29:学校の不思議 恐怖編

 土下座、それは謝罪における最大限の切り札……幼馴染は初手でその手札を切って来た。 

 まあ、それしかなかったのだが。

 腕組みをして見下ろす俺に、カコの頭のアホ毛もシナシナとしおれている。


「お前、本当に全部消しただろうな?」

「……消しました」

「後で父さんに頼んでお前のアカウント、調べるからな?」

「そ、それだけはご勘弁を!?」


 あの後、雨が降り始めたのでみんなで学校の中に避難をして……校長先生をどうするか途方に暮れていた俺たちの前に夜音さんと八尺様が声を掛けてくれた。

 校長先生の記憶は何とでもなるから……学校内の清掃をする事、朝になって明るくなったらちゃんと家に帰る事、それまではこの学校内で怪異は起こさないように……他の妖怪とかに話はつける。

 そう言ってくれたおかげでひとまず安心していた。

 

 ので、のでですよ?

 まずは幼馴染の糾弾から始めたのだった。


「お前、この教室にいる時……夜音さんのスマホで取って後で送信とか企んでないよな?」

「その手があっ……!!」

「……これはシロ、と」

「誘導尋問!! 酷いよ! 鬼だよ! 悪魔だよ!!」

「何とでも言え……お前、スマホの容量限界まで動画と画像詰め込んでたろうが」


 はっきり言ってドン引きだった。

 しかもフォルダにはパスワードがかけられていると見せかけて、カコの指紋認証だったという徹底ぶり。

 流石の夜音さんも「うあ……」と一言だけ呻いた後……俺の肩を優しくたたいて去っていった。

 

「残念でした! 家のPCにはまだまだこの十倍の量が……あっ!」

「……後で家宅捜索な。拒否権無しな? な?」

「ど、どうしたらお許しを?」

「許すも何も……全部消すだけだが?」

「お慈悲を!! 体育祭とか文化祭の写真もあるの!!」

「……ロックがかかってないフォルダは残す、ロックされてるのは消す……諦めろ」

「ぐぅぅぅぬぅぅぅぅぅううううう……」


 すごい唸り声……とてもじゃないが級友もドン引きだろう。

 眉根を限界まで寄せて……下唇を噛んで何かを堪えるその顔は……うん、見た事ねぇや。


「学校の不思議を調査しに来たのに幼馴染の黒い部分を発見した俺の気持ちを考えろ、お前は」

「ふぬぅぅぅぅぅぅ!」

「はあ……まあ、それは後でいいや。6番目の怪異、雨降りの花子さん……調べるぞ」

「あい……でもさ、雨降りの花子さんって下校時刻なんでしょ? 今……どちらかと言うと登校時間じゃない?」

「あ……それもそっか……」


 一旦、カコの糾弾を辞めて本題に戻る俺にカコが指摘した。

 その通りである。


「じゃあ……今日調べられるのはここまでか?」

「そうだね……なんか疲れちゃった」

「そりゃそうだな……トイレの太郎さんと次郎さんが……その、アレな感じだとは思わなかった」

「夜音さんが言ってたよ、いくら何でもこの人選は無いんじゃないかって……」


 ちなみに、他の学校の太郎さんとかは俺と同い年ぐらいの男の子だという。

 良かったのか悪かったのか……貴重な体験をさせてもらった。

 俺のお説教ターンが終わったと判断したカコも、近くの椅子を引っ張ってきてちょこんと座る。

 もう午前4時半、雨のせいでまだ外は暗いけど……朝が近い。


「なんかすごく長いような……短い一晩だった」

「ユウキ? まだ終わってないんだよ?」

「何が?」

「学校の廊下……綺麗にしないと」

「…………やっぱり?」


 カコの言葉にどっと俺の肩に疲れがのしかかって来る……さんざん暴れてしまったので4階の廊下はとんでもない事になってるだろう。

 じゃあすぐにやればいいじゃないかと思うだろうが……暗くてよく見えないんだもん。

 

「そのために雑巾とか持ってきたんだし……ちゃんと綺麗にしないとユウキ、真っ先におじさんとおばさんに疑われるよ?」

「ううう……だよなぁ」


 そんな時だった。


 ――ちりん!!


