1-2.自称、未来の妻が自分じゃない他の誰かとオレをくっくけたい訳




「で? 自称未来人でオレの妻の九重さんはどうしてオレに付きまとうんですか?」



 立ち入り禁止となっている屋上に続く階段で、先ほど自販機で購入した缶コーヒーのプルタブを持ち上げつつ、心奈に問いかける。


 が、問いかけた相手である心奈は、階段に腰掛けてさっき渡した缶コーヒーを見つめたまま何も言わない。



「コーヒー苦手だった?」



「.........」



「おい、なんか言えよ」



「心奈」



「は?」



「心奈って言って」



 .........めんどくせぇ。



「心奈......さん」



「さんは余計だけど、ま、いっか」



 にぱっと笑う心奈に、こめかみがひくりと動く。


 手にした缶コーヒーを小動物みたいに両手で持った心奈がひと口煽る。



「単刀直入に言うね」



 今までの心奈からは想像つかない冷たい声。


 京介に向けた顔に、先ほどまであった太陽みたいな笑顔はない。



「京ちゃんは、2023年のクリスマスに亡くなるの」



「は?」



 亡くなる? 10年後に?



「そんな理不尽な未来を変えるために、今、あたしはここにいる」



 そんな冗談誰が信じるかと、言おうと思ったのだが、心奈の顔は真剣そのもので喉まで出かけた言葉をコーヒーと一緒に飲み下す。



「.........なんで死んだんだよ?」



「今はまだ言いたくない。でも京ちゃんが死んじゃったのはあたしのせい......」



 歪む心奈の表情。視線が左手の薬指で光る指輪に向けられる。



「あたし達はさ、結婚しちゃいけなかったんだよ」



「......ふーん。それなら安心しろ」



「え?」



「オレ、おまえのこと全く好みじゃないから。好きどころか、変人だと思ってる。今の所好感度は最低レベルと思ってくれていい」



「.........なんか、それはそれでムカつくなー。今の言葉覚えてろよー」



「おい、やめろ」



 脇腹をグリグリしてくる心奈から距離を取る。


 暗かった顔はすっかり引っ込み、意地の悪そうな表情に変わっていた。



「ていうか京ちゃん、中学の時好きな人がいたって言ってたよね? あたしの代わりにその人と付き合いなよ」



「はあ? そんなやついないって」



 心奈に手を振って適当に答えて残ったコーヒーを一気にあおる。



「確か、夢咲飛鳥ゆめさきあすかちゃんだっけ? 幼馴染なんでしょ?」



 ぶーっ!



「うわっ!? ちょっと汚いんだけど!」



「ゲホッゴホッ。お、おまえなんでそれを......」



 この高校で京介と飛鳥を除き、たった一人の友人しか知り得ない事実を当てられ、盛大にコーヒーを吹き出して咳き込んでしまった京介の背中を心奈がさする。



「だから言ってるでしょ。あたしは京ちゃんの妻だよ? 京ちゃんの事ならなんでも知ってるんだから。はいこれ」



 笑顔で差し出されたピンクのハンカチ。


 受け取ってみたものの、コーヒーまみれの口にこんな小綺麗なものを当ててていいものかと固まっていると、「もうっ」と頬を剥れさせた心奈にハンカチを再び奪われてしまう。



「いつになっても手間がかかるんだからっ」



 口元に当てられたハンカチ。ふわりと香ったシャボンの香りに心臓が反応してしまう。



「ごめん汚しちゃって。それ、洗って返すから」



「別にいいよ。気にしないで。ハンカチなんて汚すためにあるんだから。そんなことより」



 ふふっ、と笑った心奈が京介の唇をツンと人差し指で突いてくる。



「顔、真っ赤だよ?」



「んなっ!?」



「好感度が最低な人間に向けるような顔じゃないと思うけどなー?」



 意地の悪そうな表情でずいっと顔を近づけてくる心奈から顔を逸らす。


 心臓の鼓動がイヤに早い。なんでこんなにドキドキしてるのか自分でもよくわからない。



「ねぇ京ちゃん、もう一回忠告しとくね」



「な、なんだよ?」



「あたしの事、好きになっちゃダメだからね」



 からかうように、口元を吊り上げる心奈の忠告に、今度は上手く否定できなかった京介はただただ押し黙るのだった。

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