第5話 少女と日本

 翌朝、二人は朝食として変わらず不味い肉を食べ、出発した。

 車に乗って道無き道を進んでいく。周りには残骸すらも無く、ただ地面が広がっているだけだった。整地されていない地面で車は揺れる。

 オーウェンは代わり映えしない景色を眺めていたが、遠くに人影を見つけた。

 誰かが走っている。違う。追われている。

「コナー! 向こうに行ってくれ。誰かが化物に追われてる!」

 その方向を指差す。

「わかった!」

 コナーがハンドルを切り、方向を変える。

「急げ!」

 コナーを急かす。二メートル程のウサギに似た化物が逃げる人物に迫っていた。

「分かってる! 焦るな!」


 追われている人物は百六十センチぐらいだろうか。旅人のような姿をしていた。頭に布を巻き、ポンチョを着ている。走る動きでポンチョが捲れ、細身の体に不釣り合いな程大きなリュックを背負っているのが見えた。


 化物がオーウェンの銃の射程圏内に入る。旅人に化物が追いつく寸前だった。

 一発銃を撃つ。化物の顔らしき所に当たり、動きを止めることができた。旅人がこちらを見た。

「助けに来た! 化物は俺に任せろ」

 オーウェンが叫ぶ。旅人が車に向かって走り出した。

「あの人を頼む。化物から離れた所で拾え」

「あっおい!」

 オーウェンは車から飛び降りた。再び動き出した化物の気をそらすため引き金を引く。銃声が響き化物の腕が吹き飛んだ。残った脚でオーウェンに向かって来る。飛びかかるその瞬間、残りの銃弾を胴体に撃ち込んだ。

 化物は倒れ、ピクリとも動かない。


 車がオーウェンの側に来て止まった。

「助けてくれてありがとう!」

 はきはきと明るい声がオーウェンの耳に響く。助手席から身を乗り出した旅人が言ったようだ。

 高く、良く響く声。その人物は頭に巻いた布を外した。ぱっちりとしたつり目で細めの眉、黒い髪の毛先がはねたショートヘアーの少女だった。

髪は無造作ながらも少女の活発な印象によく似合っている。

「別に、大したことじゃない」

オーウェンは素っ気なく答えるが少女は気にせず続ける。

「買い出しから村に行く途中で襲われちゃってどうしようかと思ったんだ」

「村?」

 コナーが反応する。

「この近くに村が?」

「うん」

「もしかして日本のあった場所?」

「そうかも。父さんがそんなこと言ってた」

「日本か! 行ってみたかったんだ」

「丁度良かった! だったら私が村を案内してあげる! 夜は私の家に泊まれば良いよ。助けてくれたお礼」

「それは助かる。なぁオーウェン!」

 コナーがオーウェンを見て笑顔で言った。

「勝手に進めるな」

「うちの家、工房やってるから車の修理もできるよ。助けてくれたし、泊まるのも修理もただで良いよぉ」

 少女はにやっとした顔で言う。

「む……」

 長旅で車は汚れていたし、あちこちガタが来ていた。ただで修理と宿が手に入るのは好条件だった。

「決まりだな」

 黙ってしまったオーウェンを見てコナーが言う。

「やったー」

「勝手に決めるな!」

 少女もコナーもオーウェンのことを気にする様子もなく続ける。

「そういや名乗ってなかったな。俺はコナー。よろしく」

「私は麻里。マリだよ。よろしくね」

 コナーが手を差し出し、マリがその手を握る。二人はオーウェンを見る。

「オーウェン……」

 名前だけ名乗った。マリが「オーウェンね。よろしく」とニコニコしながら手をオーウェンへ向ける。オーウェンは人と関わりたくないからと、その手を無視し後部座席へ座った。

 マリはキョトンとした顔でコナーを見た。

「オーウェンはぶっきらぼうだが根は良い奴なんだ。気にしないでくれ」

「そっか。あっ、先に私の家に行って車を止めた方がいいよ。村は車じゃ入れないから」

「そうなのか? じゃあ道を教えてくれ」


 マリの案内で彼女の家へ向かう。この間にもコナーのコミュニケーション能力が発揮され、マリと親しく会話をしていた。

「村ってどんな所なんだ?」

「フフッ、それは行ってからのお楽しみ~」

 だの、

「都市から来たの? すごーい! 車って初めて見た。二人はなんで旅をしてるの?」

「希望を探してる。こんな世界を面白くする何かがあればなぁ、って」

「それは見つかった?」

「いいや、どこにも無かったよ」

「そっかぁ。私たちの村が希望になるなら嬉しいな~」

 他にもマリは十六歳で父親の工房の手伝いをしている、など和気あいあいと話していた。途中マリはオーウェンの方を向き、目が合うと笑った。


 マリの家は数十分車を走らせた場所にあった。周りに何もない場所に建つ、しっかりとした作りの平屋だ。シャッターが開いていてガレージのようなスペースが見える。そこに車を止めた。

「父さんを呼んで来るね」

 マリは勢いよく車から降りて奥へ消えていった。

 オーウェンとコナーも車から降りる。薄汚れた壁の側には金属の板や木材、工具が散らばっている。少し足を動かせば靴に小さな衝撃が伝わる。オーウェンが足下を見ると八十センチ程の大きな黒いパーツのようなものが落ちていた。

「父さん、この人達が私を助けてくれたの」

マリは体格のしっかりした、日に焼けた肌を持つ男と戻ってきた。マリはポンチョを脱ぎシャツに半ズボン、リュックの代わりに肩掛けの鞄を持っていた。

 父と呼ばれたその男は、四十代後半で白髪混じりの短髪、着古されたつなぎを着ていた。

「マリの父のリョウジです。マリを助けていただいてありがとうございます」

 リョウジは深々と頭を下げた。

「妻だけじゃなく、この子まで失ったらと思うと……あなた方には感謝してもしきれない。好きなだけここにいてくれ!」

 頭を上げたリョウジの顔はマリとよく似た底抜けに明るい笑顔をしていた。

「ありがとうございます。俺はコナーで、こっちは……」

「オーウェン……」

「さあマリ! この命の恩人を村に案内してこい! コイツでしっかりもてなすんだぞ」

 リョウジはマリにお金を渡した。

「まかせて! しっかり案内してくるよ!」

 マリが胸を張って答える。

「仲の良い親子だな」

 コナーがほのぼのと言った。その通りだ、二人とも強引そうでよく似ている、とオーウェンは思っていた。

「さ、村に行こう!」

「オイ、押すな」

「リョウジさん、車お願いしますね」

 マリは二人の背中を押して外に連れ出した。


 数分程歩くと背の低い建物が集まっているのが見えた。それがマリの言う村だった。

 村に近づくにつれ何やら良い香りが漂い始めた。奇妙な香り、焦げたような匂いだが嫌な感じはしない。むしろ香ばしい、食欲を刺激するような香り。今までに嗅いだことの無い香りに、オーウェンは思わず目を見開く。

 コナーと顔を合わせる。コナーも目を丸くしていた。しかしすぐに歯を見せて笑った。

「面白くなってきたな」

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