13:踊る人体模型 座敷童編

「夏休み前、普通に通れたのにな」

「……カレーが憎い、かつ丼が憎い」


 カコの方が妖怪みたいな声を出して、体育座りでぶつぶつと食べ物へのうらごとつぶやいている。

 わからなくもないけどストレートに太ったとは言わない、調査の前から再起不能なダメージはいらなかった。


「ところでカコ、そろそろどうかな?」

「……見てみる」


 のっそのっそとゆっくりとした動作でカコは教室の扉を開けて、廊下の窓から職員用駐車場を双眼鏡そうがんきょうのぞく。俺は俺であんまり明るいと校庭側とは言え教室が見えてしまうので教室のカーテンを……閉めたらかえって目立つかな? 外から見えるカーテンの模様もようは結構目立つのだ。

 仕方なく懐中電灯かいちゅうでんとうの明かりを一番弱くして、コンビニでもらった袋をかぶせる。

 父さんに教えてもらった簡易かんいランタンの出来上がり! 周りがぼんやりと明るくなった。


「ユウキ、2台とも無くなってるから帰ったみたい」

「やったな。これで学校内を歩くのは安全だな……ご飯食べようぜ。もう7時過ぎちゃった」

「うん、ユウキのおにぎり久しぶりだね」


 俺がリュックから取り出したのはちょっと大きめ、ソフトボール位の大きさのおにぎり二つ。

 海苔のり綺麗きれいに巻かれて手が汚れにくいのがポイントである。


「父さんも母さんも夜勤の時は良くこれ作ってたしな、どっちがいい?」

「中身違うの?」

味噌みそ醤油しょうゆ

「……じゃあお味噌が良い」


 指先をうろうろと彷徨さまよわせた後、カコは味噌おにぎりを選んだ。

 中身の具はどちらも同じで最後につけて焼いたのが違うだけ。


「じゃあこっちだな、ええと……お茶どこだっけ」

「いただきまーす」


 リュックからお茶を取り出す前にカコがラップをがして……大きく口を開けて頬張る。

 幸せそうにかぶりつくカコに呆れつつ、2本のお茶の内、1本をカコに渡して俺もペットボトルのふたを開けた。


「おいひい……おばさんのカレーも美味しいけどこのおにぎりが一番好き」

「そりゃどうも……お、一口目が豚の生姜焼しょうがやきだ」

「私のは玉子焼き」


 二人並んでおにぎりを食べながら一息入れる。

 今日は大変だからしっかりと栄養えいよう補給ほきゅうしておかなきゃいけない。


「今日は徹夜てつやだからしっかり食べ……」


 お茶で口の中のおにぎりを流し込もうとして、カコに声を掛けたら……口をぱんぱんにふくらませている幼馴染が居た。

 冬の巣ごもりの前のリスみたいな顔している。


「ひゃひ?(なに?)」

「いや、幸せそうだなぁって」

「んぐ……もご……」


 しゃべろうとしてしゃべれないカコに落ち着いて食べろよ。と声をかけて俺は学校に入る時の目黒先生とユリちゃん先生の話を思い出す。

 俺が見つけた学校の不思議は5つ、でも……確かにあの時ユリちゃん先生たちは6不思議と言った。あと一つってなんだ?


 もしかして調べたつもりで見落としてたのかな?

 そうだとしてその6つ目って……? ここにきて増えてしまった学校の不思議……確かに父さんのタブレット端末で調べたら昔は学校の不思議と言えば7不思議って呼ばれてて他の学校にもあったらしい。


「何か困ってるのかな? おねーさんが聞いてあげようか?」

「6つ目って何だろうなって思ってたんだよ。カコは聞いた事……」


 カコに聞かれたのかと思ってとなりを見ると……カコの口を手でふさぐ白と黒の髪の女が俺を見てわらっていた……。

 黒い革のジャケットには金属のパーツやドクロマークのピンバッジがついて、同じような黒い革のパンツに頑丈がんじょうそうなブーツ。


「だれ?」

「しあわせ運ぶプロゲーマー、座敷童ざしきわらし家鳴夜音やなりよねおねーさんです」

「…………ああああ! プールの中に居た不審者ふしんしゃ!!」

「いやぁ久しぶりだね。おかげでスマホと携帯ゲーム機が水没でお釈迦しゃかだったんだぜぃ」


 空いている手の指でちっちっち、と左右に振りながら自称座敷童……不審者が得意気にしゃべる。


「カコから手を離せよ」

「カコ? ああ、この子? ごめんごめん、苦しかった?」

「ぷはっ……ユウキ、この人が?」

「プールの不審者でユリちゃん先生に多分蹴られた人」

「……すごい痛かった……まさか問答無用もんどうむようで蹴られるとは思わなかった」

 

 声が同じなのでもしかしたらと思ったけど、やっぱり、あの時蹴られたのもこの人だった。

 顔の辺りにあとが残って無いのが不思議なくらいおもいっきり蹴られてたのに……すごい。

 

「……ユウキ、有名人だよ? プロゲーム配信者の家鳴さんって」

「お、いいねぇ。今度配信で世界一に輝くからチャンネル登録と高評価よろしくっ!」


 そう言って家鳴さんはピースを横にしてウインクするけど、俺にとってはなんじゃそらとしか思わない。大体見た事が無い。

 そんな俺の様子にカコが気づいてため息をついた。


「そうだった……ユウキあんまり動画配信とか見ないもんね」

「人のやってるゲームみてもなぁ」

「そういう人も居るからおねーさんは気にしないな! でも神プレイはここでしか見れないんだぜぃ!」


 ……ちょっとうっとおしい。

 でもカコの話からすると……座敷童ってどういう事?


「全然座敷童っぽくない」


 素直な感想を俺が口にすると自称座敷童の家鳴さんはカクン、と肩を落とす。


「まあ、今どきの妖怪なんてそんなものよ……話の伝わり方だけであっちにもこっちにも同姓同名の怪異があふれてるからねぇ。ま、どう思ってもらっても良いわ」

「ところで……不法侵入なんで警察呼んでいいですか?」


 俺たちも人の事は言えないんだけど、本物の不審者がいる以上仕方ない。

 カコが手早く持ってきたスマホで110番をしようとするのを、家鳴りさんがひゅっと手を伸ばして止める。


「それは待ってほしいかな。安心してよ、あたしの目的は大体終わってるの……今日は君らにアドバイスに来ただけだよ」

「アドバイス、ですか?」

「そうそう、君たち学校の不思議を調べてるんだよねぇ? どんなのを調べているのかな?」

「……踊る人体模型とトイレの太郎さん、赤い警備員」


 黙ってても仕方が無いので、素直に俺が答えた。

 その答えに家鳴さんは首をかしげつつ、しばらく考えた後……。


「うん、それだけならいいや。頑張ってね」

「へ?」


 あっさりとした回答。てっきり危ないぞ、帰れとか言い始めるのかと思ったのに。


「ただし、残り二つは……そのままにしておいてくれると良いかな」


 ふふふ、と意味ありげに笑いながらそんな言葉を残して……うっすらとぼやける。

 え? 何か向こう側が透けてるんだけど!?


「良い事ある様にサービスしとくわね」


 そう言って、蜃気楼しんきろうみたいに揺らいだ後……家鳴さんは影も形も無くなった。


「か、カコ……」

「ユウキ……大丈夫。私も見えてたし聞こえていたよ……」


 それから教室の外を見ても、足音もしなければ姿なんて全くなく……変な話だけどキツネに化かされたかのように座敷童にアドバイスされる。

 時刻は夜8時、踊る人体模型の時間が迫る中……疑問だけが残るのだった。

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