31:学校の怪異 分からせ編

「な、なんだ」


 雨が降る空が……どんどんどんどん、昏くなっていく。

 もう疑う余地はない……これはカコが、俺の父さんと母さんじゃなくて。夜音さんたちに助けを求めたのだと。


 ――わらしをかこうむこうみず


 ――あ~めにうたれてひにしずみ……


 そのか細い歌声は雨音をものともせず、はっきりと届いてくる。

 その不気味さに、俺の、背中もさっきから冷や汗が止まらなかった。


 ――ぽたり

 

 そして、実際に……水滴が落ちてきて、思わず声が漏れる。


「ひゃっ!」

「どうなってんだ……急に外が暗く」

「落ち着け、どうせ雲が切れれば明るく……あ? おい、ライトが切れたぞ? 充電不足かよ!」

「そんなわけないだろ! 直前まで充電してたのに……け、携帯まで充電切れ!? 嘘だろ!!」


 ――ぱしゃん


 ――――ぱしゃん


「あ、足音?」


 犯人たちが廊下の奥に向かって……身構えた。

 慌ててて、気づかないのだろうか? 廊下の向こうの蛍光灯……LEDのはずなのに、ちかちかと明滅しているし……さむ、い。

 口で息をしたいけど……ガムテープが、あれ? いつの間にかべろりと剥がれている。


「なんか、変だ……ぞ? なんで水の音が」

「さっきの歌……雨に打たれてとか言ってたけど……建物の中なのに」


 一体何が起こってるんだ?

 いつもの学校……昨日の夜から忍び込んでいて、暗い中でも不気味だなんて感じなかったのに。

 今は、怖い。


 何がじゃない。

 ただただひたすらに、言葉にできない違和感と……強いて言えば。


 ……まがい物と本物。


 狼狽えて俺の事を無視して犯人の二人は周りを警戒する。

 怒鳴ってみたり、腕を振ってみたり……しかし、それは虚しく尻すぼみになっていった。


「に、逃げようぜ」


 警察の癖に犯罪に手を染めた男が、もう一人の犯人に声をかける。

 でも、遅いと思う。


「おい、返事くらいしろ……よ」


 だって、その男の後ろには。


「かが、み?」


 忽然と姿見くらいの大きさの鏡が……ふわりと浮かんでいたのだから。

 その鏡に吸い寄せられるように男は手を伸ばす。


 ――がしっ!!


 その男の腕を、鏡から出てきたしわだらけの手がにぎった。


「うわぁぁぁ!」

「灯りは……いるかねぇ?」


 俺の角度からでは何も見えないけど……しゃがれたおばあさんの声が、鏡からする。

 4時44分、4次元婆の現れるとされる時間……でも。


「……(時計が止まっている)」


 壁掛けの時計の針は秒針ですら44秒で止まってしまっている。


「ぎゃああああああ!」

「火は……いらんかねぇ?」


 ぼ


 ぼ、ぼ……ぼぼぼ。


 男を囲うように小さな火が、廊下に灯されていく。

 なのに、寒気で俺の身体は震え始め……その光景から目を離せなかった。


「はなせぇ!!」


 男が大声をあげて鏡に向かって拳を振り下ろす!

 すると、あっけなく鏡は砕け……キラキラと舞い……腕は消え、火が一斉に虚空に溶けるように引っ込んでいく。


 数秒、唖然とした男が渇いた笑いと共に首をせわしなく動かして周りを見渡した。


「は、はは……なんだこいつ。あっけない」


 ――からん


 男の背後に何か軽い物が落ちる音、暗くてわからないはずなのに……狙いすましたかの様なタイミングで男の持つ懐中電灯が元気を取り戻す。


「なんだ」


 それは、骨だった。

 人の、頭の。


「ひ……」


 ――されこうべやされこうべ、ぬしのくびからのがれてなんとする

 ――わっちのあしぬけだいにさらされて、おとこのもとへところがりや


 そんな不気味な歌と共に、ガイコツは……ころり、からりと犯人の足元を回り。


「お代を恵んでおくれ」


 透き通るような声の後、かたかたと歯を鳴らし……ぽんと男の肩に乗った。


「うっわあああああああぁぁ!!!」

「キヒヒヒヒヒ!!! きゃははははは!!」


 甲高い女の笑い声が耳に痛いほどの大きさ!

 でも、不思議と俺は……


「あ、れ?」


 その声に、犯人は暴れ始めたけど……身体の痛みが引いている事に気づく。


 ――逃げて


 耳元にふらりと響く優しい声、その声に導かれるようにぶちり、と手足の拘束が取れてしまった。あまりにもあっけなく。


「うわぁぁぁ! なんだなんだこの学校!!」


 頭蓋骨と踊っている犯人は俺の事など眼中になく、叫びながら廊下を走り去っていった。

 周りを見渡すと、さっき消えたように思えたもう一人も廊下の端に倒れている。


「一体何が?」


 ――視聴覚室まで逃げれば、助かるし……わかるよ。


「視聴覚室? 一階の?」


 ――そう


 多分、これ……夜音さんの仕業だろうと直感で思う。

 俺は素直にその声に従ってゆっくりと一階へ向かい、歩き出した。


 少しして、俺は気づく。

 逃げた犯人の声のほかに……悲鳴がいくつか木霊していた。


「もしかして校庭に居た連中も……」


 それを肯定するかのように、俺がいる西側校舎の反対側。

 東側の校舎を窓越しに見ると……。


 ――うわああああ! 顔が! かおがぁぁ!

