26:八尺様 逮捕編

「おも……」


 もぞもぞと俺は女の人の下敷したじきから解放されるため、床をいずった。


「……なんでこんなところに八尺様が?」


 身の丈8尺(240cm)、白い服に白い帽子。

 口癖は『ぽ』でどんな声も出せる黒髪ロングの美女……男の子が好きで気に入られたが最後、住処すみかに連れていかれて二度と見つからないという。


 まさに今、倒れている女性が特徴そのままだ。


「それにしてもすべるなぁ……」


 足元を確認したら、がさがさと何かがいてある……あ、これブルーシートだ。

 なるほど……これを踏んで俺滑ったのか。

 

「これのおかげで救われたか」

 

 屋上のドアを振り返ると、カエルみたいに両手両足を広げて赤い警備員が八尺様と頭を突き合わせて気絶している。

 なるほど……さっきのつぶれる前に聞いた音は……頭をぶつけたんだこの二人。

 

「ぽ、ぽぽうぅぅ」


 短いうめき声(?)を上げて八尺様が身じろぎする。

 左手で頭を押さえてゆっくりと膝をついた状態で起き上がってきた……相当痛かったんだろうなぁ、涙目ですりすりと自分の頭を撫でている。


「だ、大丈夫?」


 あまりにも可哀そうで、俺は反射的に声を掛けた。

 すると、八尺様はゆっくりと俺に顔を向けて……ぼーーっと目を合わせる。


 ……

 …………

 ………………


 な、何だろう?

 なんかものすごく嫌な予感がしてきた。


「可愛い」


 え?

 思いのほか可愛い声で、八尺様はそう呟く。

 今なんて言った? いや、聞き取れなかったわけじゃないぞ? 理解できなかったんだ。


「可愛い男の子」

「あ、ありがとうございます?」

「お、お……お持ちかえりぃぃぃ!!」


 がばぁっと両手を振り上げて、俺に向かって抱き着こうと飛び掛かって来る!!

 なんでっ!? あ、俺……もしかして。


 ――男の子が好きで気に入られたが最後、住処に連れていかれて二度と見つからないという。


 大ピンチじゃねぇかぁぁ!?


「んむぅ、一体誰とぶつかったんじゃ儂……」


 さらに俺を窮地に追い込む赤い警備員の目覚め……すまないカコ。

 もうここまで来たら俺はもう駄目だ。

 せめてお前だけでも逃げて……。


「ぽ?」


 両手を顔の前にかざして、捕まる事を覚悟したその時……八尺様が動きを止めた。

 

 ――ぉぉぉぉおおおお


 開けっ放しの屋上のドアから……何かのうめき声が風に乗って聞こえてくる。

 その声は徐々にはっきりと……俺の居る屋上階段へと迫ってきた。


 これ以上何が来るって言うんだろう? まあいいか、俺に集中してくれればカコは逃げやすくなる。


「ごるぅぅあああああああ!! 逃げんなああああああ!!」


 幻聴げんちょうか……カコの怒鳴り声が聞こえる気がした。


 あれはそう、ちょうど一年ほど前…………。

 俺は偶然クワガタを校庭に植えられているクヌギの木で見つけて、虫かごを持ってくるまでと近くにあったカコのランドセルに閉じ込める。

 買ってきた幼虫から育てたことはあったけど、初めて見た野生のクワガタに興奮していた。

 特に父さんがクワガタとかカブトムシは大好きで俺は自慢しようと思って……自宅に虫かごを取りに行く。

 今になって思えば手で捕まえたまま自宅に戻ればよかったのに……そして、悲劇ひげきは起こった。


 俺が家に虫かごを取りに行く間にカコはランドセルを開けてしまう。

 揺さぶられたランドセルの中、クワガタはきっと不安だっただろう、驚いただろう……そのせいで空が見えた瞬間、目の前にあったカコの顔に飛びついてその鼻を思いっきり挟んだらしい。


 当時のクラスメイト曰く、映画で出てきたどの悲鳴よりも長く、高く夏の空に響き渡ったそうだ。


 もちろん、サッカー仲間は俺がはしゃいでカコのランドセルにクワガタを閉じ込めたことを知っている。カコのあまりの剣幕けんまくに一瞬で俺の情報はカコの手に渡り……後は思い出したくない。


 その時を思い出させるような懐かしい声、不思議と俺が落ち着く声だ。

 だって……すべてが終わる時ってこういう時じゃないかな?


「ん、むう。あ、見つけたぞ! こんな夜中に学校に忍び込んでただで済むと思うなよ! 大体……だいた……え? あの、どちら様ですか?」


 赤い警備員も頭を振って俺と八尺様を視界に収めて、困ったように俺と八尺様を交互に見ている。あ、そうだ……これ、渡しておかなきゃ。


 俺はポケットから拾ったカツラを取り出して、赤い警備員に返すことにした……だって八尺様にさらわれたが最後、俺は二度と戻ってこれないんだもん。

 

「あ、警備員さん。このカツラ返しますね」


 左手に持ったカツラ、その内側がちょうど俺の目線と交わり……ある名前が見えた。

 そこには……。


「大熊 重信?」


 すぐに読めた理由は簡単……だってここの学校の校長先生の名前だもん。

 あれ?

