第15話「初めての授業の終わり」

 鐘が鳴って授業時間が終わった。

 今日はこんなところかな。


 ローズほどじゃないけど、磨けば将来が楽しみになる素材はけっこういる。

 さすがプリシラと言うべきか。


 いや、組織関連をただひとりの手柄で片づけるのはよくないな。

 協力している職員たちも優秀なんだろうし。

 

「終わったー。ルネス先生やばくない?」


「見ただけでなおすところってわかるものなの!?」


「それもなおしたとたん、実感できるレベルでよくなるなんてすごすぎじゃない?」


 女子生徒は口々に言いながら、俺を包囲する。

 みんな好意半分、好奇心半分という表情だ。


「先生はどこから来たんですか?」


「ローズたちと同じ村って本当?」


「ねーねー、何歳?」


「彼女いる? いないなら立候補してもいい?」


 みんなきゃっきゃっと聞いてくる。

 ……あー、この流れは正直まったく予想していなかった。


 愛玩動物っぽい扱いだな、これ。 

 最初に指導者として力量を見せておけば、こうならないと思っていたのに。


 質問に真面目に答えてると、


「きりっとした顔もかわいい♡」


 なんて言われて抱きしめられる。


「ちょっ」


 やわらかくていい匂いがするのは女子特有のものだろう。

 頬ずりされる。


「こうしてみるとまだまだ子どもって感じだね」


 きゃっきゃっと女子たちが話題で盛り上がっていた。

 ……どうしよう、これ?


 本気でやれば抵抗はできるんだけど、大人げないだろう。

 ……本当にどうすればいいんだ、これ?


「お前たち、何をしている!」


 クラリスが戻ってきて一喝すると、女子生徒たちは「きゃー」なんて言いながら散っていった。

 

「まったく、あいつら」


 クラリスは舌打ちをすると、こっちを見る。


「先生もしっかり注意してくださいね。教育の一環ですよ?」


 彼女の言葉遣いこそていねいだが、「できないとは言わせないぞ」というプレッシャーが含まれていた。

 

「気をつけます」


 と言ったもののどうするか。

 この肉体年齢で威厳なんて出ないしなあ。


 生徒たちとは途中で別れて、クラリス教官と二人で歩く。


「あの男の子、誰?」


「通達あったじゃない。プリシラ様がひと目で採用したっていう、男の子」


 見かける女子生徒たちが俺を見て、ひそひそと話している。

 常人には聞き取れない、配慮した声量なので注意もできない。


「たしかにただものじゃない感じはする」


「そう? あたしにはわかんないや」


「魔力の流れがめちゃくちゃ洗練されてるよ。教官たちくらい」


 なんて言われている。

 レベルの高い子たちが多いが、やっぱり力の差はあるようだ。

 

 それとも他人の力量を推し量る訓練はやっていないのかな?

 建物の中に入って生徒たちの目が切れたとたん、


「ルネス先生は本職は魔法使いなのですよね? 剣も相当な使い手なのですね。師匠についてうかがっても?」


 とクラリスがやや早口で問いかけてきた。


「ええっと」


 俺が剣を学んだ人はとっくに寿命で死んでいる。

 やんわりと伝えると、


「失礼しました」


 クラリスは詫びた。

 

「いえ、平気です。整理はついてますから」


 何しろ1500年は前の話である。

 

「それに俺は免許皆伝は持ってないんですよ」


「えっ、そうなのですね?」


 クラリスは意外だと目を見開く。

 これはウソじゃない。

 

 優れた呪文を唱えるヒマもなく、優れた剣士に瞬殺される事態にならないよう、剣の腕を磨きたかっただけだ。


 もっとも、免許皆伝をとれるだけの才能がなかったのも事実である。


「クラリス先生の流派はおそらく独妙剣ですよね」

 

 せっかくだから聞いてみた。


「ええ、さすがご存じですね」


 クラリスはにこやかになる。

 独妙剣は臨機応変と攻守のバランスを売りにした流派だ。


 使い手の力量と判断力が生命線を握る。

 

「ローズはおそらく絶妙剣ですよね。特定の技を使いませんでしたが」


 とクラリスに言われたのでうなずく。


「ええ。彼女の筋肉の質的にも性格的にも先手必勝の流派が合っていると思うので」


 俺は絶妙剣の技を全部使えないし、この時代の達人に一度あずけたほうがいい気もしている。


「たしかに。同感です」


 クラリスも納得した。


 ローズはこの人に一度勝ったらしいけど、この人が独妙剣の技を使っていれば、勝敗はわからなかったと思うぞ?


「絶妙剣の達人に知り合いはいらっしゃいますか?」


 と聞いてみる。


「ええ。交友はありますよ。そのうち紹介します」 

 

 とクラリスは引き受けてくれた。

 まあ、達人なら忙しいだろうし、学生の指導なんて簡単にできるはずもない。


 前世の俺だって基本は断ってたからなあ。

 職員室に戻るとマリオンが笑顔で迎えてくれた。


「初めての授業はいかがでした?」


「楽しかったです。いい素材が揃ってますね」


 素直に言うとみんなうれしそうに笑う。


「そうでしょう? 責任重大だなーって思うんですよね」


 とマリオンが代表するように言った。

 彼女の気持ちは理解できる。


 俺がちょっと指摘した子たちはみんな飲み込みが早かった。

 すぐにでも反映されるなら、教えていて楽しいかもしれない。


「ルネス先生はすごかったよ。ひと目見て、生徒たちの動きを矯正してたもの。しかもどれも的確で、私も生徒たちもみんなびっくり」


 とクラリスが大きな声で自慢するみたいに話す。

 えっ、今言わなくてもいいやつじゃないか?

 

「ええっ! すごーい!」


「うちの子たちってレベルが高いから、細かくまで見ないとなかなかわかんないのに!」


 教職員たちが一気に盛り上がる。

 ……特別なことはまだ何もやってないんだけどなあ。


 今日は初日だからあいさつ代わりレベルだし。


 あの素材たちの面倒を見て、磨いているなら、この学園の教師たちのレベルは低くないと思うが。


 見たのはクラリスくらいだけど、プリシラが選んだだけのことはあると感じたのに。


 指導方法が俺とは違うのかな?

 ……二時限目は休みで、その次はたしか魔法の授業でクラスは一年だったな。


「次はわたしと一緒ですね。よろしくお願いいたします」


 マリオンがニコニコして言ってくる。


「こちらこそ」


 彼女は愛想よく社交的だから話しやすい。

 それに魔力の流れがとても綺麗で、一流だということは見て取れる。

 

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