27:八尺様VS太郎と次郎 買収編

「ぎゃああああ!」

「どくんだな!! 赤黒いおっさん!!」


 飛び込んで来たのは小太りでおへそが出る位にサイズが小さくて、日曜日の朝のアニメ見るような魔女のプリントされたTシャツを着ていた……それに破れかけのGパンとビーチサンダル。髪の毛はぼさぼさお世辞にも清潔感があるとは言えないおじさんだった。


 そのおじさんは校長先生を突き飛ばし、俺に向けて手を伸ばす!

 妙に酸っぱい匂いに咽ながら俺はとっさに横に逃げる、しかし……もう一人の顔だけそっくりなおじさんが雄たけびを上げて俺を捕まえようとする。


「危ないです!」


 ぐい、と八尺様が俺の襟首をつかんでものすごい勢いで釣り上げてくれたおかげでおじさんの手は空を切った。


「邪魔をするなでござる!」

「「ござる?」」


 俺と八尺様がおじさんの語尾に反応……せざるを得ない。

 えっと、この二人は誰なんだろう?

 それに、突き飛ばされた校長先生……うわ、目を回して気絶している。


「お前ら夜の学校で何やってるんだよ!!」


 校長先生に足下が危ないからと返してもらった懐中電灯で二人を照らすと……眼が赤く光り、なんかこう……危ない気配が見えるかのように体の周りを漂っていた。

 

「そっくりそのままお返しするんだな!」

「リア充男子なんて我々含め! 全国のトイレの太郎、次郎の敵でござる!」

「ぽ、ぽぽう?」


 助けてくれた八尺様も、二人の言い分は理解できなかったようで困惑した声を上げる。

 俺? もちろん訳が分からない……まあ、確かに俺も学校に忍び込んでいるからお返しされるのは仕方ないとしても……リア充男子って、なに? え、今もしかしてトイレの太郎と次郎って言った?


「リア充ってなんなんだよ!? お前らカコをどこにやった!!」


 きっとカコが追いかけていたのはこの二人だろう、でも……そうなるとこの場にカコが居ない理由がわからない。

 そんな俺を八尺様は優しく床に降ろしてくれて、二人に問いかける。


「貴方達、この学校の不思議ですよね? この子は私の獲物。横取りを狙うなら……相応の覚悟があるんですよね?」

「だ、黙るんだな年増女! こいつを追いかけて引きずり込まないと存在のピンチなんだな!」

「そうでござる! こっちは無茶苦茶怖い少女に追われて……せめて一矢報いるのでござる」

「と、年増!? それとこれとは別ですが……まあ、抵抗するならしてください。あなた達、私の獲物を狙う敵なので」


 ――みしぃ!

 

 八尺様の顔を見上げると……瞳がらんらんと輝き、口がうっすら嗤っていて八重歯が覗いていた。俺に向けられた敵意じゃないのであんまり感じないのだが……それでも、怖い。

 それを受けてなお、トイレの太郎と次郎は額の脂汗を手で拭い……八尺様に相対する。


「流れ者の妖怪風情に負けないんだな! だな!」 

「忍ビ丸 蘭子様の忍友として情けない姿は見せないでござニンニン!!」

「!? 今、そっちの海水パンツ一丁の方……なんて言いました?」


 わなわなと手を震わせ……なんか語尾がおかしい方のおじさんを睨み、八尺様が強い口調で問いかける。

 そんな八尺様に、海水パンツ一丁のおじさんは両手を大きく広げて一声鳴き……改めて名乗りを上げた。


「自分! 二次アイドル動画配信者、忍ビ丸 蘭子様を推している忍友……一時はメンバーシップでもあった次郎丸でござる! ニンニン!」

「……次郎丸。そうですか、あなたが次郎丸でしたか」

「最推しの光を浴びる姿が何よりも我が幸せでござる! 貴様も他の二次動画配信者と同じように闇に葬るでニンニン!!」


 あれ? なんか……八尺様の様子がおかしい。

 先ほどまでは純粋に怒っているだけだったみたいなのに……瞳の中に炎が見える気がした。


「右手にクナイ、左手にマイク、貴方の心に刃を立てる。歌う忍び娘、蘭子だよ~みんな! 今晩も背中に気を付けるでござるよん!」


 ……え?

 そんな八尺様が、唐突にものすごく可愛らしい声と仕草でその場でターン! 眼の横でピースを決める。え、この声聞いたことあるな!


「こ、この声……ま、まさか!」

「ござーるよん!」

「蘭子様でござる!! 兄上! 本物! 本物でござるぅぅ!! 垢BANされて以来……生のお声を聴ける機会なんて久々でござる!」

「はい、間違いないでござるよん! くたばれ変態リスナー!!」


 純白のワンピースをひるがえし、風が唸る音を纏って俺の身長ほどもありそうな右足が次郎丸の顔面を蹴り砕いた。

 その速さは、振り抜いた脚の後に音と風が俺の耳と頬に届くほど。

 めきめきと顔面の形を変形させて……その鍛えられた肉体は屋上から放物線を描きながら闇夜にフェードアウトしていった。


「次郎ーーーっ!!」

「悪は……滅びたでござるよん」


 何これ……。


「な、何をするんだな! 弟は、弟は忍ビ丸 蘭子様を崇拝していたんだな!! 投げ銭も限界金額まで幾度となく毎配信ごとに投げ、他のリスナーにルールを周知し、ランキング一位に押し上げようと必死だったんだな! そんな弟を!」

