からないし、うまく出来るかも分からない。大事な食料をうまくいくか分からないことに使うなんて、って言う人もいたよ。あの時はだいぶ揉めたね」

 店主が遠くを見てしみじみといった。

 すさまじい執念だ。しかし、その執念のお陰で唐揚げを食べることができている。オーウェンはもう一つ、また一つと唐揚げを口にする。

「まぁそんな感じで作られてるんだ。長い歳月をかけて美味しくしてるってわけ」

「なるほどな。じゃあ油はどこから来てるんだ」

 コナーがマリに聞く。ふふん、とマリは再び満足げな顔をして説明した。

「油は化物の肉をひたすら焼いて、そこからでた油を集めるの。ラードってやつね。たくさんの化物の肉を焼いてるらしいよ」

「力業!」

 コナーが叫んだ。「これは焼くだけだからすぐ出来るね」とマリが言う。

 鍋を見る。鉄の鍋になみなみと油が注がれていて、衣をまぶした唐揚げがパチパチと音を立て浮いている。

「一体どれだけの量を焼いたんだ……」

 オーウェンの独り言をマリは拾う。

「どれだけだろうね。ここから離れた場所に農場があってね、そこで油を作ったり芋から片栗粉を作ったりしてるんだ。醤油もね」

 マリによると農場では芋の栽培や加工が行われている。そこには兵士がいて、狩りに出たり、襲ってきた化物を倒し、油や肉の加工をしているようだ。

 その作業で人の雇用が生まれ、この周辺の村は回っているらしい。

 食料に困らない上に雇用が生まれ、その仕事で得た金で日々の生活が回っていく。仕事にありつけず、食料の配給を待つだけではない。

「すごいな……うまく循環してる。下手したら都市よりも良いかもしれない」

 中央都市の中心部から遠い地区では、毎日の食事にありつくのにも苦労する。人口が多くて人工食料の生産が追い付かず、遠い地区は届く数が最低限だ。軍によって守られ安全性はあっても生活の質も良いとは限らない。

 考え込み顎をさわるコナーの皿は空になっていた。オーウェンの皿も空だった。気づいたら無くなっていたことに自分で驚く。

「話してたら暗くなってきたね。今日は帰ろっか。また明日も案内するよ」

 マリが空を見上げている。空に星が見え始めていた。

 マリは店主に「おばちゃん、またね」と手を振り、来た道を戻っていく。途中で兵士らしき人とすれ違った。この村に駐在する兵士らしい。


 マリの家に戻り、空き部屋に案内された。ものが散らばり少し埃っぽい。

 銃のメンテナンスをする。それが終わるとコナーが話しかけてきた。

「ここはすごいな。まさか化物の肉があんなに美味いなんて」

 コナーは嬉しそうな口調で今日の感想を述べる。それにはオーウェンも同意見だった。

 食事は大事だとコナーが言っていたが本当のような気がした。オーウェンの中に少しだけ、明日に期待をしている自分がいたから。

「本当に見つかるとはな」

「旅に出て良かっただろ?」

 コナーがニコッと笑っていた。

 オーウェンはそのまま何も言わず眠りについた。

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