第10話「英雄女学園に行こう3」

 アニエスさんが乗りつけたのは学園内の敷地で、広大な砂地の場所。

 おそらく戦闘か運動に使うことを想定されたエリアだ。


 大きな雷竜が飛来して音を立てて着地したものだから、当然すごい騒ぎになっている。


「アニエスさん、豪快ですね」


「あははは! これくらいでどうにかなるほどヤワな場所じゃないよ!」


 俺が呆れると明朗な笑い声を返された。


 飛竜の卵を取り戻したところまでは秩序や法を重んじる真面目な人って印象だったんだけどなぁ。


 完全に吹き飛んでしまった。


 すでに夕方になっていたが、それでも人は残っていたらしく、すぐに十人以上の大人の女性が駆けつけてくる。


 全員が武装していて、警戒心をあらわにしているのは言うまでもない。


「!?!? アニエス様!?」


 だが、フードルから降りているアニエスさんの顔を見て、先頭を走っていた人がぎょっとなって立ち止まる。


「アニエス様!!??」


 女性たちの表情が警戒から驚愕への一気に変わってしまった。


「有名なんですね」


「んん? ルネスはわたしのことを知らない?」


 感心したら、逆にアニエスさんに驚かれる。

 ……やばいな、知らないほうがおかしいクラスの人だったのか。


「まあ、キミくらいの年齢だと変でもないか」


 俺が言い訳するよりも先に、アニエスさんは勝手に納得してくれた。


「雷竜に乗っていらっしゃるなら、事前に連絡をください!」


「本日はどうしてこちらに!?」


 真面目にアニエスさんの非常識さを非難する人と、気にせず事情を聞きたそうな人ときれいに二種類に分かれている。


「ごめんごめん。今日はこの子を連れてきたんだ。急ぎだったみたいだからね」


 とアニエスさんはこっちをふり返った。

 そのせいで視線が俺に集中する。


 言いたいことはあるし、教職員たちも同じだろうけど、ここはアニエスさんの厚意に甘えておこう。


「初めまして。教師の採用試験の招待を受けたルネスといいます」


 俺はまず招待の手紙を見せて、それから頭を下げる。


「……は?」


 まずはぽかんとされた。

 それが数秒の間をあけて。


「えええええええええええええええっ!?」


 周辺に絶叫が響き渡る。

 ……とりあえず落ち着いて話せるようになるまで待とうと思った。


 

「たしかに本物ね。じゃああなたがルネスくん?」


 魔法を使って手紙の真贋をたしかめた女性が、何か含むところがあるような言い方をする。


「はい、たぶんそのルネス。ローズ、ドルシラ、サビーナ、アガタから聞いてますか?」


「ええ。あの四人を超えるすごい実力を持ってると」


 という女性教師の表情が真剣そのものだった。

 

「まあまだ負けないと思いますね」


 戦士、鍛冶師、治癒魔法は本職じゃないので、そのうち抜かされるんじゃないかな。


 というか抜いてくれそうな子を厳選して育てたつもりなので、俺を超えて欲しい。


「書いたように、一応試験をしたいのだけど、いいかしら?」


 と聞かれて首をかしげる。


「大丈夫ですけど、今の時間からですか?」


 教職員の採用試験ってそんな簡単にできるものなんだろうか。

 だとしたらそこは発展したってことかな?


 プリシラが関わってる学園ならあり得ない話じゃないかも。

 

「明日に実施します。ちょうどプリシラ様がお戻りになるから都合がいいわ」


 と最年長の教職員が告げる。


 げっ、プリシラか。

 ……いや、考えてみれば俺にやましいことなんてない。


 それに教職員たちはどれもそれなりの強さを持っている。

 アニエスさんのほうが強そうだけど。


「試験ってルネスを? この子、たぶんあんたたたちよりも強いよ?」

 

 と思ってたら聞いてたアニエスさんが横から口をはさむ。


「フードルの飛行に普通に耐えてたし、ここの教師をできる実力はあるんじゃないかな」


「それはそうかも……」


 よほど説得力を感じたのか、誰もアニエスさんに否と言わなかった。

 

「それでもプリシラ様の裁可をいただくのは必須です」


 メガネをかけた若い女性職員が強めに言う。

 それはそうなんだろうなと思うし、争うつもりもない。


「試験は受けますが、俺ってこっちに宿はないんですよね」


 こんな到着の仕方をするとは思ってなかったらね。

 

「ああ、わたしが連れてきちゃったものね! 責任を持ってわたしが面倒見るわ」


「えっ……?」


 アニエスさんが言い出したことに困惑する。


「そっちだって出直して明日来るほうがいいでしょう?」


 俺をよそに彼女は教職員たちに言った。


「それはもちろん」


 教職員たちはうなずくが、アポなしで雷竜でいきなり乗りつけたんだから、出直してくれって言われるのは当然である。


 アニエスさん、かなりいい性格してるなあ。


「わたしはこの辺に家を持ってるから平気だよ。この子も休ませたいしね」


 と彼女は言ってフードルの鱗をそっとなでる。


「アニエスさんのお言葉に甘えます」


 と俺は決断した。


 ローズたちを頼ろうにも、あの子たちはまだ新しい生活がはじまったばかりだろうしな。


 この年だと宿を探すのも面倒だ。


「おっ、決断が速い! じゃあ決まりだね!」


 アニエスさんは明るく笑う。


「じゃあまた明日!」


 俺たちはフードルに乗って移動する。

 アニエスさんの家はそんなに離れていなかった。


 ルネスとしての故郷「パラド村」の半分くらいは入りそうな敷地だけど、竜がいるという事情もあるだろうな。


「アニエスさんも王都に屋敷があるんですね」


「結局、都が便利だからね」


 庭に着地したところで話しかけると、アニエスさんはケラケラ笑う。

 

「自分の家みたいにくつろいでいいよ!」


 彼女は俺の手をとって家の中に誘い込む。


「あのう、お礼は……?」


 無料で泊まるのはよくないだろうと思って問う。


「飛竜の卵どろぼうをあんなあっさり見つけられたのは、キミのおかげじゃん。そのお礼だよ! だから遠慮しないで」


 と彼女は答える。

 その点についてはここまで送ってもらった分で返してもらったと思うけど。


 いまの俺は十歳だから、彼女も報酬を受け取りにくいか?


「まずは風呂! それからご飯だね! まあご飯は外に食べに行くけども」


 鎧を脱いで肌着だけになったアニエスさん、かなりデカかった。

 ドルシラと同じか、それ以上?


「赤くなっちゃって。可愛い」


 俺のことを何とも思ってないのだろう。

 気にしないどころか、前かがみになって俺の頬を指でつんつんしてくる。

 

 おませな男の子をからかってるつもりなんだろうなぁ。

 よし、ここは素直に役得を満喫するとしよう。


 あいにくと村で似たような経験は何度もしている。

 この年齢だと女性たちはまったく警戒しないらしく無防備だからな。

 

 俺は彼女と二人で風呂に入って洗ってもらい、晩ご飯を食べて眠った。

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