第3話「アーマーベアー襲来」

 次の日の朝、俺は不穏な気配を感じて自宅の固いベッドで起きあがった。

 どうしてこうなるんだろうな?


「グオオオオオ……」


 体に負担が出ない程度に聴力強化の魔法を使うと、遠くで獣が吠えている声を拾う。


 前世で何度も聞いたアーマーベアの雄たけびによく似ている。

 ローズの父親たちを追いかけてきたんだろう。


 家の外に出ると、大人たちが同じく外に出てきていた。


「ルネス!? 家の中に戻って!」


 と悲鳴をあげたのは俺の母親である。


 隣にローズやサビーナの母親がいるので、たぶん朝から話し込んでいたんだろう。


「え、平気だよ」


 母親は俺の言うことを比較的信じてくれているはずだが、それでもただの子どもに思えるらしい。


 少し間を置いてローズとサビーナが家から顔を出す。

 寝巻のまま出てきた俺と違い、ふたりはちゃんと着替えている。


「おはよ。やばそうな雰囲気だったから来ちゃった」


 とローズが俺の左手側に寄って来て話す。


「ルネスが一番なのはさすがね」


 とサビーナが俺の右側を確保した。

 

「アガタはともかくドルシラは?」


 アガタは気配探知をまだ教えてないので仕方ないが、ドルシラはできるはず。


「あの子は髪のお手入れをしてるんじゃないかな」


「まだ緊急事態の手前くらいだもんね」


 ローズの言葉にサビーナが同意する。

 そういうもんか?


 と思っていたらたしかに手入れが行き届いた様子のドルシラが、教会のほうから歩いてきて、俺の下へ。


「みなさん、やっぱり集まっていたのですね」


 ドルシラは俺を見てにこりと微笑む。


「お前たち、家に入りなさい! 何かがあったら遅いんだぞ!?」


 そこに俺の父親がやってきてみんなを叱りつける。


「村の守りを突破されたら、家の中にいても同じでは?」


 と俺は言い返す。


「ぐうっ」


 父親は悔しそうにうなって黙ってしまった。

 相変わらず口喧嘩が弱い人だ。


 アーマーベアーの破壊力の前では、村の木造住宅なんて一撃で粉砕されてしまうはずだ。

 

 鉄の鎧を一発でぺしゃんこにできる剛腕だからな。

 

「グオオオオオ……」

 

 アーマーベアーの声がさっきよりもずっと近い。


「どうやらこの村に気づいたな」


 アーマーベアー、獲物の追跡能力と執念深さが厄介なモンスターだ。

 大人たちの顔色はみんな悪い。


「ど、どうする?」


「こうなった女子どもだけでも逃がすか……?」


 彼らはみんな最悪を想定して話し合っている。

 やれやれ、力を見せるのはもっと大きくなってからのつもりだったんだけどな。


 さすがにみんなの安全にはかえられない。


「ローズ、サビーナ、ドルシラ。俺たちでアーマーベアーを退治してしまおう」


 俺が言うと、


「そうこなくちゃ」


 とローズがうれしそうに手を叩く。


「実戦なのはいいけど、いきなり強敵だね」


 とサビーネは苦笑い。

 

「お役に立てるように頑張ります」


 とドルシラは真剣な表情で、両手をぎゅっと握る。


「アガタは起こさなくていいの?」


 とローズが俺に問いかけた。

 

「寝かしておこう」


 と答える。


 アガタはモノづくりのほうに有望な才能を見せているので、戦闘は護身術レベルでしかない。


「おいおい、待て待て! お前たち何をする気だ!?」

 

 俺たちの会話を聞いていた大人たちが騒ぎ出す。


「まさかと思うけど、アーマーベアーと戦うつもりじゃないだろうな?」


 と俺の父親が厳しい顔で詰問してくる。


「アーマーベアーは相当強い冒険者のチームじゃないと歯が立たないのよ!?」


 俺の母親も真っ青になって猛反対だ。

  

