6:職員室の黒電話 検証編

「良かったねユウキ、おじさんとおばさんが許してくれて」

「お、おう」


 結局、昨日の夜の事は誰にも言えなかった。

 まばたきをしたら白と黒の髪の女は消えていたから……。


「もう……どうしたの? 晩御飯の時からユウキ……様子が変だよ?」

「そ、そんな事ねぇよ! 今日の調査の事を考えてたんだ」

「ふーん、てっきりプールの女の子の事考えていたのかと思った」


 ジト目のカコが学校の通用門つうようもんを手で押し開きながら俺に言う。

 確かにある意味カコの言う事は当たっていた。


「それは正体って意味でな……幽霊なんかじゃないんだしどうやって足跡も残さず逃げたのかなって……」

「……うーん、案外本物の幽霊だったりして」

「夕方だぜ? 午前二時……ええと、何時って言うんだっけあれ……」

丑三うしみどきだよ。お化けが出る時間」

「じゃあやっぱり違うじゃん」


 俺とカコはユリちゃん先生と約束した通り、学校の職員用の入り口まで二人で歩く。

 セミの声とじりじりとした地面の照り返しの熱で汗が止まらない。

 今日はカコも薄水色のワンピースにショートパンツをいて、動きやすい身軽な格好だ。

 麦わら帽子をかぶっているけど汗がにじんでいて、俺が家から持ち出してきたおでこに貼る冷感ジェルシートを張り付けている。


 俺も昨日と同じような格好にジェルシートを額に乗せているけど……リュックを背負った背中と肩のベルトの辺りがすでに汗でびっしょりだ。


 早く職員室に行って涼しいエアコンの恩恵おんけいにあずかりたいと先を急ぐ。

 途中、校庭にいるサッカーをやっている生徒の楽しそうな掛け声が聞こえてきた。俺も去年まではそっち側の人間だったんだよな……今年はやることを済ませてからになりそうだけど。


「ユウキ、あれユリ先生の車じゃないかな?」


 丁度、職員用の駐車場に何台か車が止まっていてカコがその中の一台を指差して俺に問いかける。その方向を向くと確かに薄紫色の軽自動車がエンジンをかけたまま止まっていた。

 車の車内はアニメキャラクターのサンシェードで目隠しされていて見えないが……多分あの中にユリちゃん先生が居そう。


「だな、声かけるか」

「うん」


 二人でビーチサンダルの足音をひびかせて車に向かうと、ちょうどユリちゃん先生が車から降りてきた。

 

「ユリちゃん先生! おはようございまーす!」


 手を振りながらカコが元気に声をかけると、ユリちゃん先生は微笑んでこっちに手を振り返してくれる。

 ……なんか上機嫌だ。

 いつもだと朝が弱くて、へにょへにょな挨拶しか返してこないのに。


「おはよう! 華子ちゃん、勇樹君! 今日はいい天気ね~」


 その言葉に、カコも同じことを思ったらしい……俺の顔を見てアイコンタクトで『どうする?』と問いかける。

 ぶっちゃけユリちゃん先生が上機嫌な時って、役に立たないんだよな。

 HR忘れたり、家庭訪問で鍵忘れて行ったり、車置いて歩いて帰っちゃったり……。


「先生、おはようございます。 何かいいことあったんですか?」


 こういう時はカコに任せる。

 何せ一番の被害者は誰だと言ったら……全校生徒一致でカコだもん。


「聞いて! カコちゃん! 一し二次元動画配信者のグループがついにワンマンライブなの!! その限定チケットの抽選ちゅうせんに……当たったのよぉぉぉぉお!!」


 いつもの赤いジャージのポケットから……ケースに入れられたチケットをかざして……その場でくるくると踊り始めるユリちゃん先生。

 こりゃ駄目だ。


「……先生、おめでとうございます。せめて明日にしてくれればよかったのに」

「……カコ、今日はお前が頼りだ。頼んだぞ子守」

「……さっさと終わらせようねユウキ」

「……頑張る」


 今日の調査は一筋縄ひとすじなわではいかないのをさっして、カコが悲壮ひそうな顔で俺にしがみつく。

 うん、うん……。今日は俺ふざけないで頑張るから。

 これは仕方ないのでカコの頭を大人しく俺はでてやる。そんな俺たちの様子を見て、当の本人であるユリちゃん先生が頭に『?』マークを浮かべた。


「??? なんで二人とも始まる前から暗い顔をしているの?」

「ユリちゃん先生が使い物にならないなぁって……確信したからです」


 ごごご……と黒い気配をまとっているかのようなカコの宣言。

 

「だ、大丈夫! 調査の時は先生頑張るから!」

「そこが怖いんです!? もういい加減にわかってください!?」


 大変だなぁカコ。

 俺は達観たっかんしたように持ってきた水筒のスポーツドリンクを一口飲む。

 世話焼きで優しいカコがユリちゃん先生の大ポカを先回りする事で防げる未来、周りの生徒どころか先生方にまで期待されちゃってるもんなぁ……別な意味で学校の不思議と思われてるもん。


「さて、今日は職員室の黒電話か……本当になるのかな?」

「ユウキ……見捨てないで」

「無理だって……頼むから黒電話にユリちゃん先生近づけないでくれよ?」

「勇樹君も酷い! 先生頑張るから!!」

「「空回りなんです!! 気づいてお願いプリーズ!」」

 

 そんな前途多難ぜんとたなんな事が予想される本日の調査。

 ただただ待つだけなのにそれで終わらなそうだ……。

 

「もう……あら? 学校の中にもう入ってたの?」


 急にユリちゃん先生がそんな事を言い出した。

 俺とカコが首をかしげてユリちゃん先生の見ている方に顔を向けると……通用口の扉が開いている。


「俺たち今来たところだよ先生。他の先生じゃない?」


 別にユリちゃん先生だけが学校に来ている訳じゃないでしょ、他の先生だって仕事があるだろうし。実際に車も何台か止まっているしな。

 

「あれ? 私……学校の鍵開けてなかったと思うんだけど」


 そう言ってユリちゃん先生はポケットから学校の鍵束を取り出す。

 ジャラジャラとなるその束を見てカコは呆れたように告げた。


「先生、もしかして昨日鍵かけ忘れてたんじゃないですか?」

「えええ……そんなはずは」


 無いと断言だんげんできないユリちゃん先生の様子から、なんとなくそれに近い事態だと俺は判断する。

 きっと他の先生がユリちゃん先生の車を見つけてもう開いてるだろうと入っていたんだろう。


「じゃあ、さっそく涼しい職員室で宿題始めるかぁ……」

「おばさんからしっかり監視かんししてねって頼まれたから厳しく行くよ!」

「私も……算数と理科は苦手だし、華子ちゃんよろしく」


 こうして、学校の怪談二つ目『職員室の黒電話』の調査が始まった。

  

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