4:すすり泣くプール 答え合わせ編

「心配しましたよ!? けつけたら首だけプールに沈んでるんですから!」


 流石に心配が大きかったのか、ユリちゃん先生の語気ごきが強い……。

 あの後、三人でプールの周りを一周したんだけれど……俺とユリちゃん先生以外の足跡は見つからなかった。濡れているから絶対に足跡は残るはずなのに……犯人は忽然こつぜんとプールから消えたのだった。


 そしてそのまま俺とカコはお説教タイムに突入なのである。

 ちなみに俺は濡れるかもしれないと思って着替えをリュックに入れてたし、ユリちゃん先生は何故か同じジャージを着替えに持ってきていた……そういえばユリちゃん先生の私服を見たことない。


「そもそも、夏休み中に学校内の立ち入りは禁止だって昨日の終業式でも言ったでしょう? 業者の人も来るし」

「「はいぃぃ……」」


 カコと俺、二人並んで更衣室の前の廊下で項垂うなだれた。

 

「とは言え……そんなに強く先生も怒れないのよねぇ」


 うん?

 いつもなら心配されつつ怒られて、なんだか申し訳なくなる流れなんだけど……ふう、と腕組みしたユリちゃん先生は困ったように笑う。


「実は先生もこの学校に通ってた時に勇樹君と華子ちゃんと同じことしたのよね」

「先生も!?」

「意外……」

「でしょ? まあ……そのせいで君たちも知っての通りホラー映画や怪談話が一切受け付けない身体になった訳だけど!!」


 両手を顔に当てて嫌々いやいやをするユリちゃん先生、この学校全員が知ってるユリちゃん先生の怖いもの嫌い。おかげで宿直をさせられないほどだと独身のちょびひげ教頭がガミガミ言ってたことがあったなぁ……周りの先生や女子生徒にすげぇ冷たい目でにらまれてから言わなくなったけど。


「なんだ、じゃあユリちゃん先生も協力してよ! 踊る人体模型とか夜にならないと調べられないんだ!」


 我ながら名案だと思う!! 

 先生がついていてくれれば怒られないじゃん。


「えええ、ユウキ……先生のお世話できないよ私」


 カコ、俺がどういうつもりかすぐに理解してくれたのはうれしいけど……なかなかに酷い事言ってるのに気づこうな?

 

「い、言うわね華子ちゃん……でも否定できない。勇樹君、他の自由課題にしない?」

「ダメだよ、今年までしか調べられないんだから……」


 この学校の閉校、それはもちろんユリちゃん先生も知っている。

 まっすぐに見上げるユリちゃん先生の表情は困ったような、それでいて薄くほほ笑むような複雑な表情だった。


 ……しばらく、そのまま沈黙し続けていたらカコが口を開く。


「先生、ちゃんと危なくない様に私もユウキを見張りますから」

「……なんでカコが母さんみたいな事言ってるんだよ」

「そうねぇ、華子ちゃんが居れば勇樹君もあんまり無茶しないか……」

「先生!? 俺そんなに無鉄砲むてっぽうじゃないだろ!?」

「「え? 10分前を思い出そうか?」」

「……はい、ごめんなさい」


 あえなく撃沈げきちんしたけど、この分だとユリちゃん先生の説得は難しくなさそう……。

 実際数分悩んだ後にいくつかの条件を出された上で、協力してくれることになった。


「で、さっきのは何だったんだろうね?」


 とりあえずすすり泣きは聞こえた、なんか良く分からないやつがプールの中に居た。

 それは確かめられたけど……結局何だったのかはわからずじまい。

 カコの言う通り不思議はあった……。


「それに、二階の窓を割ったの……勇樹君が見た人と同じ人なのかしら」

「わかんないけど……女の子っぽかった。髪が長かったし、綺麗きれいな目をしていたぜ」

「ふぅん、ユウキ……よく見てるね」

「なんでそこで不機嫌ふきげんになるんだよ……」


 たまに、カコは訳が分からないタイミングで不機嫌になる。

 眉をへの字にして、目を細めて……じとぉ……と梅雨の時期の湿気かってくらい粘着質ねんちゃくしつに俺をじーーーーーーっと見つめてくるんだよ。

 はっきり言おう、俺この時のカコが一番怖い。

 幽霊なんかより、ユリちゃん先生の怒った時より、父さんや母さんが大激怒だいげきどしている時より……何倍も怖い。


 しかもその時のカコはしつこいんだよな……。


「私も髪が長いんだけどなー」

「そうだな」

「視力2.0です」

「そうだな」


 何をアピールしたいんだかわかんないけど、父さん曰く『男はな? こういう時はひたすら同意するんだ勇樹、それ以外に方法は無い』あの時の父さんも怖かったな……。

 遠い目をしながらそのことを思い出して『そうだなマシーン』になる俺。 


「……華子ちゃん、勇樹君の事かなり好きだよね」

「わかりやすいですよね。私」

「……これは苦労するわよ」

「三年目にしてこれだといろいろ達観たっかんしてきました……」

「ん? 何を話してたんだ」


 なんか話題がれたっぽい。

 なんでもない、と深いため息をつくユリちゃん先生とカコ……。

 気にしない方が良さそうだ、とにかく今はすすり泣きの正体だ。


「もしかして俺とカコ以外にも学校に忍び込もうとしてる人が居たりして」


 一番わかりやすい答えにユリちゃん先生も頷く。


「その人がすすり泣きの正体? そんな訳ないわよ……あの話の正体は先生だもの」


 ……え!?

