30:学校の不思議 怪異の目覚め編

「お前が言っていたガキってこいつの事か」

「ああ、思いっきり噛みつきやがって……見ろよ足」

「すげぇ、くっきり跡が残ってんじゃん。病院行った方が良いぜ」


 二人の男が俺を見下ろしながら何かをしゃべっている……全身が痛い。

 腕も動かないし、首を回して犯人の顔を見る事も……力が入らなくて無理だった。

 どれくらい……時間を稼げたかな?


「そうするけど……もう一人居たんだ。捕まえないと」

「そうだな……どっちに行ったんだ?」

「向こう、だな……あっちは音楽室とか校庭側の方だから……職員用と児童用の出入り口どちらとも行けない。下に下がってカギ閉めようぜ」

「窓は?」

「校庭に見張りが二人いただろ? 捕まえてもらおう」


 聞こえてくる2人の声に、さらに2人いるのか……。

 結局、俺はあれから殴られて蹴られて……身体が全然動かなくなるくらい痛めつけられた。

 口の中は血の味がするし、涙が止まらないくらい痛い。


 それでもカコの姿が見えなくなってからは、必死で堪えて……今は大人しく死んだふりだ。

 

「まったく、お前が窓ガラスを無人機で割っちまうからこんな事に……」


 ……無人機って、もしかしてこいつらが二階の窓を割ったのか?


「うるせぇ、いつまでその事を言ってるんだよ。屋上に人が居たのが見えて隠れようとしたって言っただろ?」

「はいはい、言ってろ言ってろ……さて、こいつどうする?」

「手と脚縛ってロッカーにでも放り込んでおこうぜ。どうせ動けないだろうけど」

「バールで殴ったって……大丈夫なのか?」

「だってよ……めちゃくちゃ噛むんだぜ。自業自得だって」

「後輩相手にひでぇやつ」


 そう言って二人は笑う。

 俺の事を後輩って言う事は……この学校の卒業生? いったい何を狙ってるんだ?


「さっさと学生用のノートパソコン盗んで逃げようぜ。ちょうど雨も降ってるから散歩してる奴もいないしな」

「そういう運だけは良いよなお前。じゃあ坊主……悪いけどもうしばらく大人しくしてろよな」


 後から来たもう一人の男が、俺の目をガムテープでふさぐ。こいつ等……泥棒なのか?

 ほんの一瞬見えた顔は黒い目出し帽をかぶっていて……良く分からない。


「すぐ、捕まるんだ……諦めろ、よ」


 少しでも情報が欲しい、名前だけでも分かれば父さんと母さんに伝えられる。

 そう思って何とか言葉を絞り出した。


「捕まんないよ、坊主が逃げなければね」

「……」


 無理やり髪を掴んでそいつは俺の顔を自分に向ける。

 表情が見えないし、少し声を変えているのか不自然に低い声……。

 こいつ……多分、同じような事を何回もやっている。

 単なる直感かもしれないけど……外れている気がしない。


「……変だな」


 そいつは俺をじっと見て、不意にそんな事を言い出した。もう一人も俺の手を縛るロープを取り出しながら首をかしげている。 


「あ? 何が変なんだ?」

「……こいつ、この学校の生徒だろう?」

「そうだな」

「なら小学生の癖に……静かすぎじゃないか?」

「言われてみれば確かに……もしかして通報とか録音してないだろうなお前」


 ……これ、チャンスじゃないか?

 もしかして追っ払えるかも……。


「俺の、父さんと母さんは……警察官だ。お前たちの事、すぐに捕まえられるからな」


 キッと睨んで俺は二人に告げる……カコならすぐにでも俺の父さんと母さんに電話してもう向かっててもおかしくない。


「警察? おい、まずいんじゃないか?」

「ああ、さっさと逃げるとするか……表の連中にDMで終了って送っておこうぜ」

 

 それなのに、犯人の二人は焦る様子もなく笑いながらスマホを操作する。

 どう見ても面白がっている様子さえあった。


「なんで俺たちが落ち着いているのか……不思議そうな顔だな?」


 そんな俺を犯人の一人はニヤリと口元を歪めて見下ろす……。

 ど、どういうつもりなのだろう?

 こいつらだってさっさと逃げないと捕まるのに。


「だってさぁ、坊主。俺も『捕まえる側』だからさ」


 父さんと母さんが良く見せてくれる敬礼を……その男はした。

 ぎゅ、っと喉の奥が締め付けられるような感覚と……その言葉が理解できた俺の怒りがまぜこぜになって……。


「お前! 何してんだよ!!」


 率直にそう思った言葉をぶちまける!

 よりによって警察官が!! 安全を守る側の人間がそんなことしていいと思ってるのかよ!!


「そういうことで、少し寝てろよお前は」


 冷たい笑いを浮かべる男の手で、俺の口にガムテープをぐるぐると巻かれて喋ることすら封じられる。


「ひでーやつ」


 もう一人の男がお腹を抱えながら俺を笑った。

 どうにかして、このことを母さんや父さん、カコに伝えないと……。


 いくらなんでも母さん達が自分と同じ警察官を最初から疑うとは思いにくい。


「警察官として現場にいち早く駆けつけて評価は高くなって、アルバイトでここのパソコン売った金は入るし……いい身分ってこういう事を言うんだ。わかったか坊主」


 悔しさに口の端がぎりぎりと痛むほど噛みしめるけど……確かに狡猾だった。

 でも、どうにかして……こいつの裏をかかないと。


 そんな時だった。


 ――ぽぉん


 ――――ぽぉん……ころころ。


 どこからともなく鮮やかな色をした糸で編まれた球が転がってくる。それは右に、左に……ゆらりゆらりと不自然に転がり……俺達の前にピタリと止まった。


 その球に男たちは困惑の声を上げた。


「な、なんだコレ。おい坊主……これ、お前のか?」


 そんな訳はない。俺は首を横に振る。

 でも、なんとなく……心当たりはあった。


「こんなところに……なんていうんだっけこのボール」


 一人がひょい、とその球を拾い上げたと同時だった。


 ――とぉーりゃんせ、とおりゃんせ、そぅれはどぉこのほそみちじゃぁ……てんじん、さまのほそみちじゃぁ


「……なんだ、この歌」


 ――かーごにひぃとり残されたぁ、わらしの、かようほそみちじゃぁ……


「な、なんだ、急に寒く……」


 ちょうど廊下の床に薄っすらと靄がかかり始めた頃、校庭の方で悲鳴が上がった。

 それも生半可な悲鳴ではない、どうすればそんな声が出せるのか……窓ガラスが揺れるほどの悲鳴。


「お、お前何やった坊主!!」


 俺のせいにされてもな?

 ただ……俺の視界に入る教室の時計は……奇しくも午前4時、44分を指していた。

 

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