28:八尺様&幼馴染 黒歴史編
「で、この時ユウキが……」
「ぽうぽう……可愛いですねぇ」
二人で並んでカコの携帯画面を覗き込む八尺様が頬に手を当ててうっとりしていた。
あの後、誤解はすぐ解けた……気絶した太郎さんをカコに見せて状況を一から説明したから。
そもそもカコは頭がいい、八尺様の事もあっという間に理解を示して俺を開放する代わりを提案する。今はその交換条件を実行中という訳だ。
「で、これがですね。小学校3年生の時の遠足で……」
「鼻の頭の絆創膏……似合いすぎ」
「ですよね! 話が分かるぅ! この時ユウキが!!」
もう、俺にしてみれば単なる公開処刑……殺してほしい。
何が悲しくて本人目の前で幼馴染が昔話を暴露する事になるんだよ!! もうさっきから俺が覚えてないことまでほど細かに掘り返さないでほしいんだけど!?
八尺様もなんでうれしそうなんだよ!! あ、あってるのか。
もはや俺の表情は無だ。
何も見えない、何も話さい、何も聞こえない。
見ざる言わざる聞かざるだ。 確か、栃木の日光東照宮だったかな? 今ならあの猿たちの気持ちが良く分かる。
「ねえ、ユウキ! この時どんな気持ちだったの?」
カコが俺に対しての当時どうだったか? と言う質問が結構な頻度で飛んでくるんだけど……俺は無視した。徹底的に無視した。
だって……無視したとしても。
「あ、でもあの時は暑かったからユウキだれてたもんね……帰りたかったとか。そんな感じだったよね! ごめん、ありがと!!」
「この年は暑かったですもんねぇ。おお、なんか汗でうっすらTシャツが張り付いてて……良い」
「でしょう!!」
もう、自分で勝手に解決して、八尺様と10年来の友人と言うか同志みたいな感じで勝手に盛り上がるんだもん。
と言うかさ……カコの奴。俺の写真いつ取ってたんだよ!?
そんな地獄のような(俺だけ)空気の中で唯一の味方になりそうな……いつものカコはいつ戻ってくるのだろうか?
いや、これは戻ってこない……なんだっけこういうの。
…………四面楚歌だっけ? ちがったかも。
あ、写真で思いだした……証拠だけはとっとかなきゃ。
俺は首から下げたカメラの電源を入れて、ぱしゃりと八尺様とカコの仲睦まじい光景を写真に収める。
「む? カメラを取る時はちゃんとポーズをとるからもう一回お願いでござるにん!」
フラッシュで気づいたのか、八尺様がさっきも聞いた可愛い女の子の声で振り向く。
もはや隠す気が無いよね……両手でピースをして腰を曲げてとってもいい笑顔である。
「……これ、学校の宿題なので公開されますけど?」
「……それは困るのでござるにん! じゃあこっちで! ぽぽ!」
……言われた通りにもう一度カメラを構えて写真を撮った。
ぱしゃりとフラッシュをつけて撮れた写真には……なんか、かろうじて人に見える程度にぼやけた八尺様が襲い掛かってくるような映像が取れる。
「凄い、自由自在だね……」
「心霊写真って……簡単に撮れるんだ」
「盛るのは基本ぽぽ」
俺の手元を覗き込むカコも感心するほどの恐ろしい心霊写真だった。
写真だけは……当の本人(?)は得意気にいろんなポーズをとってくれていたりする。
「動画でこう……なんかあの子の背後にいるかもしれない、目が光るとかも可! ぽぽぽ!」
なんか……これから心霊番組とかのテレビを見るたびに微妙な気分になりそうな体験をしてるよな!?
「何これ、どんな状況?」
屋上のドアから白黒髪の夜音さんがこちらに向かってきながら首を傾げる。
はい、俺が一番知りたいです。
「赤い警備員が校長先生でトイレの太郎さん、次郎さんが屋上で八尺様にフルボッコにされて幼馴染が俺の過去を暴露しています……カコだけに」
「説明は100点、ジョークは2点」
ある意味厳しい評価を返して夜音さんは目を細めながら俺たちの元に近づいて来た。
そんな夜音さんに八尺様は手を振って笑いかける。
「……そろそろ俺泣いて良いですよね?」
「今の時点で泣いてないのは素直にほめてあげる。ぶっちゃけもう逃げ帰ったと思って忘れ物ないかなーって教室見に行ったらまだそのまま荷物残ってたんだもん……驚いちゃったわ」
「じゃあ……アレを止めてください」
半ば本気で止めたい俺は……いまだに水着を着た俺の写真で盛り上がる二人を指差して夜音さんに頼み込む。
「……まあ、話題の本人はそうよね。なんかぼーやは八尺の好みのタイプっぽいし……大丈夫? 通話アプリとかのアカウント交換とかされて無い? お財布にこっそり連絡先の紙を入れられてたり、夢見にあの姿がたびたび出てくるようなら……ちゃんと対応策を教えたり、私が何とかしてあげるわ」
まるで今まで経験してきたことだとでもいうのだろうか? とても具体的な例とアドバイスが帰ってきたせいで無意味に俺の気持ちが沈む。
「ありがとうございます……まあ、それ以前に夜音さんの連絡先知らないんですけど」
「SNSのアカウント、どれでも良いからダイレクトメールで投げてくれればいいわよ?」
「そう言えば有名でしたね……妖怪ってこんな身近だったんだなぁ!!」
