34:最終話 まだまだ続くよ夏休み?

「勇樹! 早く起きなさい!! 朝ごはん片づけられないでしょ!」


 んあ? もうそんな時間?

 カーテンの隙間から差し込む日差しが部屋を明るくしていて……瞼を開くと布の隙間から青い空が覗いていた。


「勇樹!」

「今行く~」


 半開きになった部屋からのそのそと俺は出て、一階の居間に向かい階段を降りる。

 そこには椅子に座った父さんが新聞を読みながらアイスコーヒーを飲んでいた。


「おはよ」

「おう、寝坊助。早く朝ごはん食べろよ?」

「うん」

「あ、やっと起きてきた! いつまで寝てるの!? 華子ちゃんもうすぐ来ちゃうわよ!?」

「おはよう……母さん。カコ??? え、なんで?」


 寝ぼけた頭で今日何があったっけ? と思い出そうとする俺に、父さんがちょっとぬるくなってコップに水滴がついた麦茶を手渡してくれた。


「夏祭り」


 そのまま香ばしい薬缶で煮出した麦茶を飲み干しながら息をついた俺だけ聞こえる様に、父さんはボソッと助け舟を出してくれる。

 夏祭り……夏祭り…………ああ!?


「夏祭り今日だ!!」

「昨日の夜、遅くまでゲームでもやってたんでしょ! 宿題は終わったの? 着替えは? 歯磨きは?」


 急かすように矢継ぎ早な母さんはエプロン姿のまま俺の頭をガシガシかき回し、さらに髪の毛がぼさぼさになっていく……。


「全部準備しているよ……朝ごはん何?」

「おにぎり、お茶置いとくから食べたら片付けなさい。母さん今日警備が早番だから先に行くわよ! あなた、留守番よろしくっ!」


 そう言い残して母さんはエプロンをポイ、と脱ぎすてた。

 父さんは父さんで『はいはい~』と新聞から目を離さずに生返事を返す。


「忙しいんだね」

「ああ、一週間前の学校の騒ぎで人手が足りないんだよ。窃盗犯の中に同僚がいた母さんはまだまだ忙しい、早く起きてあげなさい」

「うん……た、大変だね」


 その顛末をすべて知っているどころか、当事者である俺は思わず目を逸らしてしまう。

 そんな俺を雰囲気で感じ取ったのか、父さんがぽつりとつぶやいた。


「……勇樹、お前何隠してるんだ?」

「うえっ!? な、何も?」


 勘の鋭さは母さんよりも父さんの方が上である。

 でも……。


「そうか、怪我だけはしない様に。後、父さんの特殊警棒を持ち出したのは今回だけ目をつむる、次は無いからな?」

「は、はいぃぃぃ」


 そう言って、父さんは新聞を畳んで台所に立つ。

 テーブルの上に置いて行かれた新聞の上には……千円札が二枚、綺麗に折りたたまれて置いてあった。


「華子ちゃんと夏祭り行くんだろう? それで目いっぱい楽しんでおいで。母さんには内緒だぞ?」

「いいの!?」

「去年と違って宿題を全部終わらせたんだろう? よく頑張ったな、方法は……一部褒められないし……足跡くらいはちゃんと全部消さない所は減点だけどな」

「……」


 実は全部知ってるんじゃなかろうか? 足跡って……学校の事だよな?

 恐る恐る千円札二枚をいただいて、俺はおにぎりを頬張りながら二階の部屋に逃げていく。

 

「やれやれだ」


 父さんのそんな声が背中にかかるが、聞こえないフリをしておいた。

 気を取り直して、準備をしなければ……。




 ◇◆―――◇◆―――◇◆―――◇◆



 

 公園の入り口から聞きなれたカコの声が響く、しかし俺は振り向かない。

 なぜならば……。


「ユウキ、お待たせ」

「遅い……お前が時間決めたくせに」


 午前10時、学校の校庭で催される夏祭りは数年ぶりの通常開催。

 公園で待ち合わせている他の児童や近所の親子連れも学校の方へ進んでいく、浴衣だったり普段通りの格好だったり、携帯型の扇風機を持って暑さをしのぎながら……楽しそうだ。


 本当は30分前に待ち合わせだったのに、カコは遅刻してきやがったのだ。

 まったく、前日楽しみだったのか夜遅くまでゲームのチャット内であれやこれや話をしていたから……寝坊したのだろう。

 そう思って、目を細めて振り返ると……おお?


