第2話 四十七地区
四十七地区は変わらずボロボロの建物が隙間無く建てられていて、廃材やごみにあふれている。中心から離れるにつれ環境は悪くなっていくからだ。
それでもオーウェンにとって落ち着く場所だ。
通りなれた細い路地を通り、廃材の木で造られた小さな家に着いた。
「ケヴィン、俺だ」
声をかけるとドタドタと音が聞こえ、勢いよくドアが開いた。
「オーウェン兄ちゃん! おかえり!」
茶色の髪をした少年が飛び出し、オーウェンの腰にしがみついた。彼の服装はボロボロのシャツと膝に穴の開いたジーンズ、もともと白かった靴は汚れて灰色になってしまっている。
「ただいま。ケヴィン」
ケヴィンを受け止めながら、元気そうで良かったと安心する。彼の母親も出てきた。
「これ、食べてください」
食料の入った袋を母親に渡す。
「こんなに……いつもありがとうね」
ケヴィンが母親と一緒に袋の中身を覗いた。
「ありがとう兄ちゃん! また特別報酬もらったんだね!」
「あぁ」
「話聞かせて!」
オーウェンの周りを飛び跳ねるケヴィンに笑みがこぼれる。
「少し出かけてきます」
「ええ、ケヴィン、遅くなるまでに帰ってくるのよ!」
「はーい!」
二人は座れそうな瓦礫に腰掛け、オーウェンはケヴィンに犬型化物との戦闘のことを話す。
「犬みたいな姿で、このくらいの大きさだった。そいつの足を撃ってやったんだ」
大きく手を広げ、銃を撃つ仕草をする。ケヴィンは目を輝かせてオーウェンの話に聞き入る。
仲間を助けたこと、噛みつかれそうになったこと、ナイフで倒したこと。
「オーウェン兄ちゃんはすごいや! 僕も大きくなったら軍に入りたい!」
屈託の無い笑顔を向けられ、むず痒さを覚えながらケヴィンの頭を撫でてやった。
オーウェンが軍に入隊を決めたのも、強くなってケヴィンもこの町も守りたいという思いがあったからだった。
守ると決めた。守りたくて軍に入ったのだ。
ケヴィンに会った翌日。
「別の場所で魚に似た化物が目撃されたらしいんだ」
「陸上生物だけじゃないのか」
コナーが手に入れた情報を教えてくれる。オーウェンが今まで見た化物は陸上生物を模した物ばかりだったので驚きだった。
「この辺では見たことないな。場所によるのか?」
「そうかもな。だとしたら興味深い話だ。で、味なんだけど、やっぱり肉が硬くて食えたもんじゃないらしい。でも何か違う点があるんじゃないかと思うんだ。ここにあれば自分で研究できるのに!」
コナーが悔しそうな顔をする。
コナーと話しているとサイレンが鳴り響いた。化物が出たことを知らせるサイレンだ。
気持ちが切り替わる。
「行ってくる」
「あぁ、気を付けて」
コナーに見送られてオーウェンは廊下を駆けていった。
その化物が出たのは四十七地区だった。つまり、ケヴィンのいる地区。それゆえにオーウェンの気合いはいつもより充分だった。
トムが声をかけた。
「気合いが入っているな。恋人でもいるのか?」
「恋人じゃない。家族みたいなものだ」
体長五メートルのムカデのような見た目で、何本もある足がうごめいている。動きが早く厄介だ。
オーウェンはヒップホルスターからリボルバーを抜き、その銃口を目の前に迫るムカデ型化物へ向けた。化け物は硬い殻で覆われているが、殻には動くための隙間が開いている。
「足を落とせ!」
仲間の声にオーウェンは引き金を引いた。バンッと音が鳴りムカデの足に命中し、ムカデの足が弾け飛ぶ。ムカデがこっちへ向かってくる。続けて残りの5発も撃つ。全ての弾丸がムカデの細い足を吹き飛ばす。仲間の銃も命中し、ほぼ脚はなくなっていた。
化物は足がなくなりバランスが崩れた。 ズン、と重い音を立てムカデは地面へ崩れ落ちる。
脚を失ったムカデは長い胴体を振り回し暴れはじめた。その胴がオーウェンのもとへと向かう。
素早く身を引きかわす。後退しながらリボルバーをリロードする。その間、仲間が銃を撃ち続ける。暴れて体力がなくなってきたのかムカデの動きが鈍くなる。そのすきに一斉に射撃してとどめを刺した。
暴れたのが厄介だったが、思ったよりもあっさりと倒すことが出来て安堵する。
戦いが終わり、集まっていた仲間のもとへ行こうとした。急に体がぐらつく。足にけがは負っていないはずだ。
地面が揺れていた。「何だあれは」と誰かが言う。仲間の指が示す方向を見れば、地平線の向こうから土煙を上げて何かが来ていた。
数えきれないほどの化物の大群。一メートル弱のサイズしかないが、地面を覆い尽くす程に数が多い。地区を通るだけで壊滅させられるほどに。どんどん迫ってきて、地面が弱く揺れ続ける。
その場にいた誰もが呆然と立ち尽くし、言葉を失った。
オーウェンの血の気が引いていく。必死に身体を動かそうとするが動かない。
守るのが仕事だろ? そんなことでどうする。守るんだろ? 守りたいんだろ?