 あまりにもあっさりとユリちゃん先生はすすり泣くプールの事について話し始める。


「あの話の原因はね……数年前にほら、流行り病の感染症かんせんしょうが全国であったでしょ? アレのせいで二人も知ってると思うけどプールや体育があんまりできなくなったじゃない」


 もちろんその時の事は覚えている。

 毎日ニュースで全国で何人の感染者が出たとか流れていて、父さんや母さんがマスクを買ったり消毒液を買ったり、家に帰ってからも外に遊びに行かない様にとカコが毎日俺の家に来ていた。


 体育館での朝の運動や、夏休みのプール開放もやらなくなって……家の中でゲームをしている事が多くなっていく……。

 そんな事があって俺とカコは運動会とかは一年生の時にやった記憶しかない。


「それがすすり泣くのと何の関係があったんですか?」

「実は……」


 カコから質問されて、ぽりぽりとほほきながらユリちゃん先生が当時の事を振り返る。

 

「授業のプールだけだと25メートル泳げない子が練習する時間、あんまり取れなかったのよ。華子ちゃんと勇樹君は2年生の時にもう泳げたから関係なかったんだけど……夏休みのプール開放で練習して泳げるようになる子も多かったんだよ。覚えてるかな? 皆が授業で泳いだ後……毎回消毒作業を先生がしてたの……」


 俺は水着姿ででっかいポリタンクを背負ってるユリちゃん先生をすぐに思い出す。 

 十五分しかないいぃぃ、ってどたばたとプールの周りに消毒液を散布しているユリちゃん先生を見かねて、理科の先生や音楽の先生も協力していた。


「そんな時かな? 当時2年生の子がどうしても10メートル泳げない子がいてね。ご両親も心配していたから放課後少しだけプールを使わせてあげれないかと先生、悩んでいたんだよ……」

「そうだったんですか」

「決まって入り口から二つ目のロッカーを使う子でね。先生も良く覚えてたの」

「あー、そう言えば決められたな使うロッカー」


 感染症対策で一個飛ばしで使ったり、使う場所は毎回同じにする事って毎回ユリちゃん先生が案内をしていて大変そうなことは覚えている。


「校長先生とかにも相談したんだけど、まだ治療法ちりょうほうが良く分かってない病気だし……感染したらどれくらい影響えいきょうが出るかわからないからってなかなか許可が下りなかったの」

「もしかして、その時……ロッカーに張り紙があった?」

「そう、25メートル泳げるようになりたいですって書いてあってね。感極かんきわまっちゃって……」

「……それで先生が泣いてる所を誰かが通りかかって」

「そうかも……皆に見られない様に更衣室の鍵を閉めてプールでこっそりだったんだけど……後から理科の先生に更衣室の換気口とつながってるから聞こえましたよって」


 そこまで聞けば俺でもわかる。

 きっとユリちゃん先生頑張って何とかプールを使えるようにって思ってたんだろうけど、できなかったんだろうなぁ……だって用が無ければ買い物にすらいけない時期があったもん。


「それですすり泣くプールの撃退法げきたいほうは……『1分以内に更衣室のドアを開ける』だったのか」

「鍵を閉めて気づいたんだよね、更衣室側からって自由に開けれる!! って……」

「そう言うって事は先生、一度誰かに見つかったんですね」

「あ、あはは……見回りの先生にびっくりされちゃった。ちょうどみんなが帰った後、4時過ぎからプールの消毒をしていたからね」


 つまり、泳げない子が増えちゃって。どうにかできないかとユリちゃん先生が頑張った。

 でもプールは使わせてもらえない。ユリちゃん先生がごめんねぇ……とプールでこっそり泣く。

 それを更衣室の前の廊下を歩いていた誰かが泣き声を聞いて更衣室に入るけど、誰もいない……か。


「……すすり泣くプールの正体はユリちゃん先生か」

「それで間違いなさそうだね」


 すっかり日がかたむいて来た学校の廊下に目を向けると、なんとなく肩を落としてとぼとぼ歩くユリちゃん先生の姿が見える気がした。

 今年こそこんなに元気溌剌げんきはつらつだけど、去年までは結構落ち込んでいる事も多かった気がする。

 

「学校の不思議なんて案外……先生や勇樹君たち生徒が作り上げた物だったりするのかもね」


 それはそう。


「それはそれで、なんでその話が生まれたのか……残せそうだな」

「……さっきから不思議だったんだけど。ユウキはこの自由研究で何がしたいの?」

「さっき言わなかったか? 幽霊なんていない事を証明するんだよ」

「……初耳、そんなくだらない事の為に」


 くだらなくなんかない! それに、もう一つの目的もあるのだ。

 それはカコにも教えない。まだまだ早いんだ……だから用意しておいた答えを話しておく。


「この学校に怖いうわさや謎が残ったままにしていたら、もう調べられないからな。違ってたら学校が可哀そうじゃん」

「……勇樹君、意外とロマンチストなのね」

「……先生、ユウキの場合はお父さんとお母さんの影響じゃないかなぁ」

「……そう言えばそうだった。あ、じゃあ不味いかも」

「「え?」」

「窓割られたの教頭先生に一応警察に見て確認してもらえって言われたから……電話しちゃった」


 …………なんですと?

 

「ユウキ、ご愁傷様しゅうしょう……」

「カコ!? あきらめるの速くないかお前!!」

「判断って早い方が良いんだよ?」

「俺の家で見たアニメのセリフだよそれ!!」


 ……ちゃんと10分後、俺は父さんと母さんに捕まって帰宅することになった。

 明日改めて学校に来る約束だけはしたけどな!? 



 ……すすり泣くプール、一応解決。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る