32:最後の試練 強制編
「カコ!」
「ユウキ!! 良かったぁ!!」
職員用の出入り口の下駄箱に背を預けて、カコは待っていてくれた。
声を掛けると嬉しそうに俺に駆け寄ってくる。
しかし、数歩前で止まると眉根を寄せてふくれっ面で怒り始めてしまった。
「心配したんだよ……あんな無茶して……」
「悪かったよ……けど、ああしなけりゃ二人とも捕まってたじゃんか」
「それは……そうだけど。もうあんな事しちゃだめだよ?」
「わかったわかった……」
と言いつつも、俺は多分同じような状況になったらまた同じことするんだろうなぁ……と心の中で思いながら反省したふりをしておく。
普段なら拳骨の二、三発も飛んでくるんだけど……さすがに今はそんな事をしてこない、のか?
「ユウキのお父さんとお母さんには直接連絡してないけど、夜音さんが警察に電話したって言ってたから……早く学校から出よう?」
「お父さん、お母さん? うん? ああ」
妙に急かすカコの言葉に、俺は引っ掛かりを覚える。
それ以前に……カコは……あんなあっさりと俺の無茶を許すだろうか?
「どうしたの?」
「……いや」
顔も、背丈も、服も……声も一緒……だけど。
なんだろう……俺は何に違和感を覚えたんだ?
それを確かめるべく、俺はある事を口にする。
「カコ、お前……俺の母さんと父さんを『いつも』なんて呼んでたっけ?」
その言葉に、カコは戸惑う様に首をかしげる。
「え? なんで?」
「良いから、言ってみてくれよ」
「……どうしたのユウキ、急にそんなどうでもいい事を」
どうでもいい、か……なるほど。
俺は一歩下がり、カコ……のフリをした誰かから離れる。
「もうちょっと……カコから詳しく聞いてから入れ替わるべきだぜ。偽物」
「……なるほどぉ、華子ちゃんの言う通りだったわ。勇樹は『妙な所で鋭い』」
くるり、とカコの姿をした誰かは正体を現した。
黒髪に混じる白い髪……服装だけはカコと同じ……座敷童の家鳴夜音さん、その人だった。
「カコはな、俺の父さんと母さんをおじさん、おばさん、と呼ぶんだ。昔、母さんからそう呼んでほしいと言われてからずっとな」
「……ふむふむ、大したもんだわ。一つ間違えただけで気づかれちゃうのか」
「父さんと母さんに鍛えられているから……でも、なんで夜音さんがカコの真似を?」
この期に及んでカコが犯人に仕返しをする……可能性は大いにある。
そして予想通りになってしまった答えを夜音さんから聞く事になった。
「あー……君の幼馴染ちゃん。絶対に犯人を血祭りにあげるんだーって聞かなくてね? 実は半ば無理やりに私の知り合いをかき集めたりして……ああなってる」
そう言って指を指す先には……もはや地獄としか言えない光景が広がっている。
うん、知っていた。知っていて無視するしかなかった……悲鳴に混じる『ぐちゃあ!』とか『ばきん! ごきん!』と言った学校が壊れていく破壊音を。
「……どうすんだよあれ、夏休み終わっても学校に来れなくするつもりかアイツは」
「あたしの仲間もやけっぱちになってるわよ……隠す気まるで無し」
着物を着たガイコツが走り回り、お皿を投げる着物の女性、カボチャを被った死神……そして窓がところどころ凍り付いているのは雪女だろうか? 自分で凍らせたのにくしゃみをして鼻をかんでいる。
「これ、警察が来たら余計にややこしくなるんじゃあ」
「……ちょっと行って止めてきなさいよ幼馴染君」
「生身の小学生にあそこへ飛び込めって!?」
とんでもない提案に俺は叫んだ。
「平気平気、怖いだけで痛いことは無い……と思う?」
「なんで疑問形なんですか?」
「一番のポンコツ妖怪が混じってるから……旅館の女将をやってる雪女」
「……女将なら優秀じゃないですか」
「温泉につかってのぼせて湯あたりして湯冷めして風邪ひく雪女よ?」
「……ノーコメント」
そんな夜音さんとのやり取りをしている間に、サイレンの音が近づいて来た。
これはまずい……。
冷や汗が背中を流れるのを感じながら、もはや成す術無しかと諦めたくなってくる。
「いよいよ不味いわね。いい? 妖怪は君に絶対危害を加えない。幼馴染ちゃんを説得してこの騒ぎを治めなさい……」
「夜音さんは?」
「あたしはそうねぇ、偶には迷路でも作ってみるかな……急ごしらえだからあんまり時間は稼げないけど」
「……さっきは逃げろと言っておいて、今度は止めろって……妖怪って自由」
なんか雰囲気で俺がやる方向になってるけど、普通に考えたら酷い話だからなこれ!?
