第13話「抜け駆け」

 俺は教師と生徒が混在で暮らす寮の一員となった。

 夕方になったが、現在誰からも話しかけられていない。


 いきなり飛び込みで教師になった俺への対応に困ってるんだろうか?


 まあ女性に囲まれてもどうしていいかわからないしなあ、とベッドの上に寝転がってみる。


 ……村のものとは比べ物にならない、上等なものだ。

 調度品も地味ではあるが割と質のいいものを揃えているようだ。


 子どもが住んでいい部屋か? と首をかしげたくなる。


 プリシラは労働環境を整えるために金を使っている口ぶりだったが、大したものじゃないか。


 子どもたちなので現段階だと大したことがないかもしれないが、ローズたちの例がある。


 どんな伸びしろのある子たちがいるか楽しみだ。

 コンコンとドアがノックされる。


「この叩き方はローズだな?」


「正解。さすがルネス、わかるんだ」

 

 合っていたらしく、ドアを開けてローズたちが入ってきた。


「相変わらずハンパない見極め力だよね」

 

 と言ったのはサビーナで、


「ハンパないと言うよりほとんど反則だと思う」


 呆れた顔をしたのはアガタだった。

 ドルシラは何も言わず、俺を見てうれしそうに微笑む。


「話題になってたよ、プリシラ様が見ただけで職員試験合格って言ったって」


 とローズが床に腰を下ろして言った。


「ルネスくんならあり得るって言っても、みんな信じてくれなかった」


 とサビーナが苦笑する。


「さすがの俺も驚いたよ」


 と言ったがこれはウソだった。

 それくらいプリシラのことは信じていたからな。

 

「椅子がひとつしかないんだよな」


 と俺は残念がるとみんなは気にするなと言う。


「来たばかりなんだから仕方ないよ」


「わたしたちはベッドに座らせてもらうね」


 サビーナとアガタはベッドに腰掛ける。

 今さら気を遣うような関係でもないしね。


 ドルシラはというと、俺の背後に回ってぎゅっと抱きしめてくる。

 やわらかくてぬくもりを感じた。

 

 どことなく清涼な香りもする。


「ふふ、久しぶりのルネスさまですね」

 

 とドルシラはうれしそうに言った。


「ちょっと、ドルシィ、いきなりずるくない?」


「そうだよ」


 ローズが口をとがらせて、サビーナが立ち上がってドルシラに抗議する。


「抜け駆け……」


 とアガタが恨めしそうな視線をドルシラに向けた。

 

「あら、そうでしょうか?」


 ドルシラがおっとりした声で首をかしげる。

 

「清楚な顔をして油断ならないやつ」


 とローズが言う。


「ケンカせずに順番な」


 彼女たちの可愛らしい小競り合いには飽き飽きしてるのでルールを思い出させる。


「はぁーい」


 三人はしぶしぶ従ってベッドに再度腰を下ろす。

 

「プリシラ様と話って何だったの?」


 とローズがずばりと聞いてくる。


「うん? 学園に関する説明と、寮に入るかどうかといった話だな」


 俺の前世についてまだ秘密にしてるので、ウソにならない範疇で情報を伏せた。

 

「そんなことのためにわざわざ?」


「十歳とは言え男子を受け入れるのは初めてだから、かな?」


「プリシラ様って男嫌いで有名みたいだもんね」


 サビーナは首をかしげたが、ローズとアガタは納得したようである。


「まあ前例がないとは言われたなぁ」


 俺もだけど、前世のトラディオもだ。

 計算が狂いっぱなしである。


 どうしてこうなったのやら。

 これも魔族の謀略か?


「授業っていつからなの?」


 とサビーナに問われる。


「え、普通に明日からだよ」


 俺なら問題ないよねってプリシラに言われてしまったのだ。

 前世バレはその辺のすり合わせをすっ飛ばせるので、楽と言えば楽である。


「さっすが。教職員もレベル高い授業をしなきゃいけないから、大変なのにって話題になってたのに」


 とローズが俺を絶賛した。


「ああ、そこのチェックもプリシラ様直々にやってたんだね」


 とサビーナが納得する。

 ああ、周囲から見ればそんな解釈が成り立つのか。


 学園長室では話題にすらならなかったんだが。

 前世バレしなかったら、プリシラはちゃんとチェックしていただろう。


「実は少しだけ不安があるんだけどな」


 才能ある者を磨く自信はそれなりにある。


 プリシラ、ローズ、サビーナ、ドルシラ、アガタがいい例だし、前世には他にも弟子はいた。


 だが素質のあまりない者に対して、俺はいい師匠となれるかは怪しい。

 正直に伝えると、四人はくすくすと笑う。


「ここはレベル高い人たちが多いから大丈夫じゃない?」


「うん、ルネスの目にとまりそうな子が何人もいると思う」


 サビーナとローズが褒める。


「そいつは楽しみだ」


 プリシラ級はさすがにザラにいないだろうけど、ローズたち級がいると育て甲斐があるというものだ。


「みんなはもう学校には慣れた?」


「うん、慣れたし友達もできたよ」


 とサビーナが答える。

 

「一か月以上も経ったもんなあ」


 四人ともコミュ力は低くない。

 アガタだけはちょっと心配だったが、問題なさそうだな。


「ところで手紙には書いてなかったけど、今のところ成績が一番優秀なのは誰だ?

ドルシィかな?」


「正解。わかるものなんだ」

 

 とアガタがちょっと驚く。


「さすがルネス様ですね」


 と言ってドルシラが俺をぎゅーっとする。

 年に不釣り合いなほど大きな果実の感触がすごい。

 

 十歳じゃなかったらやばいかもしれない。

 

「まあ、総合力で言えばドルシィが一番バランスがいいからな」

 

 ドルシィは治癒以外の魔法も苦手じゃないし、身体能力も低くはなく、座学も優秀だ。

 

 学生基準で言えば弱点らしい弱点が思いつかない。

 

「主席入学したご褒美が欲しいんですけど」


 とドルシィが甘える声で言ってくる。


「いいよ」


 モチベーションにつながるなら全然かまわない。


「やった。ルネス様、大好きです」


 とドルシィは無邪気に喜び、耳元でささやいてくる。


 今の時代でも、俺のほうがご褒美をもらっているようなシチュエーションではあるが。


「いいなあ。定期試験でいい成績だったら、あたしも欲しいなあ」


 とローズがうらやましそうに言う。

 

「それはもちろんいいぞ」


 と俺は即答した。

 他の三人が無邪気に喜ぶ姿がとてもかわいい。


「今日のところは久しぶりに五人で寝ない?」


 とローズが提案してくる。


「寮の管理人か誰かに叱られないのか?」


 俺が疑問を口にすると、


「寮の仲間と一緒に寝てはいけないって規則はないよ」


 サビーナがいたずらをするときの表情で答えた。

 たぶん、寮生が全員女子という前提の規則で、まだ改定されてないんだろ。


「わたしもルネス様と一緒に寝たいです」


 と言ってドルシラがまたギューッとしてくる。

 普段ワガママを言わない彼女が言うのは珍しい。

 

 恋しかったんだろうか?


「ならみんなで怒られようか」


「わーい。ルネス大好き!」


「あたしのほうが好きだから」


「ルネス君を一番好きなのは私じゃない?」


 四人はきゃあきゃあ言い争う。

 この光景も一か月ぶりくらいだろうか。


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