十字架と化物グルメ
namu
第1話 オーウェン
一発の銃声が土埃の舞う大地に響く。
銃弾の向かった先は黒い一・五メートル程の犬。その表面にはウロコがびっちりとついていてツヤツヤと不気味な光を反射している。
大口径リボルバーを打った人物は彫りの深い顔で、顎に髭を生やした青年、オーウェン。肩に着きそうな薄い金色のオールバックが風に揺れる。体格がよく、背は百八五センチはある。モスグリーンの軍服のコートが風でなびき、彼の青い目はまっすぐ、自分に向かってくる犬たちを見据える。
数十年前に起きた火山の噴火。それは地球全体を揺るがした。地球の大地が迫り上がり、陸地の割合が増えた。
その事象は『大変動』と呼ばれ、その後、現れたのがオーウェンの目の前数十メートルに迫った『化物』と呼ばれる奇妙な生命体だった。もともと地球にいた動物に形は似ているが、巨大で、硬く黒いウロコや殻に覆われている未知の生物だった。
噴火による大地の揺れで世界中がダメージを受けたところに化物が襲ってきて、今まで人類が築いた文明は崩壊してしまったのだ。
その中で人々は化物と戦いながら生きていた。オーウェンもその一人だ。彼は軍に所属し、化物と戦う。
今回の任務は化物が人々の暮らす地区へ侵入するのを阻止し、討伐することだ。
一・五メートル程の犬型の化物が数十匹、地区に迫っていた。
四人での任務でオーウェンと他二人が前線で戦い、隊長は後方でライフルを構えて殺しそこねた化物を撃つ配置だ。
ただ撃って殺すだけでいつもと変わりの無い作戦だった。
動きが素早いので、まず足を狙って動きを封じ、首を撃ち抜き止めを刺す。とどめを刺された化物はくぐもった鳴き声を上げて地面へ崩れ落ちる。近くの化物にも銃を撃ち、倒していく。
「ぐあっ!」
仲間のトムが化物に飛びかかられて、襲われそうになっていた。自分の足元にあった岩を投げる。化物に当たり隙ができた。その隙にトムは銃を撃ちこんだ。
「助かった! ありがとう!」
「気にするな」
オーウェンの方にも化物が飛びかかってきた。口が開いていたのでその中に弾丸をぶち込む。血をまき散らしながら地面に落ちていった。
一旦距離を取りたかったが、続けて素早い個体が向かってきた。後ろ足に弾を当てる。後ろ足が吹き飛び、後ろの方へ流れていった。
化物はそれでも怯まず、三本の足で飛んだ。
オーウェンの目の前に開かれた口が迫る。それを銃に噛ませて止める。しかし、勢いで押し倒された。化物の噛む力が強く、押しとどめる右手は震えだす。空いていた左手で腰に付けていたナイフを抜き、勢いよく化物の首を刺した。
他の化物は仲間達が倒してくれていたようで、オーウェンが倒したのが最後の一匹だった。
「すごい度胸だな」
「これで終わりですか」
「そうだな。他にはいない」
隊長が終わりを告げる。
オーウェン達は車で都市の軍施設に戻る。車には屋根がなく殺風景な景色が見渡せる。
世界崩壊後、人類は文明を立て直そうとした。そして作られた街が『都市』だ。大変動が起こる前の建物や技術、施設が残っている土地に作られた街だった。工場があり、残った文明を駆使し、水や食料を生産している。
物資も残っていて武器や車もあり、化物対策ができる場所だ。
その中でも『中央都市』と呼ばれる、世界で一番大きな街がある。中心部の軍事基地には武器や工場が充実していて、たくさんの地区に分かれ、多くの人が暮らしている。ここで作られたものは他の場所にも運ばれ、この世界の中心と言っていい場所だった。
中央都市では都市全体の真ん中にある軍施設のある地区を一区と呼ぶ。
その一区を中心にし、円状に広がる形で小さな住居区がいくつも点在している。地区同士は距離があり、中央都市には五十程の地区が存在した。
オーウェンの育った町は四十七地区と呼ばれる場所だった。
中心から離れるにつれ数字が大きくなり、中央からの管理や物資が少なくなっていき、貧しい環境になっていく。
オーウェンは外を眺める。遠くにみえる地区が、一区に近づくにつれ整った建物へ変わっていく。
次第に大きな建物が見えてきた。軍施設だ。軍施設は残った文明を総動員して作られた、世界で一番大きい建物だ。
食堂で仲間と食事をとる。食堂と言っても提供されるのは人口食料だ。
大変動によって家畜は死に絶えた。
大変動の起こった当初は変動前のレトルト食品等で命を繋いでいた。
しかし、供給もなく有限である食料が底をつくのは時間の問題だった。そこで、わずかに残った文明を使い、人工食料の工場をなんとか作り上げた。
急拵えで作られたものだったが、命を繋ぐには充分だった。
