第12話「プリシラとの話」
「トラディオ様が薨去なさったあと、わたしはしばらく世俗を離れていたのですが、その間に大国の王や重要人物が死に、大きな戦争がはじまったようです」
プリシラは顔をしかめながら話す。
もともと仲が悪い国は多かったし、民族や種族による対立もあった。
俺の目的のためには戦争なんていらなかったので、「俺に攻め込まれる覚悟があるなら好きにしろ」と脅し──忠告したのだが。
止める側の存在がいなくなったことで、好戦的な奴らが主導権を握ってしまったのだろうか。
「わたしが戻ったときはひどく荒廃していて、文明も衰退していました」
とプリシラはため息をつく。
「トラディオ様が潰した魔王軍の残党が暗躍したのでは? と今でも思っています」
「魔王軍か」
彼女の口からなつかしい名前が出る。
「めぼしい奴はだいたい倒したが、全滅させたわけじゃないからな」
当時の魔王はたくさんの魔人を幹部として従えていた。
主力を全部倒したところで魔王軍は瓦解し、離散してしまったので、追撃しきれなかったのだ。
残党がいたとしてもすこしも意外じゃない。
「それで英雄女学園をつくったのか?」
と俺は聞いてみた。
「ええ。それにトラディオ様が転生なさったとき、強者が少ないとがっかりなさるでしょう。残念ながら育成は間に合わなかったと思いますが……」
プリシラは申し訳なさそうな顔になる。
「いや、アニエスという女は面白そうだよ」
プリシラには敵わないとしても、かなり強いはず。
「あの子はたしかに。まだ伸びしろがありますしね」
とプリシラは少し気を取り直す。
「そういえば銅級、銀級といった冒険者の制度もプリシラなのか?」
「いえ、あれには関与してません。人族が相談して決めたのではないでしょうか」
彼女は首を横にふる。
あっちは無関係なのか。
「トラディオ様は今後どうなさるおつもりですか? ここの教師をするというのは、おそらく何らかの手段ですよね?」
とプリシラは問いかけてきた。
さすが元・弟子、俺の思考パターンをある程度把握している。
彼女に目的を話すのはかまわないし、何なら協力して欲しいので全部しゃべった。
「なるほど。空調魔動器も魔動車、飛行船も今でもつくれるのは一部だけですからね」
とプリシラは納得する。
その分、動力を提供できる魔力許容量が高い者は、高給取りになれるらしい。
サビーナならうってつけだが、あの子をそんな職につけるのはもったいないな。
「わたしが保有しているものを差し上げてもよいのですが」
彼女が気を回すが俺は断った。
「そういうのは好きじゃない」
「ですよね。あれだけ便利なものを世に熱心に広めていらっしゃいましたものね」
プリシラは前世での俺の活動を知っているので驚きはしない。
「とは言えなるべく快適な生活を、すこしでも早くというのは本音だ。特にトイレ、水道、冷蔵アイテムあたりはな」
強がっても仕方ないので正直に話す。
「でしたら寮に入るか、わたしと同居するかですね」
プリシラは即答する。
「元よりこの学園の関係者は周辺に住居を借りるか、それとも寮で暮らす決まりです。設備はわたしの手配で充実させているつもりです」
「じゃなきゃ大陸中から生徒と人材を集められないか」
というと彼女はうなずいて、
「御意」
と返事をした。
「俺としてはプリシラと同居のほうが気楽なんだけど」
何しろ彼女を子どもの頃に拾ってから、俺が死ぬまでのつき合いである。
他の女子たちに囲まれて暮らすのはあまりうれしくない。
前世でも女という生物は魔法を極めるよりも難しかったからな。
「わたしは歓迎ですが……トラディオ様は今後どれくらい注目されるおつもりですか?」
プリシラは何かに気づいた表情になって確認してくる。
「あまりされたくないな。さすがにまったく注目されないわけにもいかないとあきらめてるけど」
と俺は答えた。
今回の人生での目標は快適に暮らすこと、魔法のさらなる極みを目指すこと、である。
「でしたら寮暮らしのほうがいいでしょう」
とプリシラは言う。
「そうなのか?」
「わたしは個人で弟子をとったことはなく、誰かを住まわせたこともないので、いやでも目立ちます」
彼女が懸念する理由がよくわかった。
「そんな目立ち方はごめんだな」
と言って肩をすくめる。
目的を達成するために必要なことを実行して目立つなら仕方ないが、どうでもいいことなのはちょっとな。
だいたい、俺が何から何までやってどうするというんだ?
「俺は自分の知らない技術や理論を見てみたいというのに」
そのためにわざわざ転生先を800年くらいにしたんだぞ。
「なるほど、だからこの時代にいらっしゃったのですね」
全部言わなくてもプリシラは察したらしい。
「まさか裏目に出るとはな。占いもやっておくべきだったか」
占いに関する魔法はいっさい触れて来なかった。
「いや、愚痴っぽくなったな。とりあえず、寮に入ろうと思うが、男は俺だけなのか?」
「当たり前じゃないですか。トラディオ様以外の男なんてわたしは認めませんよ」
一応聞いてみたら、プリシラは早口で言い切る。
これだけは譲りたくないというオーラを全身で放っていた。
推測してはいたが、やっぱり数百年たっても変わらないか。
だからわざわざ「女」学園にしたんだろうし。
「じゃあ仕方ない。寮で世話になろう」
と言って立ち上がると、
「あのう、報酬の支払いとか、何も決めてませんが?」
プリシラに困った顔で引きとめられてしまう。
そういえば雇用条件とかも確認してなかったな。
見せられた書類をチェックする。
「あと、俺の今の名前はルネスだから、今後はそう呼んでくれ」
「はい。トラディオ様の転生体と知られたら、大騒ぎどころじゃないですものね」
俺の要求にプリシラがニコニコする。
大騒ぎになるのか……前世を考えればあり得るか。
「報酬はかなり高いんだな」
「ええ。条件をよくしないと質を維持できません。もっとも本当に強い者は、教師なんてやってくれないですけどね。アニエスみたいに」
とプリシラはため息をつく。
まあ、わからなくもない。
「まあよくやってると思うよ」
「恐れ入ります。お褒めにあずかりとてもうれしいです」
とプリシラが笑顔を見せる。
「宝石千個分」とまで言われた綺麗さは変わらない。
条件をすり合わせて話をまとめる。
「人を呼んで寮への案内をさせますね。わたしがやりたいですが、さすがに難しいので」
とプリシラは残念そうに言う。
「それはそうだろうな」
答えると彼女は防音魔法を解除して、机の上にある呼び鈴を振る。
綺麗な音が鳴ってすぐに若い女性が姿を見せた。
プリシラは学園長としての顔で、決まったことを伝える。
「彼はまだ十歳だしかまわないでしょう。大きくなれば寮から出て行ってもらいます」
と彼女が言うと、驚きで固まっていた女性の表情が安どに変わった。
まあ、金がたまれば家だって買えるからな。
俺だって女性だらけの場所で快適に暮らせる自信はないので、出て行くほうがお互いのためだ。
「寮に案内してあげて。わたしは仕事に戻るから」
「かしこまりました。ルネス先生こちらへどうぞ」
プリシラの命令だからか、十歳の俺を教師として扱ってくれるのが心地いい。
それにしても、子どものときくらいはのんびりしたかったのに、まさかもう仕事をするハメになるとは。
やれやれ。
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