14:踊る人体模型 調査編

「どうだカコ……体調変だったりしないか?」

「ぜんぜん……ユウキは?」

「俺も大丈夫」


 何となく不思議な雰囲気ふんいきの中、夕食を終えた俺とカコは3階にある踊る人体模型のある理科室に向かった……一応なんか変な事をされてやしないかと2人で全身を確認したり、体調がおかしくないかを確かめながら。


「そういえばユウキ、理科室の鍵は?」

「鍵? 必要ないじゃん……ほら、扉の窓から覗けるし……追いかけられた時は鍵が締まってた方がいいじゃん」

「そうだね。あ、本当だ」


 懐中電灯を持つカコがゆっくりと理科室の中を探る。

 机の並んだ奥、窓際の所に目的の人体模型はあるはずだった。

 あるはずだった、と言うのもカコの一言で事態が急変きゅうへんする。


「あれ? ユウキ……人体模型……無いよ???」

「は!? んなわけないだろ」


 実は夕食を食べる前に一度場所を確認しておこうと俺はここにきて写真を撮っていた。

 その時にはいつも通り……いや、真っ暗なせいか不気味にたたずんでいたのを見ている。


「……本当だ」


 がらっ……


「開いてる?」


 身を乗り出して理科室のドアをさわってしまった時に、少しだけ開いた。

 つまり……。


「カコ、そこの窓から先生用の駐車場見えるか?」

「待ってて」


 ぱたぱたと廊下を横切り、窓から駐車場を見るカコ。

 すぐに手を振って『無い』と返事が返ってくる。


「……ねえ、ユウキ……アレ、見える?」

 

 カコに呼ばれて俺はカコの指を差す先に目を凝らす……すると。

 一階の廊下を流れるように進んでいく……人体模型。

 

「人体模型が一人で歩いている?」

「だよね? え、ユウキ……踊る人体模型って3階の理科室じゃないの?」

「……どうなってるんだろう。追いかけるぞカコ」


 腕時計を見ると9時ちょうど、後15分だ。

 幸い暗さに目が慣れてきているし、今日は満月で雲も無い……懐中電灯も無くても困らない程度には明るかった。


「うん、ユウキ……カメラは?」

「もちろん持ってる、急ごう」


 とは言え危ないので足元に気を付けて階段を下りていく、1階までスムーズに進んでいって廊下をしゃがみながら進む。


「どこに行った?」

「多分1階の音楽室だと思う……あの先で踊れる広い場所なんてあそこしかないし、片側の壁が一面窓だから外から見えるよ」

「……そうか、外から見えないと誰もわかんないもんな。じゃああの角を曲がって行くか」


 目的地さえ定まれば後は周りに気を付けて歩けばいい、いつでもシャッターを切れるように俺が前、カコが後ろについて先を急ぐ。

 もうあと5分しかない。


「……なんだろうこの線」


 カコが言う通り道に沿って2本……場所によっては3本、4本……もしかして2本の所は重なっているのだろうか? そんな線がずーっと続いていた。


「これ、音楽室まで続いてるんじゃないか?」

「あ、そうかもね」


 奥の角から先は音楽室にまっすぐ続いている、他の教室は多分鍵がかかってるから入れないはず。耳をませながら進んでいくとやっぱりその何かの跡は曲がり角を曲がり、まっすぐと続いていた。


「やっぱりそうだ……カコ、電気ついてる」

「……音楽室も鍵かかってるはずなのにどうやって入ったんだろう」


 カコの言う通り、夏休みに関わらず鍵は職員室で一括管理されていてその担当教科の先生しか持ち出せない。

 じゃあ……もしかして……。


「……これも先生が絡んだ不思議なのかも。でも音楽の先生はいなかったよな?」

「今日は来てないはずだよ……あ、ユウキかくれて!」


 むんずとカコに背中をつかまれて廊下の柱のかげに二人で抱き合うように隠れる。

 ぎぎぎ、と重たい軋む音を立てて音楽室の防音扉ぼうおんとびらが開く音は深夜の学校にひびき渡った。


「さんきゅ……カコ」

「しーっ!」


 ひそひそ声でカコにお礼を言ったが……これで確定。

 この不思議も先生とかの用事か何かみたいだ……と言う事で怖さはなくなったけど……じゃああの廊下の2本の線の跡は何だろうかとか、疑問を解くターンだ。


 そんな俺たちに音楽室から流れるある曲が耳に届く。

 厳かでゆったりとした落ち着く曲……この音楽はどこかで聞いたような。


「この曲って……夏祭り奉納ほうのうの……」

「アレだよね、毎年女の人が選ばれて神様に見せる踊りの音楽」

「扉は……換気かんきのために開けたんだ」


 そーーーっと柱の陰から左目を出して覗くと……そこに見えたのはいつもの赤いジャージを着たユリちゃん先生が曲に合わせて踊る姿と、それを去年の踊り子であった目黒先生が真っ黒な上下の服を着て教えているところだった。

 

「そっか、目黒先生去年おどってたもんね……今年はユリちゃん先生なんだ」

「で、人体模型は神主さんの代わりって事か」


 よく見れば人体模型は神主さんが持ってるひらひらの紙がついた棒を持ってたり、可哀そうにおでこには『神主さん代理』と書かれた紙が貼られている。

 その足元は荷物を運ぶ用の台車に乗せられていた。

 

「床の跡はあの台車だね……写真撮る?」

「……いいや、これは神主さんに話を聞いたって事にして教室にこっそり戻ろう」

「ふふ、そうだね……ん? あれなんだろう」


 にっこりと笑ったカコが真向いの柱に取り付けられている消火器に目線を合わせる。

 音楽室の明かりでぼんやりとその消火器も見えるんだけど……カコは音楽室の様子ようすをうかがって、タイミング良く向こう側へ移動した。


 俺の位置からは良く見えないけど……何かを手に取って不思議そうに首を傾げている。

 とりあえずここを離れるにしたことはない、俺は指を帰る道に向けてちょんちょんと動かした。

 カコもそれを見て頷いて、微妙びみょうに際どいタイミングで目黒先生に見つかりそうになりながらもその場を後にする。


「何それ」


 十分に離れて、声も届かない姿も見えない位置に来た頃……俺はカコの手に持っている何かを訪ねる。


「何だろうこれ……黒いふさふさの何か」

「なんだそれ……貸してみろよ」

「はいこれ」


 受け取ると滑らかな手触りの糸の集合体……裏(?)にはプラスチックのクリップみたいなものが二か所……色は黒で……うん、これって。


「かつらじゃないか?」

「へ? そうなの?」

「うん、叔父おじさんが確か同じような物を着けてたはず……でもなんでこんなところにかつらが?」

「さあ、後で道で拾ったってユウキのおじさんとおばさんに渡しておいたらどう?」

「そう、すっか……困ってるだろうし。学校の校庭で拾ったって事にすればいいか」


 そう言って無造作に俺はズボンのポケットにそのかつらを突っ込む。

 後に、これが事件につながるなど思ってもみなかった。  

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