「着るのに時間がかかっちゃって」


 薄水色の生地に金魚が泳ぐ模様が刺繍されている浴衣を着ていた。


「見てみて、一揃いで仕立てたの!」


 くるりと回ると薄紅色の帯に、髪留め紐でくくったポニーテールがひらりと舞う。

 

「馬子にも衣裳?」

「……左目と右目、どちらがいい? 両方潰すけど」

「大変似合っております!!」


 さらりと恐ろしい事を言いやがった、しかも躊躇する気がねぇ……。


「まったく、買い物とか自由にできるようになったから頑張ったのに。ユウキのバカ」

「悪い悪い、似合ってる。じゃあ行くか、昼ごはんは豪勢に焼きそばでもたこ焼きでも……何なら両方も可能だぜ!」


 俺は今朝貰ったばかりのお小遣い、2千円をカコに見せびらかす。

 カコもその金額にテンションが上がったのか、ぴょんぴょん飛び跳ねて笑った。


「わぁい! じゃあ今日はユウキのおごりね!」

「ふふん、そう言う事だ敬う様に」


 胸を張って仰け反ると、カコから呆れたような声が飛んでくる。


「敬われるのは……今日は私だよ? まったく、すーぐ調子に乗る」

「……そうだった。さて、行くか……だいぶ出遅れちゃったし」

「うん」


 そう言って俺とカコは二人で並んで学校へと向かう、一週間前に一生分の不思議を体験したあの場所に。


 じりじりと陽炎が立ち上るアスファルト、やかましいセミの音をBGMにのんびりと歩く俺とカコの話題は……もちろん一週間前の事だ。


「結局、ユウキと私の事はバレなかったね」

「いや、父さんは……多分気づいてる。今朝、怪我だけはするなよって釘を刺された」

「……そっか、確かに危なかったもんね」

「あの犯人たち……結局何回も泥棒してたんだってさ……ニュースでもやってた」

「そうだね、指示してた人も居るみたい。ユウキが無事でよかったよ」

「怪我はしたんだぞ? でもなんか治った」


 後から聞いた話と言うか、怪我を治してくれたのはのっぺほふと言う妖怪のおねーさんだった。

 自分の肉を食べさせて俺の怪我を治したと聞いて……しばらく複雑な気分だったのは言うまでもない。


「八尺様は昨日配信していたから無事に青森まで戻れたんだね」

「あ、そうなの? また道に迷うんじゃないかと思ってたのに」

「夜音さんたちが見張ってたみたいだよ……配信前にマイク入ってて放送事故起こしてたんだけど……夜音さんの声が聞こえたから」

「……そっか」


 夜音さん達、妖怪組はパトカーが到着すると同時に忽然と消えたそうで……犯人たちが証言したようなお化けや体験はすべて嘘だと警察は考えていると、母さんから聞いた。


「お前、本当に丸っと掃除したのな」

「あそこまでになるとは……」


 何せ本気を出したカコは学校中の妖怪やお化けを校庭にはじき出して、俺がまき散らした墨汁どころか塵一つに至るまで……校内を綺麗にしてしまったのだ。


「おかげで掃除の手間は省けた、偶にやってくれよアレ」

「嫌よ! あんな服になるだなんて」


 そう言ってカコは腕を組んでそっぽを向く、確かにあの姿は無いよなぁ……。


「ブルマって言うんだっけ? あのパンツ」

「昔は体操服だったの!! 今はハーフパンツなんだから!! もう恥ずかしいい…………」


 顔を真っ赤にしながら手で覆うカコは多分二度とやらないと誓ったのだろう、声音が怖い。


「で、校長先生は犯人逮捕のヒーローっと……」

「……ぬらりさん、本当に5円玉で催眠をかけると思わなかったよ。なんでもありだね妖怪って」

「それなんだけどさ……聞いた?」

「何を?」

「校長先生、丸坊主にしたらしい……」

「……ぷ、ぶははは! うそでしょ!? なんで???」


 お腹を抱えて笑うカコに、俺は今朝のニュースの生中継で見た衝撃映像を教えてやる。

 犯人逮捕に一役買った校長先生は下手に隠すより、丸刈りを選んだのだ。

 その方が格好いいからと……多分、ぬらりさんの催眠が原因だと俺は思っている。


「ま、今年は宿題も終わったし……いっぱい遊ぼうぜ! カコ」

「うん! そうだ! 私ね、家に住むことになったの! 夜音さんと……あのぬらりさんが戸籍創って私の親役! 大きくなったというか……成人するまでの間、一人で何とかするのは大変だろうって……」