「ユウキくん、捨て垢量産してのライブ配信荒らしと粘着ネガキャン、SNSでの嘘情報拡散……犯罪ですよね」


 ……あ、なんとなくわかった。

 ついでに八尺様が言う通り、それは犯罪です。


「犯罪です」

「よ、良かれと思っての推し活なんだな! 他の配信者が消えれば必然と忍ビ丸 蘭子がトップなんだな!!」

「要りません、そんな推し活……私の配信部屋『あづまや』は皆でのんびり、拙者のへっぽこゲーム配信や雑談を楽しむ平和な場所です……チートや荒らしの出る幕は無いんでござるよん!」

「さ、最悪なんだな!」

「「お前たちがな!?」」


 そりゃあ、蹴られもするよな次郎。

 ……八尺様、そう言えばどんな声でも出せるって噂を聞いたことあったなぁ。

 父さんがこっそり忍ビ丸 蘭子のメンバーシップに入っているのは知ってる……本物が八尺様だって事実はお墓まで持っていかねばならない。


「くそぉぉお! 弟の仇! せめてその子供だけでもあの世へ引きずり込むんだなぁ!!!」

「ふん!」


 ――メキィィ!! 


 ……八尺様が瞬間移動(俺には早すぎて見えない)してその右拳を太郎のどてっぱらにめり込ませる。俺? 実はさっきからカメラをパシャパシャ撮っているんだけど、何一つ映らないので諦めて傍観していた。

 これは速いとかそういう問題じゃなくて……八尺様もカメラに映らないし、トイレの太郎も……さっきどこかに飛んでいった次郎もだ。


「ごはぁ……なんだな」


 トイレの太郎はひざを折り、ゆっくりと前つんのめりになってブルーシートに顔を沈める。

 反対にさっきまでの怒りをすべてぶつけ切ったのか、満面の笑顔を浮かべる八尺様。

 

「悪は滅びたでござるよん!」

「声と見た目のギャップがすごい……」


 幼児みたいに甲高い声なのに、見た目は八尺様と言うチグハグ感に俺も目の前にいるのに現実感が湧かない。


「ここだけの話、可愛いものが大好きで」

「割と公然にショタ好き認定されてますが?」

「それは八尺、これは蘭子。もうすぐ90万人登録耐久歌枠をするんです。それが終わるまではなにとぞ! 迷惑かけないのでここで過ごさせてもらえれば……夜音御姉様も来てくれたので夏休み明けはちゃんと実家に戻りますので!!」


 お願いします! と頼み込まれても……俺にだってそんな権限は無い。

 でも……助けてもらったしなぁ?


「ええと、俺に言われてもなぁ」

「お願いします! 最新ゲームクリア配信後に……あげても良いですよ?」

「……何、だと?」

「検品でもらったグッズにサイン入りで贈呈、会員限定『安眠ASMR』の生データ……ふふふ、世に出してないあんなものやこんなものがあるでござるよん」


 ……もしかしたら、父さんを味方につけられるかもしれない。

 ここでの事を怒られるのを覚悟はしているけど……その被害を減らすチャンスなんじゃないのか!?


「お、俺を連れて行ったりしない?」

「……正直、惜しいですけど……この90万人登録を超えて100万人登録を達成した個人勢を目指しているので……それまでは」

「100万人登録したら?」

「そこらじゅうのあどけないショタをかき集めて、その晩は至れり尽くせりのショタパーリィナイッ!! フーーーッ!!!!」


 ……八尺様のイメージ、間違ってないけど間違ってる気がする。

 鼻血でも出そうなほど手を組んで声を上げているけど……リスナーさんには見せられないぞこれ。


「という訳でユウキ君。私と契約して共犯になってよ」

「それ、母さんの好きなアニメのセリフのパクリですよね!? 碌な頃にならないパターンですよね!!」


 なんかものすごく絵柄は可愛いのに、カコが『私にはまだ早すぎたんだ』……って母さんとの同時視聴をすぐに諦めたのを鮮明に覚えている。

 しかし、八尺様は引かない。


「お願い! 3年間頑張って来たの! ここで身バレなんてしたら応援してくれたリスナーの皆になんて謝ったらいいか!!」

「……言わないですよ。俺とカコが調べているのはこの学校の不思議であって……二次元動画配信者、忍ビ丸 蘭子じゃないし……」

「ユウキ君……ありがとう!!」


 だって、なんか助けてもらったし……なあ?

 八尺様はよっぽど嬉しかったのか俺を抱きしめて頭を撫でてくる。

 ……うん、良い匂いだし、こう……暖かい。


 そんな平和な時間が過ぎていくのだが、今日に限っては許されないと知ったのはこの直後だった。


「……何をしているのかしら?」


 底冷えのする……今最も聞きたくない声が俺の耳にはっきりと届く。

 丁度八尺様に抱きしめられているので、その姿は見えないが……カコである。

 良かった無事だった。それを喜ぶ気持ちはあった……けど今は多分そんな場合ではない。

 

「……言い訳の機会をください」

「あらそう? どうぞ?」

「こ、これはだな?」


 ……トイレの太郎さんと次郎さんに襲われたら八尺様に助けられて、秘密を守る約束をしたら抱きしめられた。

 そうとしか説明できないのだが……納得してくれるだろうか?

 

「そこの大女さん、私の幼馴染から手を放しなさい」

「ぽ?」


 八尺様からはカコが見えているはずだが……俺の頭に置かれた顎の傾きから、キョトンとした声で首をかしげているんだと思う。


「か、カコ……この人は八尺様で」

「……八尺様? ………………八尺様!?」


 驚くよなぁ。でも、時間をかけて説明すればきっとわかってくれると信じて俺は言葉を紡ごうとした。


「こ、この子は私の大事な人(秘密を守る)よ!」


 誤解を招く八尺様のこの言葉が出るまでは……。

 俺、何かしたか? この間の地域清掃でお地蔵様とか一生懸命綺麗にしたりしたじゃん……誰か、助けて。

 

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