第3話 コナー
コナーがオーウェンと初めて出会ったのは十八歳の頃、死体安置所で冷たくなった大切な人と対面しているときだった。
安置所のひんやりとした空気に悲しみが一層募る。
「俺も祈っていいか?」
声のする方を見ると隣に大柄な男が立っていた。年は同じくらいだろうか。無愛想な表情に低く落ち着いた声。服の上からでも鍛え上げられた肉体だとわかる。
「いいけど、この人の知り合いか?」
「いや、知らない。けど安らかに眠れるように」
彼は優しい表情をしていた。知らない人の為に祈るなんて、優しいやつだとコナーは思った。その男は少しの間祈り、すぐ誰かに呼ばれて行ってしまった。
その二年後に再会し、よく話すようになった。初めて会った時と変わらず優しいままで、守りたいものを守れるようにストイックに訓練をしている姿は質実剛健という言葉が似あっていた。
コナーは昔のことを思い出しながら廊下を歩く。目当てのドアの前につき、扉を数回ノックした。
「入り給え」
コナーは中に足を踏み入れる。
「失礼します」
「コナーか。珍しいな、何の用だ」
珍しいのも当然だった。コナーの目の前にいる相手はオーウェンの上官。コナーとは部署が違う人物なので関わる機会は少ない。
笑みを浮かべたままコナーは言う。
「俺、ここを辞めて旅に出ようと思います。すでに俺の上司には許可をもらっています」
「なんでまた旅に?」
「この世界に何か、人類の希望というのが残されていないか自分の手で探しに行きたいと思います」
「希望、か……それでわざわざ報告に来たのか? お前の上司が許可を出したなら私の許可はいらんだろう」
その通りだった。しかし、それはコナーが一人で旅に出る場合の話だ。
旅に出たい理由も本心ではあるが、それだけのためではなかった。本題を口にする。
「オーウェン」
オーウェンの名を出せば上官の顔が険しくなる。
「オーウェンを連れていく許可をください。旅には危険がつきものですからボディーガードが必要です」
「なぜオーウェンだ。うちのエースだぞ。そう簡単にはやめさせられん」
「今のオーウェンを見てもそう言えますか。任務に出るたびやつれて帰ってきて、戦闘中も単独行動が増えていると聞きました。無茶をしてケガも増えてる」
コナーの声には真剣さが宿っていた。
オーウェンの仲間からオーウェンが一人で化物を倒すようになったという話を聞いた。鬼気迫る様子で復讐心に駆られているようだと、話をしてくれた人は言っていた。
様子が変わったのは戦闘の時だけではなかった。
任務がなく軍にいるとき、人と話さなくなり一人で過ごしている。コナーとも目を合わせなくなった。話しかけても一言しか話さない。
「いくらオーウェンが強いからといって、あんな状態で戦い続けたらどうなるかわかるでしょう。周りを危険にさらすことになる」
コミュニケーションが取れない勝手な単独行動は、いつか大きな損害を引き起こすかもしれない。それが起きなくてもその前にオーウェンが壊れてしまう。
「……」
上官の眉間にしわが寄る。
「優秀な兵士だったんだがな……真面目過ぎたか」
上官は紙を取り出し、ペンを走らせた。書き終わり、その紙をコナーに手渡す。オーウェンの退役の書類だった。
「ありがとうございます」
「お前がここまでするなんてな。地位を捨ててまで」
「それぐらい大事な奴なんですよ。……俺の大事な人はみんな先に逝ってしまった。オーウェンにまでそうなって欲しくない」
オーウェンの強く、真面目で優しく誠実な所が好きだった。不愛想だがケヴィンや出身地の話になると優しい顔をする。裏表のないやつだから気を遣わずにいられた。そんなオーウェンの苦しそうな顔を見せられて放っておけるはずがなかった。
「車も持っていけ。オーウェンを頼む」
コナーはもう一度礼を言い上官の部屋を出た。
廊下でオーウェンを見つけた。少しうつむきがちにコナーの前を歩いている。
「オーウェン、俺は旅に出る」
「そうか」
オーウェンは止まりもせずに歩き続ける。
「お前も来てくれ」
「一人でいけばいい」
「旅のボディーガードが欲しいんだ。俺は襲われたらなす術もない」
オーウェンが立ち止まり、振り向いた。普段よりも一層顔が険しく、暗く、鋭い目をしている。話し出す様子はない。
「それに、もうお前はここにいる必要もない」
コナーは紙切れを見せつける。オーウェンの退役が記された紙だった。
「何で勝手に!」
オーウェンの声が荒くなり、勢いよくコナーに迫って胸ぐらをつかんだ。コナーの体がぐっ、とオーウェンに引き寄せられる。
「俺は戦えない! いいのか俺が死んでも!」
「ぐっ……」
オーウェンの顔がゆがむ。このまま押し切れる。
無理やりにでも死と隣り合わせの軍から離れた方がいい。
「明日出発するから迎えに行く。準備しておけ」
考える間を与えずにコナーは押し切った。
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