食用の植物類もほぼ無くなった。わずかに残った作物の種もあったが、大変動により土質が変化したのか、うまく育ったのは芋ぐらいだった。
生き残った全員分を賄うのは難しく、化物に襲われて水の泡になることも多い。
そう言った理由から、作物は栽培数が少なく、一部の人間しかありつけない。大変動を生き残った人々には人工食料が主な食べ物だ。
ただ人口食料には欠点があった。
「不味いな」
「ああ、まったくだ」
仲間たちが不満を述べる。栄養重視で薄味、どろどろのそれはお世辞にも美味しいとは言えない。
技術は化物対策に優先されるので、人工食料の味の向上は後回しにされ続けている。
美味しくないと思っているのはオーウェンも例外ではない。
しかし、オーウェンにとってはここで食べられるものはだいぶマシだった。
オーウェンの育った四十七地区は軍のある中心部から最も離れた端にある。中央から離れるほど物資の数は少なく、食料の質も落ちる。
四十七地区に届く食料は人口食料の缶詰ではなく、化物の肉を加工した缶詰だった。
化物の肉は牛や豚の肉に近いが、とても固く、筋が多い。おまけに味は臭みがあり、美味しいとは言えない代物だった。
肉らしい旨味は薄く、それよりも癖が強く、食べづらさの方が勝り味を楽しむ余裕はない。
ぐにぐにと味気の無い肉を何とか咀嚼し、飲み込まなければならない。その後も口の中に後味の悪さが残る。
その点、人口食料は味気ないものの、容易に咀嚼し、飲み込むことができる。
それに不満を言うのは贅沢だ。
「オーウェン」
もくもくと食料を口に運ぶオーウェンの名が呼ばれた。振り返ると隊長が立っていた。
「オーウェン、話があるから後で部屋に来るように」
とだけ言い残し去っていった。
「今月も優秀者はオーウェンか~」
同じ隊のビリーがおどけた調子で言う。
「まだそうと決まったわけじゃないだろ」
「今月の撃破数トップの報酬、そして先ほどの同僚を助けた特別報酬だ」
隊長の部屋に行くと上官もいた。彼らは称賛の言葉と共に、机の上に缶詰を並べた。
ビリーのいう通りだった。戦績のいいものには、こうして特別報酬が与えられる。最近はオーウェンが貰い続けている。
仲間を助けることはオーウェンにとって当然のことだが、報酬を貰えることは嬉しかった。味の良いものが貰えるからだ。
自室へ向かうオーウェンに、すれ違う同僚達が次々と声をかけてくる。
「やっぱり特別報酬じゃないか。さすがだな」
ビリーがやっぱりな、という顔でオーウェンの肩に腕を回す。
「大したことじゃない」
続いてトムがやって来た。
「俺を助けたときの報酬か? あのときは助かったよ、ありがとな」
「無事で良かった。気にするな」
別の隊までやってくる。
「今度稽古してくれ」
「わかった。訓練室予約しておいてくれ」
「よぉオーウェン、今度出かけないか」
「ああ」
次々と投げかけられる言葉に軽く返しながら進む。オーウェンの耳に聞きなれた声がした。
「オーウェン! 良いの持ってるな。一つ俺にくれよ」
明るい調子に少し低い声。コナーだ。
白いシャツを着ていて、無精髭を生やした垂れ眉の優しげな東アジア系の青年。長い黒髪を後ろでくくっている、一七八センチの骨格のしっかりした細身の男。いつもニコニコと笑っている明るい人物だ。
オーウェンよりも一つ下の二十四歳だが、オーウェンが一七で軍に入隊するより前からコナーは学者として軍で働いている。残された文献を読み、化物の生態や対抗策を探っている。
彼は軍に来る前は旅をしていて、知識が豊富な優秀な人材と言われているらしい。
地位も高いはずだが、誰とでも分け隔てなく接し、部署の違うオーウェンにも話しかけてくる。
歳が近いからというのもあったが、コナーは相手によって態度を変えず、落ち着いていて話しやすいので居心地が良い。化物の研究の結果などを教えてくれて話の内容も興味深かった。
オーウェンにとってコナーは唯一の親友と言える存在だった。しかし、そんな彼にも食料をあげるわけにはいかない。
「貴重な品だぞ。誰がやるか」
「分かってるよ。ケヴィンにあげるんだろ?」
「ああ」
オーウェンが四十七地区に住んでいたとき、小さいころから世話をして親しくしていた子供がいた。それがケヴィンだ。軍に行ってからも帰る度に会っていて、オーウェンによく懐いていた。彼は今十二歳で今でも交流がある。
「これから行くんだろ。気をつけてな」
コナーが優しく笑った。
「ん、ありがとう」
コナーが手を振って見送ってくれた。
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