第8話「英雄女学園に行こう」
「はぁぁああ!?」
ドルシラから送られてきた手紙を見た俺はすっとんきょうな声を思わず出していた。
あの子らしい綺麗な文字で「英雄女学園の教師の採用試験を受けに来て欲しい」と書かれている。
彼女が言うには四人とも試験ですばらしい結果を叩き出し、師匠は誰か問われて俺の名を出して自慢しまくったのだという。
そこまでは別にかまわない。
有名になれば師匠が誰なのか、聞かれるものだから。
俺も前世ではうんざりするほど聞かれたからな。
四人はうっかり熱が入って俺を学園の教師に推薦しまくったら、学園側も興味を持ったのだという。
「無試験で採用はできないらしいから、ぜひ受けてください」と書かれてあるが、この文字はサビーナだ。
途中で書き手が変わったんだな。
「みんなが英雄女学園に通ってる間、せっせとアイテムを開発する予定が……」
そして商人にでも売りつける計画だったのだ。
しかし、待てよ??
英雄女学園はその性質であるがゆえに、大陸中から英才が集められているはずだ。
「つまり買い手として、道具やアイテムの布教の担い手としては相当有望だろうな」
レベルの高い者たちなら、俺が何をつくっているのか理解してくれるだろう。
辺境の村でくすぶっているよりも、結果的に目的の実現が速まるかもしれない。
「あいつらが何かやらかしたのかと思ったが、案外お手柄だったか」
となると考えを改めて英雄女学園で教師をやるのも視野に入れるべきだろうか。
……プリシラのやつとこの段階で再会する予定はなかったんだが。
どうしてこうなるんだろうなぁ?
ひとまず両親の許可を得たほうがいいので説得に行こう。
「何がどうなったらそうなるんだ?」
「そもそも大陸中央ってどこにあるの?」
両親は俺の説明を聞いてもまったく理解できないらしい。
国の辺境の村人だから、そもそも前提となる知識がないのだ。
今から前提の知識を親に教えるって、いくら何でも不自然だからなぁ。
俺は俺で手順を間違えた気がする。
「試験に合格したら、そこで暮らす。だめだったらそのとき考えるよ」
「さすがに十歳かそこらで旅立ちは早いんじゃない?」
母親が心配そうに反対してきた。
銅級冒険者だって俺より弱いんだから、大丈夫だろうとしか思えないけどなあ。
一応粘って説得して、「だめだったら帰って来る」と約束だけして旅立とう。
転移魔法で英雄女学園までひとっ飛びなんて味気ない。
試験を受ける期日について特に指定されてないし、乗り物で行こうかな。
この世界がどう移り変わったのか見てみよう。
もしかしたらこの村付近、あるいは国が文明的によそよりも劣っているだけという可能性もまだゼロじゃないし。
……どうやら魔動飛行船も魔動車も廃れてしまったらしい。
生まれた国の境を超えて隣国に行ったところで、ため息をつきたくなった。
この調子だと少なくとも1か月くらいはかかりそうだな。
道理で試験の期限を設定されなかったわけだ。
馬車での移動はトラブルに巻き込まれやすいし、手紙を読んですぐに来れるかわからなかったのだろう。
まだ二つ目の国だが、ファッションの流行や、建物の様式は変わっていたし、見たことがない食べ物が増えていたのはうれしい。
文明の水準が下がっても、料理の味はそこまで落ちてないのは幸いだった。
食べ物系には手を出さなくてもいいかもしれない。
失われたらレシピがあるなら復活させるくらいにとどめておこう。
そろそろ二つ目の国を超える、と思ったら馬車が止まった。
「どうした?」
一緒の馬車に乗った中年の男性客が窓から顔を出す。
「飛竜の群れが出ました! いま討伐隊を編成しています! 安全が確保されるまでしばらくお待ちください!」
前方からやってきた兵士が事情を説明する。
「えええ、飛竜!?」
「こわぁい」
たちまち不安が乗客たちに広がっていく。
この時代の飛竜ってどれくらい強いんだろう?