 

 顔が解け落ちる男が叫んでいたり。


 ――いやあああああぁぁぁ!! くさい! 気持ち悪い! 触らないでぇ!!


 ……どっかで見た小太りのおじさんと、マッチョでそっくりな顔のおじさんが女の人を追い掛け回して嗤って居たり……ひどい有様であった。


「酷いな……」


 思わず口に出してしまう。


 ――アーカイブする気は無いから早くおいで。


「あ、うん。今行きます」


 どこから声を出しているのか、気にはなったけど俺は指示通りに視聴覚室に向かった。




 ◇◆―――◇◆―――◇◆―――◇◆




「お、災難だったね幼馴染君。怪我は?」


 視聴覚室のドアは開いていて、まるでちょっとした映画館のような配置に並べられた椅子の真ん中に夜音さんは居た。


「それが……どこも痛くなくて……」

「そっかそっか、さすが『のっぺほふ』のお薬……人間相手でも完璧なのね」

「のっぺほふ?」

「肉人とも言われてて……まあ、後で調べてみなさい。それよりも、まさか人間の押入強盗が来てたなんてびっくりしたわ」


 確かに、と俺は乾いた笑いを浮かべて夜音さんの隣に行く。

 夜音さんは膝の上に乗せていたタブレットを操作して、何も映されていない壁のスクリーンに画面を映し出した。


「接続カンタンカンタン、プロジェクターも進化したわよねぇ」

「妖怪が電子機器をうまく使える方が進化だと思いますけど???」 

「え? あたしらそんな不器用じゃないわよ!?」

「現実を知りました……」


 心外だ! と言わんばかりの夜音さんの手元がタブレットの上を踊る。

 なんと……あの照明のオンオフは手動らしく……『ON』と『OFF』が忙しなく夜音さんの指の動きに合わせて画面で変化が起こっていた。


「ありがとうございました……」


 まずは助けてもらったお礼、本当に危なかった……。


「ん? 気にしない気にしない、あたしも偶には座敷童らしく派手に暴れたかったしね。今東側はあたしたちの遊び場だから……入っちゃダメよ? 結構危ないからさ」

「そうですか……」


 確かに、画面に映る妖怪は……犯人たちと視線を合わせる時は恐ろしい形相や動きをしているけど……一旦みられてないとなると、代わる代わりに休憩しているのかこっそりスポーツドリンクなどをストローで飲んでいた。

 ……お化け屋敷の裏側を見ているみたい。

 でも、逃げる方は必死で転んだり犯人同士で罵り合いながら走り回っていた。


「最近は作り物の方が怖くてね、昭和の時はお化け屋敷で働いていた連中なのよ? なんか、技術を磨いて科学と怪異のハイブリットお化け屋敷とか作るって意気込んでるけど」

「一回見てみたいです」

「でもまあ、カコちゃんに感謝しなさいよ? 泣きながら君の事助けてって電話してきたんだから」

「カコ? そう言えばアイツどこ行ったんだろう?」


 カコが助けを呼んだ事は間違いないんだろうけど……当の本人、どこに行ったのやら。

 まさか、妖怪に混じって犯人を追いかけていたりしないよな?

 ちょっとありそうだと不安になった俺は、壁のスクリーンを目を皿にするかのようにしっかりと確認していく。


「……何してるのよ」

「え、この中にいたりしてと思って」

「居ない居ない、それから……110番しておいたから荷物を持って学校から脱出する事。君のお父さんとお母さんも来るだろうしね」

「げ!? いつ電話しました?」

「5分前、それがどうしたの?」

「あ、あと5分しかない!! 夜音さん! ありがとうございました!!」


 父さんと母さんは今日は家にいるはず、だとすれば緊急連絡が入ってすぐにここに来る。

 家も近いからもうほとんど時間がない!!


 俺は改めて夜音さんにお礼を伝えて荷物を置きっぱなしの教室へ向かう!!

 そんな俺の背中に夜音さんの言葉がかけられた。


「どういたしまして、またいつか二人で会いに来て頂戴。特別サービスで君等の事は全部ごまかしといてあげるから」


 ぜんぶ?

 詳しく聞きたい所だけどそれどころじゃない。

 俺は急いで教室へ向かうと……八尺様が廊下で荷物を抱えて体育座りをしていた。

 ……どうやら狭いらしい。


「ぽ? お荷物全部まとめときましたよ~。パトカーさんも結構近くまで来ているから気を付けてくださいね」


 にぱぁ、と俺を見て荷物を手渡して八尺様は笑う。

 

「ありがとうございます!!」


 荷物を受け取り背負って俺は走り出す、その背に阿鼻叫喚の悲鳴が届いてきた。


「あらら……これじゃ学校全体がお化け屋敷になっちゃいますね。急いで、幼馴染ちゃんも出口で待ってますよ」

「カコが?」

「はい、仲良くするんですよ? でないと、私が迎えに行きますからね?」

「……はいぃ!!」


 一瞬だけ、背中に怖気が走る。

 怖い怖い。


「じゃあ、またいつか……ぽぽぽ」


 ひゅん、と姿を消す八尺様。

 二次元の身体を彷彿とさせるかのような……一本の青いリボンを残しその場を去っていった。

 気づけば窓の外は雨がやみ、朝焼けに彩られ始めている。


「……そう言えば、夜音さんもまたいつか。とか言ってたな?」


 その事を不思議に思いながらも俺は忍び込んで来た時の出入り口、職員用通路を目指して走りだしたのだった。

 


 

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