第14話「ルネスの授業開始」

 次の日の朝、あっさりと発覚した。

 寮長を務める三年生の女子に叱られはしなかったが、呆れられた。


「ずいぶんと仲良しなのね」


 という言葉を額面通りに受けないほうがいいと、女子生徒の視線が物語っていた。


「はい」


 悪びれず四人は笑顔で応えると、彼女は諦めた顔でため息をこぼす。


 朝食をすませたあと、早めに寮を出て職員室へと足を運ぶ。


「ルネス先生、おはようございます」


 見覚えのある女性が笑顔であいさつをしてくる。

 すでに十人が来ていた。


「おはようございます。今日からよろしくお願いします」


 ここの職員としては俺が一番下だし、勝手がわらないことばかりだろう。

 先輩に対して敬意を払おう。


「ええ」


 と思っていたら、なぜか困惑する教師たちがいる。

 ただあいさつをしただけで、どうしてそんな態度になるんだ?

 

「ずいぶんとていねいな方ですね」


「もっといろんな意味ですごい方かと」


「よく見たらかわいい男の子ね」


 集まってきた職員たちが向ける視線は、子どもに対するもの。

 妙な競争意識を持たれるよりはやりやすいが……。

 

 まあ、外見年齢的に弟分扱いされるのは仕方ない。

 得することもあるから、あえて是正するまでもないか。


 みんな意外と気さくで親切に、学校のことを教えてくれる。

 特に熱心なのはクラリスとマリオンのふたりだ。


「君がローズの師匠なんだってね?」


「あのサビーナさんをあそこまで育てたの?」


 どうやら二人は自分の教え子の師という点で俺が気になるらしい。


「育てたというとちょっと違うかもしれませんね」


 一応謙遜してみたが、二人とも苦笑するだけで信じてくれなかった。

 まあ、何が何でも隠したいわけじゃない。

 

「ルネス先生に関しては、ローテーションで剣、魔法、神聖魔法、魔工科の四つを順番にとプリシラ様から聞いてますけど」


 とマリオン先生が言う。


 俺がいろいろやるほうが学園全体の底上げにつながる、というプリシラの判断だ。


「ええ。とりあえず今日は剣でしょうか」


「じゃあ私となるだろうね。よろしく」


 クラリスはさわやかな笑みを浮かべて手を差し出す。


「よろしくです」


 握手をかわす……真面目に鍛錬をしてきた優秀な剣士の手だな。

 前世では国で有数の使い手がこんな感じだった。


 この時代でどれくらいのレベルなのかはわからないが……。




「では授業をはじめよう」


 とクラリスが生徒たちに呼びかける。

 闘技場に近い施設をこの学園は持っているのかと感心した。


 まあプリシラの奴なら資金を自前で用意できただろうけど。


「え、あれが少年先生?」


「かわいー♡」


「萌える♡」


 動きやすい服装に変えた二年の女子たちが、俺を見てきゃあきゃあ言っている。

 この手の人種はいつの時代にもいるんだろうか?


 今の俺は威厳とはほど遠い姿だから、舐められるよなぁ。


「貴様ら、授業中だぞ」


 クラリスは怒鳴らず、睨むだけで騒いでいた女子たちは黙る。

 なかなかの迫力で、まだ未熟な子どもたちには効果てきめんだ。


「ルネス先生も注意してくださいね」


 とクラリスにじろっと睨まれる。


「おっと、すみません」


 と首をすくめて詫びた。

 舐められたってどうってことないと思ってたのを見透かされたのかもしれない。

 

「では挽回してみましょう」


 と言って俺は魔力を練って剣をかまえて見せる。


「え、綺麗な動作」


「それに隙がない」


「魔力も体の動きもすごい滑らかで、体幹も安定してるわね」


 剣の道を選んでここに入っただけあって、何をやったのかすぐに感じ取れたらしい。

 

 俺の動きを見ての感想だからか、クラリスも注意しなかった。

 そして剣をふるう。


「え、モーションが見えない!?」


「すごい」


 生徒たちがざわめく。

 

「綺麗な太刀筋ですね」


 とクラリスが感想をつぶやく。

 

「どうも」


 と俺は答えた。

 頭は覚えているが、この体に動きを覚えさせるのには時間がかかった。

 

 正直まだ甘いところがいくつもあって、前世のときほどじゃない。

 精進していかないと前世のような動きは戻らないだろう。


 肉体のスペックに差がないのはせめてもの幸いだった。


「じゃあみんな剣をふるってくれ」


 とクラリスが指示を出す。

 次に彼女は俺を見て、


「ルネス先生はどう指導しますか?」 


 と問いかける。

 剣をふるうのは基本だけどそれだけだとなあ、と思ってしまう。


 だからローズには魔獣狩りなど、実践的な練習も積ませていたのだ。

 同じ教師なので一応共有してみる。


「なるほど、経験は大事ですね」


「クラリスさんはひたすら鍛錬させる方針なのですか?」


 俺がたずねると彼女は苦笑した。


「二年までは生徒同士の模擬戦がほとんどですね。プリシラ様の意向で、定期試験には実戦が入っているのですが、それで充分かなと」


 と話す。

 プリシラが実践をやらせないとは思えなかったので、説明に納得する。

 

 みんなの剣がふるうのを見て、順番に指導していく。


「君は剣を持つ左手の位置を変えてみよう」


 と言うと、その少女の剣の速度が上がる。


「あっ! ふりやすくなりました!」


 少女が笑顔になった。

 この子は「絶妙剣」が合ってるんだろうな、と思いつつ他の子を見る。


「重心移動がおかしいね。もう少し右足に力を入れたほうがいい」


「あ、ほんとだ!」


 この子の剣の動きも変わった。

 こっちの子は「夢想剣」のほうが向いているかな?


 ひと通り見て回ったあと、クラリス先生の隣に行く。


「剣術の流派ってどうなってるのですか? 複数の流派の動きが見られますが」


 小声で問いかける。


「流派は本人たちの希望に任せてますね。授業では基礎を磨いて、戦い方を教える程度です」


 とクラリスは答える。

 言ったら悪いが、つまらない授業だな……。


 まあ流派ごとで修業内容に差はあるのだし、教官としてはそこまで口を出せないのかもしれない。

 

 俺だってかじったレベルで全部は知らないからなぁ。

 とりあえず直した方が動きがよくなるポイントを指摘するくらいか。


 それくらいなら剣の専門家じゃない俺でもできる。

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