地団太を踏みたいけど、怪我を治してもらった手前……強く言いづらい。
「そりゃあねぇ……存在そのものがルール外だし」
「……そうだった」
「そもそもあたし、明治に遠野物語で書かれた時点と今ではかけ離れてるもん」
「はあ……良く分かんないですけど、わかんないなりにわかりました。行ってきますけど……なんかアドバイス有ります?」
「郷に入れば郷に従え、以上」
……それだけかよ。
力が抜ける肩が妙に重たい。
「……行くしかないか。もうどうにでもなれだ!!」
自分を奮い立たせるために、大声を上げて走り始める。
その背中に悪そうな笑い声を受けながら。
「結局! 俺が全部後始末をするんじゃないかぁぁぁ!!」
この5年以上、なんだかんだとしっかり者に見えるカコであるが……その裏で実は俺が後始末をきっちりしている事を知る者は少ない。
あの暴走好きの幼馴染はそりゃもう周りの事なんか気にせず、好き勝手やり始めるのだから。
まるで……あれ?
ん???
まさか、な?
「なんかカコも夜音さんと同じ側だなんて……何を考えてるんだ俺は」
――くちゅん!
なぜか聞こえないはずの幼馴染の可愛いくしゃみを聞いた気がした俺だった。
◇◆―――◇◆―――◇◆―――◇◆
「……なんで?」
東側校舎へ足を踏み入れた俺を待っていたのは……VIP対応。
俺の姿を見るなり、廊下の端に寄って揉み手摺り手で愛想笑いを浮かべている。
と言っても骸骨の人とかは表情わかんないけど……カボチャはくりぬいた目の部分が笑みの形になるのはどんな原理ですかねぇ!?
「おいてめぇら! 姐さんの相方様が通るぞ!! 火車!! 女将さんに火ぃ消してもらえ! 暑っ苦しくてしょうがねぇ!」
「あ、その……お構いなく」
……つぶらな瞳のハムスターがやたらと江戸前な口調で妖怪たちに指図したり……
「あらあらぁ? 可愛い男の子ねぇ、お姉さんがびぎゃっ!?」
「うわぁ!?」
見事な角を生やしてトラ柄のビキニの水着を着たお姉さんが俺に声を掛けてくるなり、壁をぶち破って八尺様がどう考えても違法ですよね、それ。と言った雷光ほとばしるスタンガンを首筋に押し当てたり……
「おおっとぉ! 良い子は見ちゃダメだゾ!! 隠せ隠せ!!」
「あ、なんかすみません……」
白い布に『自主規制』と書かれたシーツを掲げて、向こうを見せない様にする下半身が蜘蛛の女の人たちに誘導されながら階段を上ったり。
ちなみにその隠されたスペースでは……
「ぎゃあああ! 腕が、腕がぁぁ」
「大丈夫、これを食べなさい……」
「な、治った……」
「じゃあもう一回、痛い目にあいましょうね?」
「ひ、ひああああああああああああああ!?」
と、聞くに堪えない悲鳴や……こう、ぶちぶちと生々しい音が聞こえて来たり……。
精神的に疲れるような行程を進んでいく……。
「はあ、アイツどこにいるんだよ」
「東校舎の北側の階段にいるよ。めちゃくちゃ怒ってたから気を付けてね?」
「本当ですか? 何やってるんだか……」
「後始末をするために準備してるけど……引き際間違えると僕らまとめて掃除されるからさ。怖い怖い、さすがはこの建物ができて最初の怪異なだけあって……この中じゃ僕ら彼女の言う事を聞かないといけなくてさ」
二階から三階に上がる階段でおじさんが教えてくれた。
騒がしい周りの妖怪の中、この人は落ち着いて話ができそう。
作務衣姿のおじさんは無精ひげを手で撫でながら俺の歩く速度に合わせて進んでくれた。
「そうなんですか?」
「そうそう、この土地の夏祭りで毎年奉納の踊りをささげているだろう? 彼女その特性上、僕ら怪異への特別攻撃枠を持ってるからさ。君が襲われないのもその為だね、問答無用で消されるのは嫌だからねぇ」
「……それって、階段掃除のハナコさん?」
「お、思い出せたのかい?」
意外そうなおじさんの顔に俺は恥ずかしそうに鼻の頭を掻く。
「いや、その……知ってたから」
「へ?」
実は、最初からこの話は……知っていた。
知っていた上で……触れなかったんだ。
「まあ……そう言う事です」
「なるほど……僕ら怪異は人がどう繋ぐかに依存する。と言うとちょっと難しいかな? 要はどう望んだかによる、という事さ……友達でありたいとか、夫婦でありたいとか、恐怖でありたいとか……『幼馴染』でありたいとかね。ま、君なら大丈夫だろう……苦労性だし」
「酷い言い方……ええと」
あれ? そう言えばこのおじさんの名前なんだっけ?
「ぬらり、ぬらりひょんだから……『ぬらり』さ。良い話ができて良かったよ、じゃあ……頑張って。この上だ」
そう言ってぬらりさんは俺の背中をポンと叩いて、踵を返した。
そっか、ぬらりさんって言うんだ。
「ありがとう、ございます」
ぺたん、ぺたんとゆっくり階段を降りるその背に向かって頭を下げる。
なんか……すっきりした気がしたから。
さて、あの幼馴染……どうしてくれよう?
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