「え、マジで? じゃあゲームしに行っていい?」

「良いよ! びっくりするよ、ものすごい大きいテレビに最新家電! 音声入力で家中の家電が動くの!」

「……最先端の暮らしをする妖怪」


 なんだかなぁ……と遠い目をする俺。

 ふとした疑問が浮かび、カコに聞くと……。


「え? なんか私が持ってたお金……貴重らしくて10倍くらいの金額になったってぬらりさんがホクホク顔だった」

「じゃあお前金持ち!?」

「いや、夜音さんとぬらりさんに管理してもらってる……ユウキに言われた通り、その……ぼろが出ない様に」

「それはそう、中学では気をつけろよな?」


 何の気なしに、妖怪であることを隠すのに気をつけろと伝えたが。

 カコの表情が一気に暗くなる。

 はて?


「あ、その事なんだけどユウキ。実は私……ユウキと同じ学校には通え……ない」

「へ?」

「ほら、私……あの学校に憑いてるから……あまり離れられないというか。学区の外にね? 出れないんだよね。学校の行事以外は」

「……マジ?」

「マジ……」


 その事実が明かされて、俺とカコの間に沈黙が流れる。

 じゃあ……一緒に居られるのは……後、少し?


「何とか……ならないのかな?」

「無理だよ……今まで試して一回も出れなかったんだもん」

「……」

「……」


 そう、なのか。


「だから、残りの時間を一杯……愉しく過ごそう? 私、あの学校が無くなるまでずっと……ここにいるから。一年に一回でも良いから……これからもユウキに会えたら嬉しいな。こうしてユウキが残そうとしてくれたおかげで、私って言う存在も消えなくて済みそうだし」

「……」


 なにも、答えられなかった。

 そうして、なんとなく気まずいまま。学校が見えた頃……ふと、曲がり角にマスクをつけた赤いワンピースの女の人が立って居る。

 こんな暑い日差しの中、黒くて長い髪にマスクは……大変なんじゃないかな。と見ていたら、目が合った。


「ねえ、そこの可愛いカップルさん。ちょっといいかしら?」


 その人は、俺達を呼び止め。

 手招きする。


「はい?」

「うん? カップル?」


 俺たちの後ろに誰かいるのかと、カコと俺は後ろを振り向くが……誰もいない。


「君たちだってば!? 息が合ってて仲いいじゃないの」


 ……カップルではない気がするけど。

 一セット扱いはされる。


「何ですか?」


 カコが返事をすると、女の人はおもむろにマスクを外して……綺麗な顔を見せた。

 な、なんかこう……背筋が冷える気がするんだけど。


「私、綺麗?」

「はい、綺麗ですけど?」

「……え? 本当に?」

「はい、これスマホの自撮りモード」


 カコが手慣れた様子で、先日初期化されたスマホのカメラを女の人に向けると……そこには綺麗に口紅を差した顔が映っていた。

 若干、釣り目気味ではあるがクールなお姉さんと言った美人さんである。


「……本当だ! 私綺麗!!」

「どうしたんですか? 隣学区の口裂け女さん」

「え、ああ……ちょっと相談があって、階段掃除の華子さんに」

「あ、それ私です。ダメですよ隣学区の子供を脅かしちゃあ……」

「ご、ごめんなさい。なんかこう、リア充を見ると恐怖のどん底に突き落としてやりたくなって……」


 酷い理由だった。


「まったく、その顔なら良いんじゃないですか? 怪我を『掃除しました』から。ちゃんと自分の居場所に戻れば変な話ですけど口裂けに戻れますよ」

「……あ、ありがとう」

「で、相談って?」


 腕を組みながら、カコは堂々と口裂け女と話を進める。


「実は……」


 その提案で。

 翌年の春、俺とカコは元小学校の建物を使った同じ中学校の制服を着て……入学することになるのは、ほんの少し先の話。


 まあ、そうなるまでにまだいろいろと起きる事になるのだが……この夏の冒険が擦れちゃうんじゃないかと思うほど、とんでもない事になるとは……俺とカコは思ってもみなかった。


でも、ひとまずは……。


「「中学校を移転したい!?」」


 口裂け女さんのトンデモ依頼に夏祭りどころじゃなくなった俺達であり、まだまだ手のかかる幼馴染とは一緒に過ごせることになりそうだった。

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怪談掃除の華子さん 灰色サレナ @haisare001

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