自分に言い聞かせようとした。
しかし、隊長の震えた声がオーウェンの奮起を打ち消した。
「てっ……撤退だ。すぐに逃げろ! 軍に報告。対策を取る!」
その言葉に足元がぐらついたが踏ん張った。隊長に向かって叫ぶ。
「この地区を見捨てるのか! すぐに住民の避難を!」
「馬鹿か! あの大群じゃ勝ち目がない。あの速度じゃ避難も間に合わない……被害を最小限にするため早く対策を取らなきゃならん! 中心部に攻め込まれたらどうなるかわかるだろう!」
オーウェンは唇を噛んだ。そう言っている間にも化物は迫っている。仲間に服を捕まれ連れ去られるように撤退を余儀なくされた。
その後、隊長から話を聞いた軍は戦力を固め、化物の大群を殲滅することに成功した。小さな地区をいくつか犠牲にして。そのうちの一つが四十七地区だった。
オーウェンは一人で戦いの終わった故郷へ来ていた。
親しんだその場所は化物に踏み荒らされ、跡形もなくなっていた。小屋で隙間なく埋め尽くされて視界の悪かった街が、今は視界が開けて遠くまで見渡せるようになってしまった。目の前に広がるのは残骸と、あちこちに飛び散った血の跡だった。歩みを進めるも地面に散らばる小屋の残骸で歩きづらい。
ケヴィンの家があった場所についた。やはりここも倒壊していて、他と同じ状況だ。
壊れた残骸から赤い手が覗いている。ケヴィンと同じぐらいの手。瓦礫を押しのけ、腕をつかんだ。
腕はするりと抜け落ち、その先にあるはずの体はなかった。
すべての瓦礫をどける。赤いシミと、肉片、ケヴィンの履いていた靴が落ちていた。
「あ……ああ……」
言葉が出ず、心臓が痛む。
『報告書 第四十七地区
地区の状況:壊滅
生存者:無し』
報告書通りの惨状だった。
故郷も、ケヴィンも、いなくなってしまった。
守りたかったのに守れなかった。それなのに自分は生き残った。オーウェンの心に穴が空き、そこに深い後悔が押し寄せる。
苦しくて右手で左胸の辺りを思わず掴む。服の中に固い感触がある。ドッグタグと十字架のネックレス。
軍に入隊した理由が消えてしまった。
「あ……あああ!」
足に力が入らず崩れ落ちる。胸が痛む。ケヴィンは死んだ。慟哭と共に十字架を握りしめた。
絶望の中、オーウェンは故郷だった土地を後にし軍に戻った。
同僚たちは「あの大群では何もできなかった」と戻ったオーウェンを慰めた。
あの大群に打つ手がなかったのは事実で、小さな地区を見捨てて大勢の人を救うということもよく聞く話だった。
一区の工場を守らなければ食料がなくなり、生き残っても飢え死にする。わかっていたつもりだったのに、オーウェンの顔はゆがむ。自分の都合なんて持ち込むべきではないのに。よくある話でも、自分の知る場所がその対象になったとき、平静を保つことはできなかった。
この結果に悔しさが残る。
どうして自分だけ生きているんだ。
一番に守りたかった物が失われた。守れなかった、救えなかった、何もできなかった自分に胸が締め付けられ、目の前がかすむ。
「オーウェン!」
コナーが立っていた。彼は駆け寄りオーウェンを抱きしめた。
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