第4話「湖の剣と英雄女学園」

「勝っちまった……」


「ウソだろ……?」


 大人たちは呆然としていた。


 自分たちが束になっても敵わない魔獣を、子どもたちがたった四人(実質二人)で倒したという現実。


 受け入れるには衝撃があまりにも大きすぎたんだろう。


「ルネス、どうする?」


 大人たちの様子に俺の次に気づいたローズが問いかけてくる。


「とりあえず血を抜いて解体しよう。毛皮や頭部は高く売れる。肉は俺たちで食べよう」


 俺の魔法なら肉の鮮度を保つくらい楽勝だけど、ここはご褒美をローズとサビーナに味わってもらいたい。

 

「了解。みんな手伝ってよね」


 とローズが言うのも無理はない。

 アーマーベアーの死骸は俺たちの数倍はデカイ。

 

 ひとりでやるとどれだけ時間がかかるかわからない。

 解体の手伝いの経験者揃いだから、大いに時間短縮になるだろう。


 だが、しかし。

 

「ここは俺がやろう」


 と申し出る。

 驚いてこっちを見る彼女たちに、


「みんな強くなったから。俺からのねぎらいみたいなものかな」


 と事情を話す。


「そっかー」


「えへへ」


「やっぱりルネスさまに褒められるとうれしいですよね」


 三者三様に相好を崩し、デレデレと笑う。

 

「【風は刃となり、切り刻むウェントス・ラーミナ】」


 二節呪文をとなえて、風の刃でアーマーベアーの体を刻んでいく。


「すごい」


 とローズ。


「アーマーベアーの硬さは死骸になっても変わらないのに」


 とサビーナ。


「まるで薄い布を斬ってるみたいですね」


 とドルシラ。 

 三人は三通りの感想を持ったようだった。


「内臓は燃やしてしまおう」


 処理したら美味いんだけど、面倒な上に時間もかかる。

 三人がもっと成長したら、そのときはいっしょに食べよう。




 ……そこからは大騒ぎだった。


 子どもたちだけでアーマーベアーを倒してしまったら、ここまでの騒動になるのだと勉強になってしまった。


 参加できなくてふてくされたアガタをなだめるのはちょっと手間だったが。


「まさかうちの息子が英雄だったとはなあ」


 なんて驚きと賞賛と自慢が混ざった発言を、酔った勢いで父親している。


「変なことを言う子だと思っていたけど、わたしが間違ってたみたいね」


 と言った母親のほうは複雑そうだった。

 子どもが手の届かない存在になるのが寂しいのだろうか?


 まあこれで動きやすくならありがたい話だと思った。


 

 そして翌日の昼、救援要請を受けた冒険者たちが馬に乗ってやってきた。

 これは俺も計算外である。


 衰退してしまったいまの時代だと三日はかかると思っていた。

 次の日に来るなら、子どもたちだけで倒すなんて、目立つ行為は考えなかった。


「はあ!? アーマーベアーが討伐されただって!?」


「ウソだろ!? パラド村の存亡の危機のはずだろ!?」


「だから俺らは必死で来たのに」


 彼ら四位冒険者──銅のプレートを与えられることから通称銅級と呼ばれる──たちもまた驚愕しまくっている。


 彼らの気持ちはわかるし、必死で来てくれたのはありがいたい話だ。

 冒険者は腕と実績がモノを言う稼業なので、人格はピンキリである。

 