「ダメならすぐに逃げるよ」


 と俺が言うが、大人たちは受け入れてくれない。

 「子どもの立場」ってつくづく面倒くさいなぁ。


 たしかに今の俺は脆弱な子どもだし、発現できる魔法強度にもかぎりはあるけれど、アーマーベアーごときには遅れは取らない。


 それにいざとなれば魔剣も『奥の手』もある……アレは使い勝手悪いから、できれば出したくないが。


「魔法などで削っていけば、追い返せるかもしれないよ?」


 とサビーナが言う。


「危なくなったら逃げればいいでしょ? 逃げるだけならアタシに任せて」


 とローズも言う。


「予想外の一手で警戒してくれたら、時間を稼げますから」


 ドルシラも説得に加わったことで何とか譲歩を引き出す。


 アーマーベアーを警戒させて時間を稼ぐなんて、倒すよりも難しいはずだが、師匠たちが言ってた「ウソも方便」というやつかな。


 村から抜け出したところで、


「ぶっちゃけ、勝算はどれくらいあるの?」


 とローズが余裕の表情で問う。


「本当に危険なら、ルネスさまはひとりで戦いますよね?」


 ドルシラも俺の性格をお見通しだという表情で言う。


「合ってる。三人だけでも五割くらいはあると思うよ」


 と言って緊張を隠しきれてない三人を励ます。

 あくまでも最悪も想定しているだけで、勝算は充分である。


「ローズが前に出てけん制、わたしが背後から魔法を撃つ。ドルシラとルネスくんはいざというときに備えて待機ね」


 とサビーナが指揮をとりはじめた。

 俺なしとなると無難だ。


 ドルシラも戦えるのだが、治癒のために温存しておくのはセオリーである。


「グオオオオ」


 うなりながらアーマーベアーは近づいてきた。

 こちらは子どもだらけだとわかっているだろうに、警戒を見せている。


「【光よ瞬けルーメン】」


 サビーナが唱えたのは光の一節呪文だ。

 まぶしい光を直視したアーマーベアーは視界を潰されて混乱する。


「【水よ貫く針となれプルウィア】」


 そこへサビーナが追撃で水の針を浴びせるが、金属音とともに弾かれた。


「硬いね。岩ならこの前貫けたのに」


 サビーナは悔しそうに舌打ちする。


「岩よりも固いからこそ、アーマーなんて呼ばれるのかな」


 と言ってローズは剣を抜いて切り込むが、やはり弾かれ離脱した。


「アタシたちの通常攻撃だと厳しそうだね」


 ローズも舌打ちし、視力を取り戻してこっちを見て吠えるアーマーベアーを睨み返す。


「というわけで付与魔法使ってよ」


「はいはい。【鋼よりも堅くロブストス鉄をも断ち切るセカーレ】」


 サビーナが付与魔法で、ローズの身体能力と、剣の斬れ味を強化する。

 

「よし!」


 ローズが再び接近戦を挑むと、アーマーベアーは立ち上がった。

 顔や首をローズから守るためならいい判断だと思う。

 

 モンスターの野生の勘はバカにできない。


 アーマーベアーは剛腕を振り回す。


 動きとしては単純だが、鉄を切り裂く鋭い爪に頑丈な岩を砕くパワーが備わっているのだから、人間には恐ろしい脅威となる。

 

 ローズは薄皮一枚でかわし続け、隙ができたところを斬りつけた。

 今度は弾かれず、アーマーベアーの皮膚を浅く斬って、赤い血が流れ出す。

 

 これにアーマーベアーはぎょっとなって後退する。


 攻撃が通じない前提で攻めたところに、想定外のダメージを負わされて弱気になったようだ。


 アーマーベアーは自然回復以外の治癒手段を持たない種なので、傷を負いすぎるのは死に直結する。


 生存本能が警告し、退却を推奨しているのだろう。


「逃がすな!」


 俺は鋭い口調で言う。

 ローズの父親に重傷を負わせる個体をこのまま逃がすわけにはいかない。


 それに村には二度と近づかない程度の知恵はあっても、村人が縄張りに近づいた場合、死に物狂いで襲ってくるリスクが生まれる。


 つまり村の安寧を守るためにここで死んでもらうしかない。

 ローズとサビーナはうなずいた。


「【土はぬかるむリームス】」


 サビーナによる土属性の支援呪文でアーマーベアーの足元の地面が泥沼に変化する。


 不意のことにバランスを崩したところへ、ローズは跳躍して首を斬り裂く。


「ガアアアア!」


 アーマーベアーは苦悶し、絶叫する。


 そこまで深くなくても、傷口を抑える手段も治癒方法もない生物が首を斬られたら、もう助かる術がない。


 己の死を悟ったのか、アーマーベアーの動きは弱くなり、そのまま息絶えた。

 討伐完了である。


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