「違うわよ……ぼーや」
うん? 急に声のトーンが下がる夜音さんに俺は眉根を寄せて顔を上げた。
そこには真剣な顔をした夜音さん。
「身近になったんじゃないの……身近にならざるを得なかったの」
その言葉は重かった。
「昔はね……人づてで語られ、一部の物語の中で語られるだけだった。だけど、今は違う」
「違う?」
「そう、ここ百年で映像娯楽として報じられ……ネットに晒され、時には捏造され、様々な絵になり、アニメになり、グッズやゲームになったり……今や恐れられる存在とはかけ離れつつある」
「……」
夜音さんの言う通り……今や妖怪はゲームのキャラクターやぬいぐるみになったりで、必ずしも悪い敵、恐ろしい物とは限らない……むしろ主人公の味方や実は良い存在と言う様に言われてたりもする。
反対に、怖いというならホラー映画やゲームで創られた物の方がぞっとしたり、人間が起こす事件の方がよっぽど恐ろしい時代……。
「私達は前にも言ったけど……噂や伝承が途切れてしまえば存在そのものを忘れ去られて……消えるか、その在り方を変えられる。いわば受け身の存在よ」
「つまり……俺たちの方が、勝手に近寄って来た。そう言う事ですか?」
「……ぼーやって意外と頭良いのね、去年の夏休みの宿題を全部忘れてた子と同じことは思えないわ」
「それ絶対俺の幼馴染からの聞いた話ですよね!? とにかく、俺達が夜音さんたちを二次元動画配信者だとか有名人にしてしまって……怖いとか思わなくなっちゃったんです……ね?」
なんだっけ、こういうのを朱に交われば……とも違う気がするけど。
そう言う事なのかなと夜音さんに聞いてみた。夜音さん自身は視線を明後日の方向に向けて腕を組み、少し悩んだ後……口を開いた。
「まあ、そんな感じかな。それでもヤバい幽霊や妖怪はまだまだ多いけど……あたしなんかほら、元々は家に憑いて幸運をもたらすって伝承が元になってるけど……なんかいつの間にか宿とかになってて……お供えの玩具もゲームとか増えたしね。遊んでる間にこうなっちゃった」
そう言って夜音さんがとりだしたのは最新の携帯ゲーム機。
その画面には猫娘とか九尾の狐が楽し気に畑を耕しているデモムービーが流れていた。
「それは……夜音さんたちにとっては良い事なんですか?」
ふとした疑問、夜音さんたち妖怪の人達はどう思っているのだろう。
今見た限りでは八尺様もカコと楽しそうに話をしているし……夜音さんもゲームの大会に出場したりとなんだか楽しそうな所しか見ていない。
「さあ、どっちなのかしらね? 妖怪でもいろんな奴がいるから……あたしは楽しんでるし、勤め先の旅館の連中は全員のんびり働いてたりするけど……偶に訳の分かんないのもいるからね。あたしは休暇の間にその仲介や座敷童本来のお仕事をしに来てるってわけ」
……仕事してるんだ。
座敷童なのに……まあ、そんな事もあるんだろうな。
「そうなんですね……ん? 座敷童本来の仕事?」
「そうそう、ここに来たのはそれが目的なの。ほら、そこに倒れてるというか幸せそうに寝てる赤い警備員、もといこの学校の校長先生」
そう言って校長先生を苦笑して見下ろす夜音さん。
「大熊先生が目的なんですか?」
「ええ……もうバレちゃってるからどうしようもないけど。頭の件、バレない様にしてあげるために裏でこそこそとしてたんだけど……君らがほら、学校の不思議を調べ始めちゃったからバタバタしちゃって」
……今までのはなるほど、校長先生がカツラを探している所に出くわさない様に俺達を遠ざけたり、誘導するためなのか。そう聞くと、あっさりと首を縦に振る夜音さん。
「……夜音さん、校長先生の家に憑いてたんですね」
「あー、そういう訳でも無いんだけどね。さっきも言ったあたしの勤めてる旅館でこの校長先生が『七夕記念! 座敷童の聞かせてお願い宿泊プラン』に当選して泊まりに来たから……叶えに来た」
「すげぇ! そんなのあるの!?」
目を輝かせる俺に夜音さんは苦笑しながら腰に手を当てる。
そのままポケットから折りたたまれていた綺麗なチラシを俺に手渡した……開いてみると綺麗な山に囲まれた中に建っている豪華な旅館の写真が一面に描かれている。
「毎年梅雨時期にテレビCMで全国で流れてるから……応募しなさい」
これ、青森の老舗旅館で結構な高級旅館『雪中花』……有名な旅館だ。
でも……校長先生なんで青森に? そんなにまでして叶えたい願いって、髪の毛の事だったのかな?
「とりあえず……校長先生とあの二人を中に入れませんか?」
「そうね……後、このおっさんと校庭に突き刺さっていた変なのはトイレに戻しておくわ」
「ありがとうございます……カコ! 八尺様……中に戻りますよ!」
もう後1時間もすると空が明るくなってくるだろうし、そろそろこの調査も大詰めだろう。
最後の恐怖が待ち受けていることを、俺はこの時思っても居なかった。
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