前世だとドラゴン、グリフォンに及ばないものの、かなりの強いやつがいたものだけど。
「あ、坊や!? 危ないよ!?」
そっと馬車から降りると周囲の大人たちがあわてて止めに来る。
この外見は不便だなぁ。
だからと言って肉体を急成長させる魔法なんて覚えなかったからなぁ。
こんなことなら教わっておくべきだったか?
と思いながら関所の空を見上げる。
飛竜の群れは全部で十匹で、空を飛びながら地上の人間たちを威嚇していた。
飛竜って一部の獰猛な個体を除けば、自分から人間を襲うのは珍しいんだよな。
何かをやらかしたバカでも出たんじゃないだろうか?
「おお、アニエス様だ!」
誰かが空を見上げながら歓声をあげる。
つられて俺も見上げると、緑色の鱗の属性ドラゴンに若い女性が乗っていた。
ドラゴンライダーというやつだな。
この時代にも存在しているのか。
ワクワクしていると、彼女が乗るドラゴンが飛竜群れに向かって雷のブレスを吐く。
飛竜たちはあわてて避けた。
力関係で言えばたとえ群れだろうと、飛竜たちに勝ち目はないだろうな。
だが、さすがに事情がわからないのに攻撃されるのは飛竜が気の毒だと思うので、俺はちょっと飛び跳ねてドラゴンライダーの背中に飛びつく。
「ふぁ!?」
「何だあの子!?」
「すごいジャンプ力ってもんじゃないぞ!?」
地上でみんなが驚いているが気にしない。
「きゃあ!?」
急に飛び乗ったことに驚いて女性は悲鳴をあげる。
ぐらっとドラゴンが揺れたものの、すぐに立て直したのだから見事だ。
鞍も手綱もつけてないことから、相当な信頼関係を気づいているのがうかがえる。
「え、子ども!?」
こっちを見た若い女性(アニエスさん?)がびっくりしていた。
「それにわたしにしがみつかずにバランスとってる!?」
ああ、空を飛ぶドラゴンの背中に乗ってバランスをとるのは難しいもんな。
前世でも俺以外に数人しか同じことはできなかった。
だからこの女性が相当ハイレベルな騎手なのは確定している。
「いや、戦うなら、飛竜たちの事情を調べてからのほうがいいんじゃないかなーと思ったので」
と自分の考えを話すと女性は目を丸くする。
「だからまず落ち着かせるためにブレスでけん制したんだけど……」
「えっ?」
女性の返事に俺はしまったと思う。
「この子が本気だったらブレス一発で、飛竜の群れは壊滅しちゃうもの」
と言って女性が背中をなでると「当然だ」とでも言うように、ドラゴンが低い声でうなる。
「すいません、早とちりしました」
地上のあの位置からだと見えにくいとは言え、そんな誤認をしてしまうとは。
……この体になって実戦経験が少ないからナマってしまったのかな?
「いいわよ。飛竜を気遣う優しさ、この子に飛び乗った度胸、自力でバランスをとってる実力に免じて許します」
と女性は笑う。
美人が笑うと絵になるよなーと思った。
女性は前に向き直ると竜言語で飛竜の群れに話しかける。
『何があったのか、教えてくれない? わたしができることなら協力するから!』
『我らの卵が盗まれたのだ! 竜族なら、そして竜族とよしみを通じる者なら、我らの怒りをわかってもらえるはずだ!』
飛竜の群れのうち一匹から竜言語による怒声が返ってきた。
そりゃ飛竜たちはブチ切れるわ。
女性が乗ってる属性ドラゴンも同調するように、怒りの咆哮をあげるわ。
『わかったわ! わたしに任せて!』
女性は言うと俺に声をかける。
「事情を話すために下に降りるわよ」
「飛竜の卵を盗むなんて、バカな奴らがいたものですね」
と俺は答えた。
卵を返して犯人を懲らしめて、飛竜たちを納得させないと、最悪竜族が人という種に報復するために動き出す。
「ええ? キミ、竜言語を理解できるの?!」
「ええ」
驚く女性に答えてから、もしかして竜言語ってこの時代で希少なのかなと思う。
前世でもたしかにかなりレアだったが……広めようとがんばったのに、なかなか広まらなかったが。
「そっかあ! だから飛竜に対して気遣えるんだね! 感心した!」
女性はものすごくうれしそうに笑う。
仲間を見つけた、と言わんばかりだった。
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