 なんか赤い警備員がその名前を口にした瞬間……震え始める。


「だ、だ……誰が大熊校長だって?」

「あ!」


 ぽろり、と赤い警備員のマスクが落ちると……その口元が露わになってはっきりといつも全校集会で聞いていた校長先生の声が発せられた。

 落ちたマスクは……あ、スポーツタイプの小さなファンがついている。

 

「ぽぽ?」


 八尺様は不思議そうに真っ黒でつるつるな頭を手で撫でて……俺の手の中にあるカツラをとり……方向を合わせてぴったりとめた。

 その姿は……確かに墨汁で真っ黒になっているけど……。


「こ、校長先生?」

「見、見るなぁ!! 見ないでくれぇぇ!」


 ……まて、校長先生。

 もしかして校内を深夜に徘徊はいかいしていたのって……。


「もしかして、カツラ探すために深夜の学校にいたんですか?」


 びくん! とわかりやすく肩を跳ねあげて……顔を手で隠す大熊校長先生。

 服もしっかりと見てみれば工事の人やマラソンをしている人が良く着ている小さな扇風機が付いた空調服。校長先生が赤いライトを持っているからか遠目からは真っ赤に見えたけど、黒いロゴが書かれていたり……これが警備員服の様に見えていたのだとわかった。


「良かったですねぇ、夏休み前に屋上に飛ばされてきたので昨日校内に置いておいたんですけどぉ……」


 間延びした声で八尺様はぱん、と手を打って笑顔を見せる。

 ああ、一階の消火器の所にカツラ置いたの……八尺様だったんだ。


 何とも言えない空気感の中……怒号と泣き声、何人かの忙しない足音が鳴り響く。

 

「せ、生徒に知られるわけにはいかんのだ!! これ以上被害を広げるわけには!」

「八尺様、もしかしてカツラが飛んできたのって夏休みの4日前じゃないですか?」


 なんとなく予想がついて、俺は裏を取る。

 夏休みの4日前から校長先生は休んでいた。


「はいそうです。ちょうど夏休み前のLIVE配信中だったので良く覚えてますよぉ」


 LIVE配信? え、八尺様って配信者?

 八尺様が居た方向には闇夜で見づらいけど……確かに大人数用の黒いテントが置かれていた。

 あの中で配信していたんだろうか? よ、妖怪ってなんなんだる。


「年一回のソーラーパネル点検に工務店の皆さんが来てしまって……でも3周年の記念配信は万全に望みたくて……ほんの少しだけおどかして工事を遅らせてもらったんです。その時にこう、ふわりと」


 指先を虚空こくう彷徨さまよわせていた八尺様。

 なるほど、多分……校長先生は工務店さんの話を聞いて屋上に確認をしに来たんだろうな。


「屋上に白い服の大女が居るなんて言われて……そんなはずないとここに見に来たら突風とっぷうが吹いてきたんじゃ……し、仕方なかったんじゃああ! 予備のカツラもなぜか見つからんし! 今年一杯で儂は定年だしぃぃ!! 隠しきれると思ったんじゃああ!!」

「た、確かに今年で最後ですもんね。うちの小学校……」


 それだったら、確かに校長先生の行動もわからなくもないし……残り半年を全校生徒から気を使われて過ごすのはちょっと不憫だ。


「今年で終わりなんですか? この学校」

「え、そうなんですよ……と言うか貴女なぜここに? ここ、学校の敷地内ですしそもそも貴女のような教職員は居ないはずですが」

 

 八尺様が口に手を当て、この学校の廃校を知る。

 そこに間髪入れず髪が戻った校長先生は真っ当な指摘をした。良いぞ校長先生! もしかしたら俺助かるかも!!

 この訳の分からない状況で、俺は心の中で校長先生を応援する。


「え、あの……その、私。妖怪で……道に迷ってしまいまして先輩に迎えに来てもらう所なんです」


 もじもじと恥ずかしそうに自分の現状を話す八尺様。

 道に迷った……なんでまた。


「恥ずかしながら、長い間お地蔵さんに『方向音痴だから独り歩きすんな!!』と……でも、ちょっと酸性雨とか長年の風雨が祟って首が落っこちちゃって。これ幸いにと、先輩の住む青森目指して初めて一人旅と思ったんですが……この辺りで不審者扱いされて、困り果ててしまい……とは言え配信を休むわけにもいかないし。と思ったらこの屋上、ソーラーパネルはあるしWIFIあるしで……その」

「……ええと不法侵入罪、窃盗罪、不法占拠罪で3アウト、現行犯逮捕になりますけど」

「ぽ!?」

「ちなみに、現行犯だと私人逮捕が認められてるからさ。校長先生、時計持ってる?」

「あ、ああ。ありますよ?」

「じゃあ……」


 こういうのは勢いだ。

 このままなし崩しに俺はこの場を離れるんだ!!


「午前3時33分、逮捕」

「ぽぽぽ!!?」


 パシャリと俺は腕時計と一緒に八尺様の顔が映るように、首から下げたカメラのシャッターを切る。


「じゃ、署で話を聞くから」


 俺は八尺様の手を取り、屋上から出ようとする……が。


「待ちなさい、6年2組の小森勇樹君。由利碕先生と君のご両親に迎えに来てもらう方が先だ」


 がっしと、俺の肩に手を置く校長先生。

 ……駄目かぁぁ!!


「お父様とお母様が警察官ですから、なんかもっともらしい事をもっともらしくしてこの場を逃げようとしていますが。君も、十分お説教の対象になるんですからね? 校内に墨汁までまき散らして……覚悟はできてますね?」


 も、もう流石に諦め時だろう。

 俺はおとなしく校長先生の後ろに並んで、さらに八尺様が少し身をかがめながら俺の後ろに並んで……なんだこのパーティ。


 しかし、ラスボスは着々と迫っていた。

 

「リア充見つけたんだなぁぁ!!」

「引きずり込むでござる兄上ぇぇ!!」


 騒ぎの本体が……到着する。


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