 彼らは当たりの部類なんだろう。

 そんな彼らに村長がアーマーベアーの頭部を差し出す。


「ほ、本物だ」


「しかもこいつけっこうデカいぞ」


「このサイズだと俺らだって苦戦してただろうな」


 アーマーベアーのデカさは強さに直結すると知っている彼らは動揺している。


 まあただの村人たちが冒険者顔負けの力を持っているなんて、そんな簡単に受け入れることはできないだろう。


 前世で自分が最強と思ってる奴を、初めて負かしたときはもっとひどかった。


「だけど、倒せるならなぜ俺らに救援要請を出した? おかしい話じゃないか?」


 彼らのリーダーらしき魔法使いのローブを着た男が、疑問を村長にぶつける。


「まさかと思うが、俺たちをからかったんじゃないだろう?」


 と言いつつ冒険者たちの目つきが鋭くなった。

 冒険者は舐められバカにされ、排斥されることに敏感である。


 舐められたら正当な報酬をもらえない稼業だから仕方ない。


「い、いや、そうではなく……」


 その気になれば村ひとつくらい破滅させる実力を持つ男たちに睨まれ、村長は冷や汗を大量にかいてあわてている。


 今回の件で村長は何も悪くないので、ここは助け船を出そう。


「俺が仲間と倒したんだよ」


「……坊主が?」


 男たちは信じられないものを見ていたが、やがて魔法使いが言った。


「たしかに並々ならぬ魔力と制御能力を感じる。もしかしたら俺と同レベルにあるかもしれない」


「ウソだろ? たしかにただものじゃない気配をまとっちゃいるが、お前と同レベルってことは、宮廷魔導士レベルってことだぞ?」


 彼の言葉に仲間たちが驚愕する。

 この魔法使い、宮廷魔導士レベルなのか。


 たしかに魔力の流れが綺麗でかなり強そうだ。


「信じていただけるのですか?」


 村長のほうが彼ら以上に驚いている。

 

「ああ、この坊主なら納得する。へたすりゃ俺たちといい勝負しそうだ」

 

 と男たちはうなずいて、再び視線をこっちに戻す。


「俺たちは『湖の剣』というパーティーを名乗っている」


「『湖の剣』?」


 今度は俺が驚く番だった。


「ああ、伝説にある宝剣のひとつさ。『アロンダイト』のほうが有名かな? いつか手に入れたいという目標のため、あえてパーティーの名前にしたのさ」


 驚いて聞き返した理由を勘違いしたらしく、ていねいに説明してくれる。


「なるほど」


 たしか前世でもそういうタイプのパーティーは存在していたな。

 前世で使ったことがる宝剣の名前だったからびっくりしただけなんだが。


 ローズ、ドルシラ、サビーナ、アガタがやって来たのでちょうどいい。


「あの子たちですよ、実際に倒したのは」


 俺の目的に協力してくれる女子を売り込んでおいて損はないので紹介する。


「うん? ……たしかに油断ならない立ち振る舞いだな」


「あの子は魔法使いか? あの子も相当だぞ。この村はいったい何なのだ?」


 『湖の剣』のメンバーは実力者らしく、ひと目見ただけで彼女たちの力量をある程度見抜いたようだ。


 説明が楽でいい。

 村長を筆頭に大人たちは話についていけないという顔をしているが。


「……君たちは英雄女学園という教育機関を知っているか?」


「何ですかそれ?」


 女子たちはみんな俺を見たので、代表して俺が問いかける。


 俺は何でも知っているという誤解されがちなんだが、俺が死んだ後にあった出来事は知らないことが多い。


「大陸の中央部にあって、優れた女子生徒を育成するための機関なんだ」


 と魔法使いの男が説明する。

 へー、プリシラのやつが好きそうだな、と前世の知り合いを思い出す。


「創設者にして現在も学園長であるプリシア・ルーファンスは、伝説の『七英傑』のひとりなんだ」


 魔法使いの説明を聞いた俺は噴き出しそうになる。

 思いっきりプリシラ・ルーファンス本人なんじゃないか!?

 

 あいつはエルフだからまだ生きてても不思議じゃないが。


「君たちなら合格できる可能性があると思うが、どうだ?」


「ツテがあるのでよければ推薦する」


 『湖の剣』は善意で言っているのは理解できる。


「卒業生って有名なんですか?」


 女子たちは何も言わず、俺に任せると目で言ってくるので、仕方なく代表して問いかけた。


「ああ。大国の魔導大臣や大陸有数の冒険者が卒業生にいる。そうじゃなくても宮廷魔導士や近衛騎士になったりだな」


 という回答に俺はなるほど、と思う。


 彼女たちが有名人になり、さらに有名人とのコネを作ってくれるなら、生活水準を向上させる効率アップに期待できそうだ。


「行っていいんじゃないか? みんなが有名になってくれるとうれしい」


 俺の答えを聞いた四人はなぜかふくれっ面になる。

 あれっと思っていると、


「ルネス、英雄『女』学園なんだよ?」


「入ったらしばらくの間お別れになってしまいます」


 四人はそれでいいのかと、問い詰めるような顔。

 ああ、女学園なら俺は通えないということか。


 ……学園長がプリシラなら何とでもなりそうだが、辞めておこう。


「それは仕方ない。それに連絡をとりやすくなるアイテムを作れば改善されるだろう」


「何それ詳しく」


 通信アイテムをにおわせたら四人とも食いつきがすごい。

 前世でも作ったはずなんだが、辺境の村には残ってないようだ。


「一応言っておくと、入学できるのは十五歳からだから、まだ先の話になると思うぞ?」


 と魔法使いの男が言う。


「じゃあそれまでにいろいろできるね」


 というローズの言葉に俺も仲間たちも異論はなかった。

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