3:すすり泣くプール 犯人発見編

 ――ォォォオオ


「な、なに……この声」


 ユリちゃん先生の戸惑う声に、逆に俺は冷静れいせいになれる。

 時間を見ると間違いなく4時44分ぴったりに泣き声が聞こえてきたんだ。急に俺の背中に#ぞくり__・__#とした何かがのしかかって来る。


「ユウキ……」


 ぎゅっと俺の服のはしをカコが握りしめてきた。

 確かに更衣室にひびくこのすすり泣きに交じる嗚咽おえつは聞いていて気分が良いもんじゃない。

 だけど……俺は警察官の息子だ。


「心配すんなよカコ、しっかり対処方法は調べてある」


 そう、ただ単に調べるだけではない。

 俺は『解決する』ためにこうして調査に乗り出したんだ!


「ユリちゃん先生! 更衣室のドアを開けて! 俺、男子更衣室のドア開けてくる」

「え? ドア!?」


 俺はそれ以上説明しないでユリちゃん先生に捕まれた頭を振りほどき、男子更衣室へ急ぐ。

 廊下をはさんで男子更衣室に飛び込んだ俺は、プールに続く通路へのドアを開けるために駆け寄った。でも、鍵がかかっていたのとあせってたのか……なかなかうまく開けられない。


 時計を見ると4時44分40秒、あと二十秒しかなかった。


ひねるだけなのに……」

「ユウキ!」


 いつの間にか追いついて来た誰かが俺とドアの間にもぐりこんで、ドアノブのカギをかちゃりと開けてドアを開け放つ。


「カコ!?」


 きゅっと結んだへの字の口と俺の顔にかかった黒髪で、すぐに幼馴染カコと分かった。

 ずっと前に俺の家に遊びに来た時に、母さんから貰った香水の匂いがふわりと薫る。


「間に合ったぁ……」


 ぺたん、とその場にへたり込むカコだけど。


 ――ぅぅぅうう


 ……すすり泣きが止まらない!?


「なんで!?」

「ゆ、ユウキ……」


 更衣室を見回すけどすすり泣きの正体はどこにも見つからない……ただ……


「プールの方から聞こえる……」


 カコが恐る恐る短い廊下の先、プールに向けて指をさす。

 確かに声は更衣室に響いているけど……その大元はプールの方から聞こえてきていた。


「も、もしかしていきなり大当たりか?」

「大当たり?」

「うん、学校の不思議ってさ……」

「うん」

「誰かがわざと流しているかもしれない……って前に父さんが言ってたんだ。その犯人が……この先に居るかも」


 その言葉にカコがわかりやすく肩をねさせる。

 何せ普段は怪談とかお化け屋敷が何よりも苦手なんだ。俺といるときはなんか大丈夫らしいけど。


「カコ、先生呼んできてくれ。向こうのカギと扉は締めてきてくれな?」

「わかった……ユウキは?」

「俺は……声の正体を確かめる」


 置きっぱなしだったリュックを引き寄せ、家から持ち出してきたデジタルカメラの電源を入れて取り出した。

 母さん#が__・__#来年の入学式で使いたいと駄々だだをこねて買ったばかりの最新版、昨日の内に充電もしてきたから動画でもばっちりとれる。

 そんな俺にカコは心配そうな眼差しを向けてうなずいた。


「す、すぐ戻るね」


 こういう時、カコは俺を止めない。

 絶対に止まらないってわかってくれてるからだ。


「頼んだぜ!」


 カメラのシャッターをいつでも押せるようにかまえて……いけね、落としたらまずいから首掛けのストラップだけはけておこう。

 走りながらストラップをつけると、すぐにプールに出た。


 周りを見渡すと……誰もいない。


「あれ?」


 気が付けばすすり泣きの声も消えていた……。

 ビート板くらいしか置かれていない室内プールは隠れる場所なんてないのに……。


「もしかして水の中???」


 まさかとは思いつつ俺はプールに首を突っ込んでみた。どぷん、とプールの淵に手をかけて一気に首を突っ込む。

 そこには、カエルみたいに口を膨らませた女がいた。


 …………

 ………………

 ……………………


「ヴァベ???(だれ???)」


 ぼこぼこと俺の口の中から疑問の声と空気があふれ出す。

 あまりにも驚きすぎて……かえって冷静になっちゃったよ俺。

 それは向こうも同じらしく、目が点になったまま白と黒の髪の毛を海草の様にうねうねと漂わせてじーっと俺の眼を見ていた。

 自慢じゃないけど、俺……岩手のばーちゃんの家の裏手が海だったから……遠泳できる。

 息もかなり長く続く……。


 おおよそ一分くらいかな? そのままあざやかな茜色あかねいろに染まり始めたプールの中で謎の対面は続いた。

 眼をぱちくりさせる女は……よっぽど驚いているのか時折こぽり、と泡を口の端かららしているけど……動かない。


 そんな不思議な時間は唐突とうとつに終わりを迎えた。


 ――勇樹君!!


 水の中でも聞こえてきたユリちゃん先生の声に、俺の視線が一瞬横にそれる。


 どぽんっ!!

 

 無数の泡と真っ赤なジャージが俺の視界を支配して、がばっと肩をつかまれて無理やり水中から頭を起き上がらせられた。

 その目の前には涙目で怒り心頭、ずぶ濡れのユリちゃん先生。


 しかし、気圧されするわけにはいかない。

 今そこに犯人居るもん!!


「ぶはっ!! 先生!! 犯人踏んでる!! そのまま逃がさないで!!」


 これにはユリちゃん先生もびっくり。


「え!? 嘘っ!?」

「今プールの中で鉢合わせして、にらみ合いしてたんだよ!! そのままじゃ沈んじゃう!!」

「えええ!?」

 

 とは言え、ちゃああああああんす!!

 俺はカメラを持ってプールに飛び込む!!


 ざぶんとまだまだ冷たいプールの水……あ、準備運動してない。

 しかし、そんな場合じゃない。

 同じようにプールにもぐって来たユリちゃん先生の足元に向かって俺はシャッターを切りまくる。

 今どきのカメラは防水が当たり前、水の中でだってしっかりと鮮明に写真や動画がとれるんだぜ!!


「……!!(居た!!)」


 ユリちゃん先生のちょうど後ろにかくれる様にしながら逃げる、白と黒の髪の毛が視界に入った。

 その方向にカメラを向けると……あれ? 居たと思った女の子の姿は消え失せ、ユリちゃん先生が指で上がるよ。と合図を俺に出していた。

 

 追いかけたいけど、さすがに息が続かない。

 それにプールから出たのならカコがその姿を見ているはずだ……周りにさえぎるものもなかったはずだ。俺はユリちゃん先生と一緒に水面に飛び出す。

 そこにはプールのふちから少し離れた所にしゃがみこんで、カコが心配そうに俺とユリちゃん先生を見つめていた。


「カコ! 今逃げた奴はどこに行った!」


 新鮮しんせんな空気を胸いっぱいに吸い込んで、ずぶ濡れになったまま俺はカコに確認する。

 

「え? だ、誰も上がってきてないよ???」

「そんなわけないだろ!? 白と黒の髪の毛をした女が……」

「勇樹君、本当にいたの?」


 ユリちゃん先生も見てない!?

 すぐ後ろに居たのに!!


「居たよ! 写真にもったんだ!」


 そう言ってプールから上がった俺たちとカコで、撮った写真をその場で確認したけれども……うつっていたのは赤いジャージのユリちゃん先生と……何もいないプールの水中だけだった。


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