 結構大きな鈴の音が……静かな校舎に響き渡る。


「あれ? 夜音さんかな?」

「……八尺様じゃね?」


 回収を後回しにしていた鳴子の鈴の音。

 その時、俺とカコはてっきり妖怪の二人だと思ってた。


「そのうち来ると思うから朝ごはん、買いに行こうか?」

「じゃあ俺近くのコンビニに行ってくるよ……なんか腹減ったもん」

「ほとんど起きてたもんね。私、昆布とツナマヨのおにぎりが良い」

「おっけー、夜音さん達何がいいかな?」

「……スマホ返しちゃったからわかんないね。パンとかも買う?」

「適当に買うか……」


 俺はリュックから財布を取り出して、エコバックをポケットに突っ込む。

 念のため懐中電灯も持っていこう……廊下はまだ暗いし。

 まだ外は雨が降っているけど……さっき職員用の出入り口に傘が一本、忘れ物っぽいのが置いてあった。それを使わせてもらおう。


「気を付けてね~」

「おう」


 ひらひらと手を振るカコに返事をして、準備を整えた俺は教室から出る。

 ここから真っすぐ……あれ? 廊下の先に誰かいる……のか?

 暗い廊下の先に……うごめく人影、俺は懐中電灯のスイッチを入れて先を照らした。


「八尺様?」


 その大きさから夜音さんではないと思い、俺は声を掛ける。

 すると……その影は、ゆっくりとこちらを振り向き。


「誰だ?」


 低い声で俺に問いかける。

 その姿は……。


「……え?」


 黒い服で全身を覆った……大人の男性だった。

 校長先生ではない、右手にはL字に曲がった棒を持っていて……小さなライトを胸につけている。


「子供? ちっ、早朝ならだれもいないって話だったじゃねぇか……」


 ――がちゃん


「下見した時にちゃんと調べろよなぁ……まったく」


 左手にはだらりと垂れ下がる何か……あ、あれ……自転車のチェーンだ。

 ええと……。

 考えがまとまらない、胸が苦しくなるような圧迫感。

 向こうは明らかにいら立っているようだけど、冷静に俺に向かって歩いてくる。


「誰……だ?」

「誰だじゃねぇんだよ、ガキ……肝試しはゲームでやんな!」


 ぶんっ! と男は左手を振ると自転車のチェーンがうなりを上げた。


「わ、わわわわわ!」


 怖さが勝っていた俺の意識に、逃げなきゃという思いが一気に湧いてくる。

 でも……このまま逃げたら。


 教室の中にいるであろうカコが……。

 教室を振り向くと……カコがキョトンとした顔で俺を見ている……まだ男の姿を見ていないから良く分かってない……そんな顔だった。


「か、カコ! 逃げろ!! 警察よべぇぇ!!」


 俺は一気に竦む足を手で叩いて、本物の不審者へ駆けだす。

 

「あ? まだいるのか? まとめて……」


 ――ぶんっ!!


「うあっ!?」

「ユウキ!!」


 鈍い音と一緒に俺の腕が思いっきり棒でひっぱたかれた……。

 そのまま廊下の壁に叩きつけられて……左腕が動かない。

 

「い、てぇ」

「なんだ、ガキだけか……大人に歯向かうんじゃねぇよ。弱いくせに」

 

 からん、と床に触れて俺の腕を殴った棒は音を立てる。

 涙がにじむほど腕は熱くて痛い。

 

「ユウキ!! 大丈夫!?」

「カコ! 来るな!!」


 駆け寄ろうとしたカコに俺は必至で声を掛け、近づいてきた男の脚に目掛けて噛みつこうと身を乗り出した。

 しかし……。


「ガキが」


 今度はびゅん! とうなりを上げて俺の背中をチェーンが打ち据える。


「あがっ!?」


 みっともない悲鳴が漏れるが、それでも俺は……必死に噛みついた。

 その甲斐はあったようで。


「いてぇっ!! なにしやがる!!」


 男は必死に俺の頭をもう片方の足で蹴りつける。

 ざまあみろ……俺の頭は固いぞ。母さんに何度となく鍛えられてるからな!


「ひへぇろ!(にげろ!)」


 カコにそう言って、俺は右手で叩いたり足を絡ませて男の行く手を阻み続ける。

 そんな俺を見て……カコが涙を浮かべながらもう一つの教室のドアから走り去っていった。


「あ、この!! 放せクソガキ!! いてぇんだよ!!」


 ――ばきっ! ごきっ!!


 もう体のあちこちが痛みで悲鳴を上げるが……俺はカコの姿が見えなくなるまで。

 食らいついていた。

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